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小夜歌  作者: 齋藤十二
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第六話

第六話


朝、宿を引き払う手続きをしていると、宿屋の主人が腕に包帯を巻いていた。


「どうした?オッサン、怪我でもしたのか?」


思わず問うと、寝ぼけて、どこかにぶつけて切ってしまったらしい。

そこそこ出血はあったようだが、さほど傷は大きくなく、痛みも殆ど無いそうだ。

そう言って、陽気に笑っている。


俺は、自分の事を棚に上げ、マーカラを助平な目で追うからだ、と、心の中で毒づいたが、まぁ口には出さない。


次の集落まで、また数日間、過酷なキャンプ生活になるが、不思議と嫌な気がしない。正直俺にはその理由は分からなかったが、苦痛が少ないのはラッキーな事だ、そんな程度の認識をしていた。


過ごしにくい日は当然あったが、不思議なほど穏かな日もあった。近年では珍しいことらしい。


ある日、乗り捨てられた貨物車両に偶然残っていた状態の良い酒を見つけた。

気温の下がった深夜、身体を温めるため、それを分け合って飲んだ。久しぶりの酒だ、それほど弱いわけでは無いのに、妙に俺は饒舌になっていた。


ショーたちと出会う前のいきさつを、調子に乗ってペラペラ喋り自慢していたらしい。要するに自分の努力や技術ではない、先天的な体質の特徴で、人類を救う可能性を持っているという話を、だ。


本来なら、そして、まともな分別を持っている者なら、そういう重大な話をペラペラと喋るものでは無い。それはさすがの俺も分かっていたはずだが、結局、劣等感しかない奴は、心の奥底で、とにかく自慢したい欲求が渦巻いているということを改めて自覚して、つくづく不愉快になる。


酔いが醒め、改めてその事を思い出すと、俺は暫しムスッとしていた。

これだって、実は俺の独り善がりだ。

お人好しのショーは、気にしてもいないし、マーカラにいたっては歯牙にもかけない程度の事でしかない。結局、俺は単に自意識過剰なだけなのだろう。


散々自己嫌悪して、それに飽きて機嫌が戻ると、ショーが俺の肩をポンと叩いて言った。


「きっとアンノーにしか出来ない事があるんだ」

「ちゃんと送り届けるから安心しろ」


腹が立つほどショーの物言いは真っ直ぐだ。

ここまでいい奴だと、もう腹も立たない。


「・・・・・・・・サンキューな」


素直にこの言葉が出たのは、一体何時ぶりだろうか。


遠巻きに、そのやり取りをマーカラは眺める。


本当に薄っすらとだが、不思議と心から笑っているようにも見えた。

・・・だろうな、ショーみたいな気の良い奴を見て、笑顔にならない奴はいねぇ。

素直に、俺はそう思った。


すると、何か少し気分が良くなった。こんな俺でも何か役に立てるのだと思えたからだろうか・・・ふと、医学の知識があるというマーカラに尋ねてみた。


「なぁ、マーカラ」


「なに?」


「俺の体質の秘密を予め知っておけば」

「今後、何か、役に立つことが・・・あるかも知れない」

「できるなら、血液でも採取して調べて」

「・・・こんな俺でも」




「やめろ!!」





調子に乗って饒舌になりかけた瞬間、マーカラらしかぬ激しい口調が、それを遮る。


俺はもとより、ショーも、そしてなによりマーカラ自身が驚いている。


「すまない・・・血が、実は・・・血が苦手なんだ」

「医者なのに、変な話だろう?」


申し出を拒絶されたショックより、マーカラらしかぬ動揺と、その物言いに俺は驚いた。



「なんか、その・・・悪かった」



俺は素直な気持ちで謝る。これも何時ぶりの事か。

これ以上この話題をすべきではないと、さすがの俺も察し、ショーに別の話題を無茶振りさせる。


その頃には、マーカラも普段通りの様子に戻り、何時しか、その一件は記憶の片隅へと追いやられていった。



ところで、ショーと出会った場所・・・つまり航空機が墜落した地点の事だが、運の悪い事に、空港施設のある街から最も遠い部類の地点だったようだ。それ故、そこに至るまでには、陸路・・・車両も使えない荒れた地を、いくつもの集落を経由し補給を重ね、遠回りを経てしか、たどり着けない。その意味では最悪ではあった。でも、本心を言えば、この旅を苦しいとは思わなかった。むしろ、心の奥底では、ずっとこの旅が続いて欲しい・・・そう思っていた。その気持ちに気がついたのは、ずっとずっと後の事だった。



「かったるいなぁ・・・次の集落はまだ先なのか?」

この頃には、俺も二人に軽口を叩ける程度には、馴染むことができていた。二人が小さな事を気にしない寛容な性格だったこともあり、無神経・無配慮な俺の発言を軽く流してくれるお陰だ。


「ああ、もう暫くかかるな・・・それと、その街は治安があまり良くない」

「残念ながら、最短で物資を補給して、また野宿だろうな」


残念な回答がショーから帰ってくる。

俺は露骨に嫌な顔をして、それに反応するが、相変わらずマーカラは涼しい表情を崩さない。実際のところ、どんな時でも淡々と涼し気で居られることは、実は物凄い事なのだが、それを彼女は常時行っているせいか、いつしかそれが当たり前に見えてくる。

この頃には、俺たちにとって、何ら不思議な事でも、すごい事でもなくなっていた。


ショーの予告どおり、集落に近づくにつれ、物騒な連中の影も増えてきた。

旅慣れているショーは、そういう厄介な連中と鉢合わせぬよう、慎重に進むが、ショーの予想を超えて、どうやらこの街の治安は悪化しているようだった。


「う~ん、困ったな」

距離を置き、双眼鏡で辺りを調査しながらショーが呟く。

どうも、目的の街は野盗の集団らしき一団に占拠されているようだった。

しかも厄介な事に、その集団はかなり狂暴な事で有名な連中らしい。

当然、話し合いも交渉も不可能だろう。それゆえ、このままやり過ごすのが一番だが、次の街に行くには食料も水も足りないことは明白だ。


「少し危険だが、俺がこっそり忍び込んで・・・」

ショーがそう言いだすと、マーカラが珍しく「待った」をかけた。

この近くに、タイミングが合えば、食料と水を確保できるかも知れない「心当たり」を思い出したという。ただ、自分だけのコネゆえ、他人を伴うと話が面倒になるから、一人で行ってくるとも。


さすがに一人では・・・と心配するショーを、やはり珍しく遮って「大丈夫」と言い放つマーカラの様子は、確かに強がって言っている訳ではなさそうだった。


そこまでキッパリ言い切るのだ、マーカラに任せてみよう、俺も、そう言ってショーを説得し、ショーも渋々それを了承する。


俺にしては不思議な事だが、今回は自分が危険を冒す事がないから、と言う理由でそう言った訳ではなかった。なんとなく、マーカラに任せるのが一番良い・・・素直にそう思ったのだ。


その後、マーカラは、不思議と慣れた様子で夜陰に乗じ、何処かへと消えて行き、しばらくすると、街の周囲が少しざわつき始めた・・・どうやら、野盗が仲間割れして争いだしたらしい。双眼鏡で様子を見ると、何やら激しい同士討ちが行われている。


正直言うと、その様子は不自然な程だった。だが、その時は、さほど疑問にも思わなかった。むしろ、行先の方向はまるで違えど、マーカラの安否の方がずっと気がかりだったからだ。


夜が明け、空が明るくなる頃、マーカラにしては珍しく息を弾ませ、背に大きな荷を背負って戻って来た。どうやら、予想以上にうろつく野盗の数が少なく、簡単に物資が手に入ったらしい。そして「ツイていた」と、珍しく笑って言った。


取り敢えず俺たちはマーカラの無事に安堵し、そして水と食料が手に入った事を感謝した。そして、物騒な街には立ち寄らず、そのまま次の集落へと向かった。



その後、野盗に占拠されていた街の生き残りの住人の間に、奇妙な噂が立った。

野盗の一人が突然化物のようになって仲間に襲い掛かり、それを皆殺しにし、その後、夜が明けると、灰のようになって消えてしまった・・・と。


その出来事の真偽のほどは定かではないが、野盗の集団の死体が積み重なっていたのは、事実だったという。


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