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小夜歌  作者: 齋藤十二
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第四話

第四話


声に驚いて俺たちが振り向くと、その女はマスクもせずに立っている。


「おい!いくら何でもそれは危険じゃないか??」

予想外の出来事に呆然とする俺をよそに、ショーが予備の防疫マスクを手渡そうすると、軽い笑みを浮かべて、それを遮る。


「言ったでしょ?その装備じゃ無駄だって」

「・・・まったく、仕方がないわね、腕を出しなさい」

軽くため息をつくと、彼女は持っていたカバンから薬剤と注射器を取り出す。


相変わらず状況が理解できずボーっと眺めている俺を他所に、ショーが尋ねる。

「・・・もしかすると、それは?」


「そう、ワクチンよ」

「この村は、間に合わなかったけれど・・・」

極めて美しい面立ちはしているものの、感情の抑揚に乏しそうなその女に、僅かに無念そうな表情が浮かんだ。


「・・・どう?あたしの事を信じてみる?」

無表情のまま、女が問う。

ショーは、さすがに学者らしく、いくつかの質問を女にする。

二人のやりとりは高度過ぎて、正直俺にはサッパリだった。


「君は優秀な医学者なんだな・・・信用する。どうか頼む」

「なぁ、彼女を信じよう」

「俺の名はショー、そして彼は・・・」


ショーに促される形で俺も名乗る・・・偽名だがな。

「アンノーだ」


「そう・・・わたしはマーカラ」

「よろしくね、ショー、そしてアンノー」


抑揚に乏しい声がした。

俺たちを見るその表情は、喩えるなら、まるで幼子を見るようだった。

悪意が無いのは分かったが、バカにされたようで俺は少しムッとしたことを覚えている。



マーカラに従い、ワクチンの接種を受ける。

そして、他に生存者がいないか入念に探そうとショーが提案する。俺は内心面倒だと思ったが、ゆっくり食料を探せる機会だと頭を切り替えて了解した。マーカラは、俺たちのやり取りを品定めするかのように、静かに眺めていた。


思ったとおり、生存者は無かった。

無念そうなショーをよそ目に、残された物資を山のように抱えた俺は、飢え死にせずに済んだことに安堵した。


当面の生命の危機を脱すると、マーカラの美貌が気になってくる。食欲の次は性欲と来たもんだ。劣情の混じった目で改めてマーカラを見ると、想像以上の美女である。一瞬マーカラと目が合い、俺は下心を気取られぬよう目を逸らす。マーカラの目には何の感情も無かったように見えた。それでもクスっという、哀れむような息遣いが聞こえたのは気の所為か?


「・・・ところで、君はこの近くに住んでいたのか?」

俺の内心の独り相撲を他所に、ショーがマーカラに問う。


「ええ、まぁ・・・そうね」

素っ気なくマーカラが答えると、続けてショーが問う。


「他に誰かと暮らしているのかい?」


「いいえ、一人よ」


「・・・だとしたら、ここでの生活は難しそうだ」

「どうだい、近くの集落まで一緒に行かないか?」


ショーにとっては、純粋に善意での申し出だ。付き合いは短いが、そういう奴だというのは、嫌でも分かる。そして俺は反射的に、美女との道行きに別の意味で期待する。


対照的な俺たちの反応を淡々と眺めながら、マーカラは軽く思案し、さらに軽く答える。


「・・・そうね、()()()()()()()()()()


どうも、この女は、見ず知らずの男との旅に不安を覚えていない。

冷静に考えれば、その事に違和感ぐらい覚えるだろうに、俺はマーカラの美貌に下心しかなく、ショーは相変わらずのお人好しぶりで、恐らくそんなことは考えてはいないだろう。


マーカラに旅立ちの準備を促すと、「このままでいい」と素っ気ない。

彼女の持ち物は大きめのトランク一つだけだ。さすがにそれはマズいと、ショーは集落を探し回って、必要最低限の装備を搔き集めた。


案の定、山のような装備をショーが一人で担ごうとしたが、さすがに借りばかり作っているショーに、そこまではさせられないから、俺がマーカラの分の増えた荷物を担ぐことにする。当然、純粋な善意ではなく、下心から来る点数稼ぎが動機の殆どを占めるのだが。


しばらく歩くと体力のない俺はすぐにヘバる。倍の荷物を持つショーはおろか、マーカラすら涼しい顔をしているにも関わらずだ。


「辛そうね、少し持つわ」


淡々とした口調のまま、マーカラは俺が担いでいた荷物の半分を引き受け、涼しい顔をして歩き出す。ショーは見て見ぬふりをしていた、それは、俺に気を遣っての事だと分かった。


そうして、最初の一日目が過ぎて行った。


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