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小夜歌  作者: 齋藤十二
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第三話

第三話


「歩けるか?」

「もう少し先に遮熱テントがある、そこまで頑張れ!」


ショーと名乗る男の顔立ちは、どことなく気品のある整った西欧人風だが、複雑な肌と瞳の色が、様々な人種との混血を思わせる。つまりは純粋な血統の多い支配者層の出ではないということだろう。


程なくして、岩陰に設えられた簡易遮熱テントに辿り着き、ショーから水を貰った。礼を言うのも忘れ、俺は一気に水を飲み干す。岩場の風通しの良い場所に敷設された遮熱テントは想像以上に涼しく、ショーが旅慣れていることを感じさせた。ショー曰く、これから夕刻にかけて嵐が来るので、ここで待機し、気温の下がった深夜に、人の住む最寄りの集落に移動するとのことで、地理的状況の分からない俺は素直に従うことにした。


それにしても、いつ嵐に見舞われるかも分からない砂漠の中、息を切らしながら見ず知らずの男を助けようするなんぞ、随分なお人好しだ。ショーの話によれば、航空機に乗っていた他の連中は、皆、即死状態だったといい、助けられなかった事を俺に詫びていた。


止してくれ・・・俺は、俺を守ろうとして死んだ人の死体を見て嘔吐して、感謝も悼みもせず、真っ先に這い蹲りながら、弔う事もせず逃げ出した奴だ。お前みたいなご立派な奴がいると、身の置き場が無ぇじゃないか・・・感謝より先に、そんなショーのご立派な人間性に居た堪れなくなった。腹の中に常に燻っている劣等感が頭をもたげてきて、こうなった経緯をショーに話しにくくなった。


それを知ってか知らずか、ショーは多くを訊ねない。

黙って、貴重であろう飲み物や食料を提供してくれる。良いヤツだと思った、このご時世、こんなヤツがいるのだなとも。そして、自分とは随分遠い存在だとも、思った。


陽が落ちると熱風を孕んだ嵐が吹き荒れたが、それが過ぎるとみるみる気温が下がり始める、俺たちは、そのタイミングで近くの集落を目指して歩き始めた。

結構な重量のあるテントや、その他備品を一人で担ぎながらもショーの足取りは確かだ。相当に体力もあるのだろう、何となく気まずくなって、一部の荷物を持とうかとも思ったが、こっちもそれなりに負傷や消耗をしており、疲労も感じていたこともあって、楽な方を選ぶ。それに俺は、他人のために率先して汗を流そうというタイプではない、持ってくれと言われれば素直に持つ事にしようと決めた。こういうところは、実にカスである俺らしい振舞いだ。


ショーのガイドで、嵐などを巧みに避けながら、2泊ほどすると人里が近づいてきた。


「・・・おかしいな」

ショーが訝しむ。その理由は俺にも分かった。

少なからず人間が居住している筈の集落に、人の気配が無かったからだ。


「これはマズいかも知れない、これを着けてくれ」


ショーが俺に手渡したのは、防護マスクだった。新種のウィルス疾病が発生した疑いがあるという。ショーの懸念は的中したようで、調査のため入った屋内には、病で急死したと思しき家族の死体が横たわっている。


「どこにも触れてはいないな?」

「すぐここを立ち去るぞ、急いでくれ!」

ショーが退避を促す。


とるものも取り敢えず、壊滅した集落からできるだけの距離を取ることにする。

他の集落ともなると、移動には相応の日数がかかり、そして、マズい事に、そこまでの水も食料も持たないという。


俺は詰んだと思った。

そもそも俺はお荷物状態だ、余裕を持たせているとはいえ、本来一人分の水と食料を二人で分け合っているのだ。これは置いていかれるな・・・そう腹を括ろうとした矢先、ショーが口を開いた。


「加熱消毒すれば、あの集落の水と食料を使えるかもしれない」

「それに防護マスクを外さなければ、恐らく感染しない」

「明日、俺が行ってみよう」


何をバカな! と、俺は半分口に出かけた。

どこまでお人好しなのか、この期に及んで俺を見捨てない事に対し、正直感謝の念よりも、そのクソ甘いお人好しさにイラっと来た。


防護マスクがあったところで、あれは明らかに致死性の感染症だ、万一感染すれば確実に死ぬ、そんなリスキーな手段を、見ず知らずの、しかも俺のような奴のために取るなど。


苛立ちは、腹立たしさに変わり、俺は思わず言った。

「なら、俺も一緒に行こう、食料漁りなら一人より二人の方が、効率もいい」


ショーは暫く考え込んで「助かる、すまない」と言った。


俺のこの発言は、相手の事を考えての事ではない。単なる俺の勝手な苛立ちが、自暴自棄な発言として出ただけだ。どうにもこの男は、人の悪意に対して鈍感すぎるところがあると思わざるを得なかった。


件の集落への道すがら、俺はポツリポツリと砂漠のど真ん中に墜落したいきさつを、断片的にショーに話す。いずれにせよ、もと居た都市に戻るか、目的の市に行くかしかない。そして、その手段を俺は知らないから、旅慣れた風に見えるショーの力を借りるしかないのだ。


「なるほどな・・・場所が悪いな、この一帯の気象じゃ空路は危険だ」

「陸路と言っても、補給のために集落を経由するとなれば相当の日数が必要だ」

「だが、俺もまぁ明確な目的地がある訳じゃない」

「移動手段のある都市まで付き合うよ」


どこまでもお人好しな態度を崩さない、俺にとって極めて不思議な思考を持つこの男は、どういう育ち方をしてきたのだろうか?ふと興味が湧いた。


曰く、ショーは生物学者だという。気候の変動に対応し得る食料の開発のため、様々な地域の気候や環境を調査しているらしい。物腰にどことなく品が感じられたのは、このご時世に、極めて高い水準の教育を受けてきたからなのだろう。なるほど、人類のために働く、才能あるエリートさんかい・・・性根のひん曲がっている俺は、この恩人に対し、心の中で毒づく、そして、しばらく歩くと集落が見えてきた。


「こいつを飲んだら、防護マスクと手袋は、しっかり装着してくれ」


ショーに渡された感染の確率を下げるための薬剤を飲み込み、食料と水を確保すべく疫病に滅ぼされた集落へと踏み込む。


感染防止のマスクやグローブをしているとはいえ、長時間の活動は避けたいところだ、目ぼしい密閉された食料や水を漁ると、俺たちは急いで立ち去ることにした。すると、その時声がした。


「マスクもグローブも無駄よ」

「この子たちは寿命が長いの」

「そのままじゃ、衣類や頭髪に付着した「それ」が感染して発症する」


美しい声だった。

俺たちが驚いて振り向くと、そこには長い黒髪と白磁のような肌を持つ美しい女性が立っていた。


・・・それが、マーカラとの出会いであった。


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