第二十話
第二十話
予想こそしていたが、色んな出来事が立て続けに起こったこの日は、さすがにくたびれた。俺とダンは、少し睡眠をとる事にし、寝室へと案内された。
「・・・礼を言う」
隣を歩いていたダンが、ふとそう言った。
「?」
「本当に久しぶりに、あんな姿を見ることができた」
ダンの口調は、とても深い感慨が込められている。
「・・・ん?」
「何の事だ、ダンさん」
俺は思い当たる節が無く、ダンに問い返す。
「・・・まぁ、いい」
「これからも、ショーと二人で、支えてやってほしい」
ダンの口調は優しく、それがマーカラと深いかかわりがある事を示していた。
「ダンさん、あんた、ひょっとして・・・マーカラの」
俺はふと、ダンに問うた。
「俺は彼女の・・・」
そう言いかけると、ダンの呼吸が乱れる。
「お・・・おい!大丈夫か?」
慌てて声をかけると、ダンはもう落ち着いたようで、何事もなかったかのような無表情に変わっている。
「あの方は、私の主だ」
「それ以上でも、それ以下でもない」
感情の色を削ぎ落したダンは、そう言ったきり、その件については一言も発しなかった。
人にはいろんな事情があるのだろう・・・そう俺は思って、深追いはしなかった。
休息を取った後、ショーから今後の行動と、俺が出来る事を教えてもらうことにした。
「なぁ、俺の体質ってのには」
「マーカラを殺しかねない「因子」みたいなものがあるんだろう?」
俺は単刀直入に問う。ショーも隠す事無く肯定する。
「ただ、未知数なんだ」
「お前の血を、そのままマーカラが吸っても、彼女に大きな害はない」
「ただ、人工知能の推測によれば、他の要素を組み合わせることで」
「彼女を死に至らしめる事が可能だと予測はされているが・・・」
だからこそ、マーカラを通常の人間に戻したい、ショーにとって、逆説的に重要なのだそうだ。
つまり、マーカラの力に抗し得るということは、上手く利用すれば、彼女を平凡な人間に戻し得る可能性もあるのだと。
「なるほどな・・・じゃぁ、せいぜい死なない程度に、調べまくってくれて構わないぜ?」
俺は軽口を叩く。
「ああ、当然そうさせてもらうから、覚悟しておけ!」
ショーも軽口で返してきた。
いや・・・痛いのは嫌だぞ。
現行政府指導部に対する反対派閥の協力を、極秘裏に得ているとはいえ、政府機関の妨害を受けずに、本格的な研究が可能な設備・施設は限られる。それとて、用心のため、長居はできないだろう。
要するに追われる者らしく、息を潜めているしかない。
ずっと日陰者だった俺は大した気にはならないが、ショーにとっては息が詰まるんじゃないか?と問うと「研究に忙しくて、それどころじゃない」との事だ。
マーカラのためなのだから、確かに熱も入るだろう。
俺は少し羨ましかった、ショーは、俺とは違って、確実にマーカラの力になっているからだ。
「なぁ、アンノー」
「マーカラの相手をしてやってくれないか?」
突然、ショーが言いだした。
「え?どういうことだ」
曰く、自分のせいでショーに迷惑をかけていると思っているマーカラは、その研究を手伝うと言ってきかないという。それゆえ今までずっと、マーカラは一日のほとんどを暗い研究室で過ごして来たのだと。
研究が趣味ともいえるショーゆえ、強く嗜めることも出来ず、困っていたのだと。
ふと、孤独で寂しそうなマーカラの後姿が脳裏に浮かぶ。
アイツに切ない思いは、もう俺たちがさせない。
「・・・分かった、まかせろ!」
俺はドン!と胸を叩いて請け負う。
***
「アンノー」
「・・・で、わたしは」
「これから何をするんだ?」
普段と全く変わらぬ、淡々とした低いテンションが、俺にとって無言の圧力となっていく。
マーカラに「顔を貸せ!」と粋がって連れ出したものの、俺自身がどうやってマーカラと過ごせばいいのか、さっぱり分からなかったからだ・・・俺は、軽くパニックになった。
「・・・肉でも狩ってこようか?」
見かねてマーカラが提案する。
「あ・・・そ、そうですね、一緒に行きましょうか」
俺は、そう答えるしかなかった。
どうしてそうなる?
この時の俺は、俺たちの未来が明るいものになると、強く信じていた。