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小夜歌  作者: 齋藤十二
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第十八話

第十八話



ひとまず、俺とダンに食事が振舞われることになった。

その時の微妙なショーの表情で、アレが出る事は予想できた。

それでも、俺はあのパサパサして堅いだけのアレを嬉しく感じたものだ。


軽く酒も入り、気分も軽くなる。俺はそれに乗じる。

「この際だから言わせてもらうぞ!」

「俺は、お前たちは俺を置いて、どっかに逃げたと思ったんだからな!」

「さぁ、とっとと話せ・・・俺もそれなりに調べはつけているんだ」


俺は、ショーが事の経緯を話しやすいように、敢えて悪態をついた。


「知って、ショックな事もあるかも知れん」

「それでも聞くつもりがあるか?」

だが、ショーはあくまで慎重に念を押す・・・だろうな、俺の推測が正しければ、その経緯はあまりに現実離れしているし、その事を知らねば酷いショックを受ける事柄もあるのだ。



「・・・分かった」


一呼吸置いて、ショーはマーカラの方を見る。

「・・・ここからは、わたしが話す」


マーカラは普段通り、淡々と頷いて、静かに語り始める。

「わたしは、千年も昔・・・とある小さな国の小さな村で生まれた」

「・・・ただの、平凡な村娘だった」


彼女の長い独白は、その言葉から始まった。


***


ある夜、彼女は澄み切った夜空を見上げ、祈りを捧げると、星の一つが落ちてきた。願ったのは、「皆が幸せになるように」だった。


だが、それからしばらくすると、村に不可解な病が流行るようになった。

血の気が失せ、食べ物を受け付けなくなった。

しきりに渇きを訴えるが、それを癒す手段が無かった。

一人また一人、村人は息絶えていく。

優しかった父も母も、可愛い弟も病に蝕まれていった。

必死で看病を続けようとも、術は無い。不安と恐怖と絶望の中、娘の大切なものは、その手から零れ落ちていった。孤独になった少女は泣き叫ぶ、そして抗いようの無い渇きを覚え、気がつくと最愛の弟の首筋に己の牙を当てていた。その事で、自分が人の血を啜る化物になったことを悟った。


その事に深く絶望し、崖から身を投げた。

だが、激しい痛みがあるだけで、僅かな時間で傷は癒えてしまう、そして、ただ激しい渇きが襲うだけだった。

息絶えた村人たちを埋葬した後、虚ろな目をしてフラフラと村を出た。


幾夜、森を流離ったか・・・空腹も疲れも無い、ただ度し難い渇きがあるだけだった。


夜の森に篝火があった。野盗が夜を明かしていた。彼らはマーラカを見つけると、犯そうと襲い掛かった。その光景に対し、恐怖より、渇きが勝る悍ましき己を見た。


生きた人間に対し、失血死をさせぬ程度の吸血により、相手が自分のしもべになる事を知ったが、その自我はほとんど失われ、ただの操り人形のようになってしまう。それに、彼らは陽の光に長時間晒されると、マーラカとは異なり、その肉体が朽ちて再生できなくなる事も知った。


死ぬことも、心通わす仲間を作ることも出来なくなった彼女は、ひっそりと森深く隠れ、眷属によって罪人や野盗を攫わせ、細々と渇きを癒し続けた。それがいつしか吸血鬼の伝説となっていた。


何世代かが過ぎても、大人に成長した後のマーラカは老いることがなかった。そして、吸血ではなく、少量の血液を経口摂取することでも、衝動的な渇きを抑え付ける力を得た。そして医学の知識を学び、医師として人々の血を容易に得ることが可能となった。折しも大きな戦争が相次ぎ、皮肉な事に、負傷者の命を救う対価に、潤沢な血液を得ることができたのだ。


何世代に渡って蓄えた知識と財産によって、現代世界においても、決して人目に付かず、ひっそりと、ただ最低限の渇きを癒すためだけに生きていた。己の呪われた生に、終わりを告げる事の出来る技術が生まれる事を願って。


***


語り終えたマーカラの黒く、美しく澄んだ瞳が、じっと俺を見据える。


その目に微かに浮かんだ色に、俺は心当たりがある・・・そう、怯えだ。

化物として見捨てられ、また逃げられるのではないかという、怯え。

・・・俺には、痛いほど分かる感情だった。


「・・・ダンさん」

「あの荷物、ありますか?」


そう問うと、ダンは既に手元に用意をしている。

随分と気の利く人物のようだ。

黙って俺はそれを受け取り、マーカラに手渡した。

壊さぬよう慎重に梱包したドライフラワーの束だ。


「ほらよ」

「これ、預かっておいたぜ」

俺はそう言って、ニッと笑った。


するとマーカラは大きく何度も瞬きをし、大切そうにそれを胸に抱えた。

両目から、一筋、涙が流れる。


「え? あ、あ?・・・おい!?」

「何か気に障る事を、俺はしたか??」

「なんだか知らんが、悪かった!!」


目を泳がせながらダンを見るが、シレっと視線を逸らされた。


その様子を、ショーは感慨深げに、眺めている。


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