第十七話
第十七話
あれやこれやと俺は考えを巡らす。
ずっと今まで無関心だった研究所の状況や、研究の進展、政府とその反対勢力の動向にも敏感に聞き耳を立てる。俺自身が持つ呪いのような「血の記憶」も相俟って、砂が水を吸うように、この世界を取り巻く状況と、俺たちの境遇が重なって見えてくる。
状況からして、俺はあまりここに長居すべきではないようだ。
俺の検査は、検査の域を超え、このままじゃ人体実験になりそうな雰囲気を帯びている・・・あの悪夢以来、妙に勘が冴えるのだ。
リスク承知で、本気で逃走する算段を考えなければ・・・まあ捕まっても、最悪、殺されはしないはず。別にマーカラ達の所へ行けずともいい、どこかの貧民街に紛れ込んで、ひっそりと今まで通りの暮らしに戻るだけだ。
そうして、逃げるタイミングを伺う日々が続き、そろそろかと、こっそり準備を始めると、タイミングの悪い事に、ダンと呼ばれる、目つきと勘の鋭いあの厄介な捜査員が、一瞬横に並ぶ。
「黙って聴け、反応はするな」
「捕まりたくなければ、メモのとおり行動しろ」
口をほとんど開くことなく、小声で言い、すぐ歩み去った。
いつの間にかポケットにメモが入っている。
それには、行動のタイミングと場所が記されていた。
そしてそれは、俺が考え抜いたソレに似ており、さらに洗練されたものだった。
あの捜査員が、本気である事が理解できた・・・今は信じるしかない。
ダンの指示通り行動すると、ほとんど怪しまれず施設の外に出る事ができた。
そうして、その後も指示通り行動し、とある建物の奥へと向かった。
すると待っていたのは、俺がこっそり準備していた荷物を抱えた、ダン本人だった。
「時間が無いから黙って聞け」
「これから、お前を安全な場所まで移動させる」
「ここから先は、時間との勝負だ、走るぞ、ついて来い」
ダンは一方的に命じると、かなりの速度で走り出した。
俺は、手ぶらにもかかわらず、ついていくのが精一杯だ。
迷路のような、暗い地下を迷うことなくダンは駆ける。
荷物を抱えながら、息一つ乱さない。
30分ほど走っただろうか、俺はゼーゼー言いながら、地べたにへたり込む。
涼しい顔のダンは、油断なく周囲を警戒し、俺に水の入ったボトルを放り投げると、無慈悲に言った。
「5分休憩したら、また走るぞ」
「捕まって、モルモットにされるのが嫌ならな」
俺が逃走した事は、程なく知られたはずだ。
逃走可能な経路は限られているし、俺の遅い足だ、本気で追われれば、すぐに見つかる。それを防いでいるのが、ダンの練られた逃走経路であり、過酷な駆けっこであることは明白だ。
そのお陰で、大汗をかき、息を切らせながらも、俺は無事、街の郊外へと抜け出すことが出来た。そこに待っていたのは、目立たないデザインの車と、2名の屈強そうな男だった。黙って車に乗り込み、しばし走ると、古い建物に入っていく。
車を降り、地下の通路をしばらく歩くと、灯りが見えてきた。
人影が二つ・・・俺には分かっている。
「また、迷惑かけちまうな、ショー」
「・・・マーカラ、元気にしてたか?」
色んな思いが一気に沸き起こったが、出た言葉はそれだけだ。
・・・あとは、何も言えなくなった。
「・・・悪かった、アンノー」
ショーが言う。
「なに言ってやがる」
今となっては、その言葉しか出ない。
ゴツっと、ショーの肩口を拳で殴る。
ショーも、同じように殴り返す。
そんな俺たちを見て、マーカラが、笑顔を浮かべている。
ダンは、一歩引き、その様子を、穏かな目で眺めている。
そして、マーカラは、俺の顔を、じっと覗き込んで言う。
「おかえり」
「・・・ただいま」
俺は、そうマーカラに言い、二人の肩を両腕で抱いた。