第十二話
第十二話
・・・あの日々を返してくれ!俺から、奪うな!!
俺に、少しでも勇気があったなら・・・守れたのだろうか?
返してくれ! 俺から、奪うな!!
・・・頼む、頼むから。
闇の中、俺は呻く。
***
先日連絡を貰った時より、久しぶりに再会したショーは、憔悴した様子だった。
「よう!アンノー、久しぶり」
「帰りに強烈な嵐と、物騒な連中に遭遇してな・・・酷い目に遭ったよ」
「学者のフィールドワーク稼業も楽じゃない」
頭が切れてタフなショーだからこそ、無事切り抜けられたんだろう。それほど辺境の調査は過酷だ、僅かとはいえ、同行した俺にはよく分かる。
「無事で何よりだった」
「だがまぁ・・・お前の事だ、そんくらいはどうにでもするんだろ?」
ショーの実力を、俺は信用している。
「ところで、先にマーカラに会った方が良かったんじゃないか」
俺は考えなく、そう言った。
スケジュール的にその方が合理的で、他意は無かった。
するとショーは沈黙する。
その様子は、深刻なもののように感じる。
俺の脳裏に、久しく忘れていたあの悪夢が湧き上がる。
「マーカラに何かあったのか?!!」
血相を変えた俺を見て、ショーが驚く。
我に返った俺は、取り乱した事を詫びた。
「お前が心配しているのは、あの『黒髪姫』の噂だろ?」
「彼女からも話は聴いている・・・心配し過ぎだと言っていたぞ?」
「そんな根も葉もない噂話、気にすることなんて無いじゃないか?」
「そもそもお前の体質ってヤツと、『黒髪姫』に何の関係があるんだ?」
ショーは事も無げに言う。確かに正論だ。
「だったら、何故そんな顔をする?」
俺は疑問を口にした。
「・・・いや、実は、少し緊張している」
「マーカラに会うのが・・・彼女、美人だろ?」
ショーの口から出たのは、事前に想像不可能な台詞だった。
「はぁぁ??」
「お前さ、いいから髭剃って、身支度しろ!」
「寝言はその後で聞く!」
俺はショーの宿所に、奴を蹴り飛ばし、身支度を整えさせた。
髭を剃り髪を整え、スーツに着替えたショーは誰が見ても、長身のハンサムという印象を受けるだろう。並んで歩くと、正直男としては気分が悪い。
「おい、お前・・・前回手ぶらで行ったのか??」
「俺も女の扱いは慣れていないが、それはないぞアンノー・・・」
歩きながら、先日のことを聞いたショーは、呆れを通り越し、憐みの目で俺を見る。
返す言葉もない。
「じゃ、何を持って行けばいい?」
喰いつくようにショーに尋ねる。
「いや、だから俺もそっちは不得手でなぁ」
「装飾品なんかは、俺たちじゃ重いんだろうから」
「花とか菓子なんだろうかね・・・酒もいいかな?いや、きっとマーカラは食い気だろうなぁ」
ショーのその意見に俺も同意する。
なにせ、野生のトカゲ肉を自分で狩って来て、自信満々、料理で振舞うような女だ。一番喜ぶのは食い物だろう・・・それはショーに譲ろう。
「俺は花を贈られたマーカラの頓珍漢な反応が見たい、だから花にしてみるよ」
ハナからメのない俺は、茶目っ気が湧いて来た。
思いっきり派手な真っ赤なバラにしてやった。それしか花の名を知らなかったせいもある。
さすがのショーもマーカラが花で喜ぶのを想像できないようだ。
念のため共同で上質のワインを用意する。
マーカラの宿に着きチャイムを鳴らす。
いつもどおりの表情で出迎える。
ショーが小さく息を呑むのが分かった。それほどマーカラは美しい。
「や、やあ・・・久しぶり」
若干ぎこちない口調でショーが言い「ああ」と、いつもどおり素っ気なくマーカラが返す。
- ほら!-
見かねた俺はショーの脇腹を肘でつつき、土産を渡すよう仕向ける。
上物の菓子とワインだ。
「これをわたしに?・・・なぜ?」
貰う心当たりが無いと、まるで顔に書いているようなマーカラの表情だ。
俺もショーも、この時点で完全にマーカラのペースに嵌っている。
「あ・・・だから、いや、招待してもらった礼というか」
「普通、女性に対してこのくらいのことは・・・なぁ?」
二人でしどろもどろする。
「・・・ほう、そういうものなのか」
感心したようにマーカラが呟く。
何か不思議な気がした。
これほどの美貌なら、言い寄る男性も少なくあるまい。
変わり者だが、心根も優しいのだ。
だが、彼女にはそういう経験が無いように見える。
胸の奥がチクッと痛んだ・・・何故かは知らない。
「ほらよ」
気がつくと俺はマーカラに、気障ったらしいバラを手渡していた。
気負いも気恥ずかしさも、そこにはない。
「一応言っておく・・・これは食い物じゃないからな」
マーカラは2~3回瞬きする。
俺には、彼女の表情の変化は見て取れない。
「・・・なるほど、話には聞いていたが、悪い気はしないものだな」
そう言うと、大切そうに贈り物を胸に抱き、花束をさすための花瓶を探し始める。
殺風景な彼女の部屋には、洒落た花瓶も家具もない。
小ぶりな清掃のためのバケツしか見つからず、マーカラは、それを少し悲し気に見ながら水を入れ、そっと花を挿した・・・・その姿に、涙が溢れそうになる。
とても切なく、愛おしく思えた。
ショーの背中を見た。
彼も同じ気持ちであることが、不思議と何故かよく分かった。
俺たちは、今、この場で、同じ女を愛したのだ。
「どうした?お前たち」
「・・・そうか、腹が減ったか」
「さっそく準備しよう」
俺たちの心を一瞬にして奪った、この美しい女は、相変わらず少しズレた物言いをする。
俺とショーは思わず噴き出した。
・・・・・・あの肉がマズいという事は、もう暫く黙っていよう。
この時、俺は幸せだったのだから。