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小夜歌  作者: 齋藤十二
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第十話

第十話



キリエ

・・・遠くで歌声がする。



先の事など考えた事もない俺に、突如降って湧いた、分不相応の待遇と、薄っぺらい彼らとの関係、小さな噂、先行きへの不安、突如見た、呪いとしか思えぬ強烈な悪夢・・・俺の精神が不安定なのは分かる。


だが、どうして、こんなに会いたいのだろう。


畜生、なんでこの俺が、こんな気持ちでアイツに会いに行かなきゃならねぇんだ? 違うだろ・・・暇だっただけだ。そうに違いない。


上っ面の薄っぺらい見栄で、気持ちの体裁を取り繕う。俺はテメェ自身にまで嘘を付かなければ自分が保てないらしい・・・どんなツラをして、会えば良いのだろうか?




「・・・この短い期間で、結構太ったな、アンノー」

「医者として言う、それでは健康に良くない」

「お前はそもそも怠け者なのだから、もっと・・・・」

「む?そうなると、肉は身体に良くないか」


俺が口を開く前に、一目見てそう言う。


マーカラは変わらない。

優しく、清らかで、美しい・・・だから、自然と言葉が口に出る。


「うるせぇな!」

「俺の勝手だ、美味い肉があるっていうから来たんだ!」

「能書きを垂れる前に、さっさと食わせろ!」


きっと、俺は楽しそうなんだろう。


そして、同時に少し苦しくなった。

ショーがここに居ない事に、少しの安堵を覚えたからだ。


俺はマーカラを独り占めにしたかった。

あの、本物の「イイ男」がいたら、マーカラはきっと俺なんかを見てはくれない。

それが怖くて、ショーが居ない事に安堵している。


俺はどうしてこんなにも汚いのだろう


通してくれたマーカラの部屋は、美しい娘のそれとは思えぬほどに、寂しく殺風景だった・・・こんな俺に何がしてやれる?



「おい、手伝ってくれ」

気品があるのに、妙にぶっきらぼうなマーカラの声に促され、我に返った。

肉を焼く準備を始める・・・あれこれ注文がうるさい。

どうせ、その肉はパサパサして美味くはねぇぞ!

何度も口に出かけたが、説教されるのが嫌で黙っていた。


だから、俺の独り善がりな暗い葛藤が、少しだけ遠ざかっていく。

そして、そのパサパサした肉は、ホッとする温かくて優しい。

かけがえのない懐かしい味に感じる・・・俺の舌がバカになったせいだ。


その様子に機嫌を良くしたのか、マーカラが貴重な豆のコーヒーを、自分で淹れると言い出した。俺は慌てて制止し代わりに淹れる・・・貴重な豆を無駄にすることはないからだ。


マーカラから慌てて豆をひったくると、珍しく、少しふくれた顔をした。


俺は思わず噴き出した・・・こんな風に、心から笑ったのは、何時の事だろう?

記憶をまさぐったが、心当たりが無かった。


だが、そして、皮肉にも暗い不安が、同時に湧いて出る。

俺の心は突如、怯えて冷える。

そして、思い切ってマーカラに尋ねる。



「マーカラ、あの野盗の街の事・・・覚えてるか?」

「あの後、噂が流れたんだ・・・血を啜る不死の化物が眷属を生み」

「・・・野盗を殺したと」

「そして、その姿は黒い髪の美しい女だったらしい」

「うさんくさい噂の真偽は信用できねぇ・・・・とはいえ」

「この街にいるのは、あまりお勧めできねぇ」

「変に疑われるのは、得策じゃないしな」


俺にとってかけがえのない、温かい時間が流れる、こんな大切な場所で、本当は・・・そんな事を言うべきではなかった。分かっているさ、証拠も根拠もないこんな話を・・・・俺は狂っている、だが言わなければ。


その噂が事実だろうと偽りだろうと、マーカラは優しすぎる。

だから、その身に危険が及んで欲しくはない。

そして彼女を守るに相応しいのは、ショーのような優しく頼りがいのある奴だ。


仕方がないじゃないか・・・噂の出所は、あの研究室やその界隈だ。

俺は確かに聞いた・・・冷静に考えれば、偶然としても話が出来過ぎている。

だから、こんな所から一刻も早く、少しでも遠くに去るべきだ。


冷静さも分別も余裕もなく、困惑して引きつった表情の俺は、想いを上手く言葉にできない・・・気持ちが混乱し、から回る。



「・・・そうか?」 

「わたしが美しいなどと面と向かって言い切る変わり者は初めて見たぞ」

「お前はやはり変わっているな・・・アンノー」


少し驚き、呆れたようだったが、淡々とした態度を崩さないまま、マーカラは事も無げにそう言った。


「お前! 俺の話を聞いていたのか!!!」

「それにお前が美しいなんて、一言も言ってねぇ!!!」


俺は拍子抜け、同時に猛烈にムキになった。

だがマーカラは、軽々と俺を手玉に取る。


「そんなお伽噺を、お前は真に受けたのか?」

「やっぱり、アンノーはお子様だな」


初めて出会った時に見た、幼子を見るような目だった。

でも、印象が少しだけ違ったのは、母が子に注ぐ慈愛ではなく、同じ目線に立った優しさを感じたからかも知れない。


俺は我に返った。

「うるせぇ!・・・だがよ、噂ってのはバカに出来ねぇ」

「変な事に巻き込まれたくなかったら」

「用心するに越したことはねぇ」

「ショーにも忠告しておくさ」


そう言って、一応念押しでマーカラに釘を刺す。

「気をつけておこう・・・・・・ありがとう」

天然のマーカラにしては、珍しく素直に礼を言い、微かに笑った。



「次はショーも来れるといいな」

「きっと大喜びだろう、あの肉」


マーカラが淡々としたテンション言う。

どこまで天然なんだよ!

俺は正直なところ、呆れていた。

あんなパサパサした肉の、どこが美味いってんだ・・・危うく口に出かけた。



だけど、それがまたマーカラに会える口実になるんだ。

好物だと言っておいて損はない。

気がつくと、俺の心は、少しだけ健やかさを取り戻している。



そうさ、しょせんあんなのは噂話。

あの悪夢だって、検査ばかりされて幻覚を見ただけだ。

ナーバスになった、いつもの俺の独り善がりだ・・・きっとそうだ。



次は、いつ会える?

そう素直に尋ねる事ができればいいのに。

あのドス黒い悪夢が脳裏にちらつく。



「来週には、ショーは一旦研究室に戻るらしい」

「お前のところにも連絡を入れたらしいぞ」

「よっぽど、あの肉が好きなんだな」


まんざらでもない様子で、フンと自慢げに鼻を鳴らす。

もうそろそろ、肉のことは正直に話した方が良いのかも知れない。

いや待て、俺だけじゃなく、ショーの奴にもたっぷり食わせなければ気が済まない。


「じゃあ、次はショーが戻ったらだな、準備ができたらまた連絡を入れる」


軽い口調でマーカラは言い、俺は申請した外出の門限が近づいたので、研究施設に戻ることにした。


別に、俺の居場所は通信機器で分かるし、申請した場所以外に行く気もない。捕虜と違って宿泊だって可能だ。だがマーカラとの関係を必要以上に勘繰られるのが嫌なので、日帰りにしただけだ。実際、俺が遭難した時、ショーと共に、いろいろ力になってくれた知り合いだと、その関係は正直に話しているのだし・・・。


そもそも、そんなところに変な嘘を付いて面倒な事にしたくなかったというのが、正直なところだ、特にあの噂が流れてからは、なおのこと。


「またな」


せいぜい未練がましくないよう努めて俺が言うと、

相変わらずの、さらりとした口調で「ああ」という。


それが、俺にとって、あまりにもあっさりとした口調だったせいか、思っても見ない言葉が口をつく。


「・・・戻っても暇だし、ここに泊まろうかな?」


これは完全に本意ではない。

俺は、慌てて冗談だと訂正しようとする。


「別に構わないぞ」

「ベッドの予備もあるし」

何の躊躇いもなく、淡々とマーカラが答えた。


「い、いや、さすがに突然じゃ、困るだろう?」

変な欲がある分、俺は動揺する。


「食事に招いたのは私だぞ?突然ってことはないだろう」

変な自意識が無い分、マーカラの言い分は一々正論に聞こえる。


だが、さすがにこのタイミングで外泊に切り替えるのも、妙に勘繰られそうだ・・・そんな理由で、俺はマーカラの元を辞す・・・勿体ないことをしたか。いや、単に俺の自意識が強すぎるだけという、それ以前の問題だ。


外に出て、戻る旨連絡を入れると、程なくして迎えが来る。

近くで待機していたのが見え見えだ、よほどに俺の身は重要らしいな。

そして、あの様子じゃ、化物騒ぎとマーカラは、きっと無関係だ。

そう、俺は安堵しようとする・・・だが、奥底の微かな不安は完全には消えない。



だがら、些細な噂だろうが何だろうが、今後は用心しなければならない気がした。


・・・今度ショーに直接会ったら、相談してみるか。

そんな事を思う。


また3人で、あの肉を食うのか・・・・。

それが、妙に楽しみだった。




そう・・・コイツといると、俺は心の平穏を感じるのだ。

そんなこと、本当は、とっくに気がついていた。


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