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BL

作者: もち。

私は男だ。しかし男が好きである。よくいう恋愛と言うのはキラキラしてその人間しか見えなくなる、とても美しいものでとても素晴らしいもの。そんなふうに表現されるが私はそれが嫌いである。正直、私はそのキラキラしたものとか、美しく素晴らしいみたいな体験はしてこなかった。私の場合、男も女もいける口だが、ただ女が怖く、それがために相対的に男が好きになったのであって、その純粋性がなく、そんな感覚が表れないのである。私が男が好きだと思う理由はただ性欲が高まり、性器が勃起するからと言う意識的にも物理的にも生物学的にも単純で明確な理由である。中学校でも高校でもそうだった。しかしそれを隠してきた。彼女を作らないのか、と何度聞かれたことか。何回か女と付き合ったこともある。しかし私が上手いように動かして別れるように仕向けるのだ。例えば物理的距離を話して他の人間に好意を向けさせる、とか、話をつまらなくして飽きさせる、とか。断るのはとても悪いし、人間は悪い方を注視するので逆に利用すれば私に悪評を立てることも容易なはずである。何度も付き合い、何度も別れた。おそらく大抵の人間には理解されないだろうが、女と会うと過呼吸になるのである。もしかしたらこの人は私に好意を持っているかもしれない、そう考えるとパニックになりそうで、今すぐにでもその場から逃げ出したくなる。付き合って、とか、大好き、とかそんなふうに告白してくるようなことがあれば、脈拍は乱れ、冷や汗が出る、目の焦点が合わなくなって、吐きそうになる。そんな中でも仕方ない相手を傷つけないためだと思い、わかった。と言って付き合い始めるのである。確かに付き合い始めると気が楽になる。何故ならこの状態ならもう告白してくる人は極限まで減るだろうし、その付き合っている人間にも気を遣わなくて済むからだ。そんなこんなあって私は学生時代恋愛を捨てた。私と付き合った女子はみんな言う。あいつはつまらないやつだった。とか、楽しくなかった。とかそんなのを仲間内で笑いながら言うのだ。そこからどんどんどんどん私の悪口がエスカレートして行き、聞くに耐えないほどの罵詈雑言がそのグループ内で共有される。そんな存在自体が怖かったのだ。私のような男の同性愛者をモチーフ、と言うか、主人公として描いたBLと言う恋愛漫画の分類があるが、そこではいつもいつもうまくいっている人ばかり描かれていた。高校生時代、私はそんなBL漫画を買い漁った。しかしそんな本を集めているのがバレるのは嫌なので、本棚にならんでいる歴史の本や図鑑や一般的な小説、哲学書などの私が片っ端から読み漁った本の奥に何冊も何冊も隠していた。足りなくなったら隣に段ボールを置き、一番上には一般的な漫画を、その下にBLの作品を積み重ねるようにして隠していた。私は隙さえあればBL漫画を読み、泣いた。どうして私はうまくいかないのだろうか。どうして私は男に生まれたのだろうか。そんなことを毎日毎日嘆いていた。私の家には具体的に私の部屋というのは用意されていなかった。そして私を、生物学的な独立の段階であるこの年齢の私にも、親は勝手に、且つ過干渉的に私に干渉してくるのであった。高校の卒業式があって、その時には私の親は出席しなかった。そして帰ると私の部屋は模様替えされていた。段ボールの中身も全て出され、本棚の中身もすっかり変わっていた。「は……?」と私が言った途端、後ろから声が聞こえた。「お前こういうの好きなんだな。」父親だった。その顔はにやけているようで、怒っているようで、困っているようだった。その顔を見た途端私は不快で不快でたまらなかった。気持ち悪い。本当に気持ち悪い。涙が出そうだった。そしてこいつをいっそ殺してしまおうかとも考えた。何故ならその人間、いや家族は私を育ててくれた恩人ではなく、私に不利益をもたらす最悪であると思ったためである。父親が言った。「何怒ってんだよ…あ、ちなみにこの部屋いじったんは母さんだから言うならそっちに言ってくれ。」またにやけたような顔で言われた。本当に不愉快だった。それを無理矢理にでも殺して母に申し立てをしようと廊下を歩いて母親に会いにいった。やっぱり女はダメだ。あまりに身勝手でとても理解できない。そう思いながら行った。そうすると奥から啜り泣くような声が聞こえた。私は怖気付いた。しかし何故あんなことで泣くのか、私には理解できなかった。泣く原因はあれしかないのであれだろうと私は確信を持った。こいつらはあれを見たんだ。もう用済みだ。そう思って私は貯金箱と財布にのこっていたお金を一挙に出した。6千円と百円あった。私は適当な服に着替え、手についた服を何着か取って鞄に詰め、そのお金を持って「ああああ!!もうめんどくさいめんどくさいめんどくさい!!」と言って外に出た。父親は終始困ったような顔をしながら、「早めに戻ってこいよ」と最後私に言った。私は東京へ行った。家出である。3000円かかったが、私は無事に東京へ着いた。もう着いた時には夜も遅かったが、そこはまるで昼間のように明るかった。私は泣いた。声こそ出さなかったものの、涙がボロボロ溢れてくるのである。私はそれを、夏場に合わぬ長い袖で拭いながら東京の街に足を踏み出した。行く当てもなく歩いていると、道に迷ってしまった。別に高いビルのせいでもないし、周りが暗かったなんてこともない。問題は涙で前が見えなかったことと、その混乱で頭が働いていなかったせいだ思う。ここまで来る中でいろんな音を聞いた。そこのお兄さんどうですかー?可愛い子いますよー!なんて言うキャッチの声や、ウェエエえよっしゃああああ!!wなんて喜ぶ若者達の声、上手いとも言えないし下手とも言い切れない程度の歌声で歌うストリートミュージシャンの声や、この間の仕事ですけど…なんて言う会社員らしい人々の声など、昼よりも夜の方が断然騒々しい、とおもう。私の涙が枯れてきた時、ふと見上げると、目の前にラーメン屋があった。赤い背景に、ラーメン、とだけ書かれた小さい店で、小汚い。それが第一印象だった。しかし泣き疲れてお腹が空いていたので、そこに入った。私がドアを押して入った時、店員は私を見るなり一瞬戸惑ったような顔を見せたがすぐに直って、「いらっしゃいませー!お好きな席お座りくださーい!」と大きな声で言ってくれた。メニューは全て上に書かれているようで、私は立ちながら、「すいません、じゃあ、あの、この、焼き、焼き豚ラーメン…一つ、お願いしま、」言い終わる前に「焼き豚ですねー!」と言って店員はメモした。「トッピングはなしでよろしかったでしょうか?」そう聞き返されたので、私は咄嗟に「はい。」と答えた。「かしこまりましたー!」と言う声と共に、そのメモを隣の人のところに渡す。そのもう一人はラーメンを作るのが専門らしく、作る時以外注文には一切見向きもしないスタイルを貫いていた。そんな二人が切り盛りするお店だった。私は一番端と、私が座る前までに最も近い人との中間の席を選び座った。案外空席は多かったのだ。その店は全てカウンター席でそれ以外は見えなかった。「8番」そう作る担当が言うと、私の隣の人にラーメンが渡された。「お待たせしましたー、ラーメン卵トッピングでーす!」どうやらここのラーメンは味噌ベースらしい。見るからに味の濃そうなスープに、もやしとネギとチャーシューが一枚、そして味付け卵が切られた状態で乗っていた。卵の断面、その黄身は真っ赤で、とろとろだった。そんな隣の人のを見て私は唾液が止まらなくなった。私はあまり濃い味のものは好きではないのだが、この時ばかりは早く食べたくて食べたくてたまらなかった。すると「10」と聞こえた。私のところだった。「お待たせしましたー!」そう聞こえて、もうできたのかと思った。「こちら焼き豚丼ですねー。」その言葉を聞いて私は内心かなり焦った。「い、いや、あの、た、頼んでない、です…」すると店員は言った。「なんか色々大変なんでしょう?御代はいただきませんから。私なりの気持ちです。」私は放心状態になった。この人は何を言っているんだ?そんな混乱した状態でその丼を受け取った。私はレンゲを一つとって、どんぶりを見つめながらしばらく考えた。意味がわかってくると途端に涙が溢れてきた。様々な感情が入り混じって、なんで泣いているのか私にもよくわからなかった。レンゲで掬ってそのどんぶりを一口食べるとさらに涙が溢れてきた。ボロボロボロボロこぼれてきて収拾がつかなかった。目を袖で覆った手で塞ぎながら私は泣いていた。「うっ…ふぅっ…うぅぅ………」と声を殺していたが嫌でも声は出てしまう。そんな中空腹な私はそのどんぶりを掻き込んだ。美味しかった。小さい丼だったが、それを半分ほど食べた段階で、「10!」と言う声が聞こえた。「お待たせしましたー!」私は店の人の顔を見ることはできなかった。ただ、「ありがとうございます、本当にありがとうございます……。」と言ってラーメンを受け取った。そこにはチャーシューが厚切り2枚薄切り3枚入っていて、真ん中にネギ、そして、また気持ちなのか、それとも元々なのか、卵が一個乗っていた。私はずっと泣きながらラーメンを啜っていた。しかし、わかる人もいると思うが泣きながらだと上手く麺が啜れないのだ。なんとか頑張って全部食べて、まだ涙が止まらなかった。私はこの時かなり惨めだったと思う。服はしわくちゃで涙の跡が付いているだろう。顔も酷い顔だろうななんて想像しながら私はずっと泣き続けた。出来るだけ迷惑にならないように声を押し殺して泣いていた。早く会計を済ませたかったが如何も外に出られるほど脚に力が入らないようで、立てもしないようである。そんな私を横目にラーメン屋はいつも通りの回転をしていた。「大将美味かったよ。料金ここに置いとくよ。」「また明日も頼むよー」そう言ってカウンターに料金を置いて出て行くお客がいた。「あいよー。」そんなやりとりが聞こえた。そんな話を聞いているうちにだんだん私も落ち着いてきて、カウンターは涙でびしょびしょになっていたが、店側も私を追い出したりはせず、私は申し訳ない気持ちになった。「すいません、なんか…これ片付けますんで……。」そう私が言っておしぼりで拭き始めると、「あーーいえいえ大丈夫ですよ。お会計ですか?」と言うものだから、「あ、ほんとすいませんお願いします…」と返して「えーっとじゃあお会計が、1300円ですねー」っと言われたので、あぁ、丼代も入っているのか…と思った矢先、「焼き豚ラーメン一杯分にしときますよ。気にしないでくださいほんと。」と言ったのを聞いて、東京の物価が、私の地元よりも幾分か、いや遥かに高いと言うことがわかった。ただし私はもう如何でも良くなって、1300円を2000円で支払い、おつりとレシートをもらい、「ありがとうございました。」と言ってその店を出た。店を出る時に「ありがとうございましたー!またお越しくださーい!!」と元気な挨拶で返されたので私も少し元気をもらった気がした。私は極力お金を使わないようにしなければならなかったので、どこかに泊まろうとは考えなかった。勿論結果選んだ方法は未成年の深夜徘徊であるが、ここでは勿論夜の商売は激しくなっていたが、未成年か成人かわからないような人が普通に歩いており、私もそれに紛れて誤魔化した。スーツ姿でブロックに座っている男性や、際どい格好で看板を持ち客を誘う女性、夜も変わらずガチャガチャを回して楽しんでいる人、大きな声で笑い合う酔っ払った男性達、そんな中に私は溶けた。ただ波に乗る椰子のみのように、私は東京というこの街の波に身を任せ、至る所を歩いていった。そんな時にコインシャワーがあった。今の時間ならかろうじて空いているようである。私はそこに飛び込んだ。少し奥に入ると扉がいくつか並んでいた。私はそのうちの一つに入り、鍵を閉める。そして10分200円と表示されていたので私は先ほどのお釣りの200円を入れた。手元の残りはあと約1600円である。これでは明日を生き抜くので精一杯だろう。なんてことを考えながら、私は服を脱ぎ、シャワーを浴びた。然しここで一つ気がついてしまった。全身水浸しになった後に気がついた。そこには石鹸がない。私は来る時服は詰めてきたが、石鹸は眼中になかった。然しそんな状態でも、お湯が浴びれただけよかった。涙の跡も今までかいた汗も全て洗い落とせるからである。暖かくて気持ちよかった。勿論シャワーなのだが、それでもその場で寝てしまいそうなほど眠く、気持ちよかったのである。私は10分ギリギリまでお湯を浴び、至る所を擦って洗った。出る時もタオルはなかったので私は今まで着ていた服で体を拭き、新しい服へ着替えた。体を拭いた服はびしょ濡れで、ちょうどいいことにここのコインシャワーはコインランドリーの中に入っていたので私は隣のコインランドリーで洗えばいいと考えた。私はびしょ濡れの服を抱えて、バッグを背負い、その部屋を出た。コインランドリーは一回500円だった。ちょうどお釣りできた500円玉を入れ、洗濯を回した。終わるまで約30分程度かかるらしい。特にやることもないので外でももう一度歩いておこうかと濡れた髪で外へ出る。「もっと普通に生まれたかったなぁ。夢の土地…東京か…。何でもあるって?何でも出来るって?結局金次第じゃないか…」そんな独り言を言いながらぶらぶら街を歩く。車は夜も少なからず通っている。いや結構通っている。ガードパイプに寄りかかって僕がそれを不思議そうにみていると、視線を感じた。視線を下ろすとおしゃれをし、化粧をし、見た目を整えた女が座っていた。彼女は目を細め、極めて精巧に造ったにやけ顔をして私に言った。「イケメンだね。」私は言った。「ありがとう。」するとまた彼女は続けて言った。「あのねお兄さん。私今日泊まるところないの。だから一晩だけ止めてくれない?」たまにいるバカの手口だ。気分が悪い。そう思いながら私は言った。「それは私も同じだよ。家に帰るには3000円必要なんだけどあと1100円しか残ってないんだ。」すると彼女はつくりものでない、驚きと不安の入り混じったような表情をして立ち上がり私に言った。「え!?それやばくない?」その表情に私は少し安心した。私は答える。「そうだね。でもなんかどうでも良くなっちゃって。」彼女は言う。「お兄さんバイトとかしないの?」私は答える。「したくても履歴書も書けないし身分証明書すら持ってき損ねちゃったんだ。」彼女は言う。「じゃあ……私…ちょっとお金稼いでこよっか?」私は彼女の目を見て言う。「いいやいいんだ。私はこれで。」……彼女は黙ってしまった。そして涙を滲ませた。本当か嘘か、私にはわからなかった。私が戸惑っていると彼女は、作り物の声から本当の声に直して言った。「本当にそれでいいの?そんな適当に生きて、人生棒に振るっていいの!?」私は落ち着いた口調で答える。「ありがとう。私はね、普通じゃないんだ。だから普通の人生は歩めない。この棒に振るう人生がもしかしたら私の正しい生き方かもしれないだろ?」彼女は固まってしまった。女性はホルモンの関係で感情的になり易いと昔記事で読んだことがあった私は、彼女はきっと今複雑な感情に囚われていると考えて、落ち着かせるために彼女を抱きしめようと思った。抱きしめて、「ありがとう。君のような人がいるから私はこの土地が好きになるよ。」と言おうとした。然し私の体は動かず、言葉も一切出なかった。女性を抱きしめると言う行為がものすごく怖かった。過呼吸になりそうなのを必死に抑えた。私は深く息を吐き、吸い込み、言った。「ありがとう。」と。私は振り返ってコインランドリーの方へ歩き出した。彼女は私を止めようとしたようだが、彼女も頭がうまく働いていないようで、「まっ……」と言う声を出して一歩踏み出した時点でまた固まってしまった。歩いていると、さっきの道からは賑わいが減っていた。コインランドリーについた時には周りに人はほとんどおらず、ただ光はあり、私はその一つへと入った。あと1分で終わるらしい。然し改めて考えると私の人生はこれからどうするべきなのだろうか、東京へ出てきたのは逃避行動の他にもいろいろなものに触れて正しい生き方を見つけるための無意識的な行動だったんじゃないのか?まぁ…今となってはなんだがどうでもいい。その途端洗濯が終わった。それはすでに脱水されていて、まだ湿り気はあるが取り出してすぐにバッグにしまった。その途端ガシャンという音と共に電気が消えた。何だと思って時計を見てみると0時ぴったりを指していた。ああ、切られたな。と思ったと同時に焦りが湧いてきた。(閉じ込められたのか?)。然しまだ自動ドアは反応したようで、私は難を逃れられた。尚外側のセンサーは反応しないようになっていて中には戻ることはできなかった。そんなこんなでまた夜の街を歩いていると、また先程の彼女に会った。目元のメイクは少し崩れ、髪も先ほどよりほんの少し崩れていた。改めて見ても大人か未成年か見分けがつかないほど若いように見える。彼女は言った。「いた。」私は言う。「さっきぶりだね。」彼女は言う。「さっきは一方的に話してごめん。何かあったなら私に言って?」そんなに一方的に話してたか?なんて疑問に思いながら「ありがとう。でも大丈夫だよ。」と答え彼女の横を通り過ぎようとした。すると彼女は私の横についてくる。「あのね、私もね、家出してから結構経つの。」私は言う。「そうなの?結構おしゃれしてるからそんなに経ってないように見えたけど。」彼女は言う。「私みたいな人はみんな自分を売ってるから、オシャレして可愛くして、周りとどれだけ差をつけられるかを重視するんだ。」私は答える。「そっか。」……彼女は少し黙り、また少し時間が経って口を開いた。「私ね。昔親から性暴力振るわれてたの。私が中学校の時に母親が死んで間も無く、2人で住むようになってからすぐだった。……あの人は私をただ欲の発散の道具としか見てなかったのよ…。あなたも何か不満があったの?暴力を振るわれたとか?…捨てられたとか?」私は言えなかった。過度な愛情に疲れたなんて、決して言ってはならないことのように感じた。私は言う。「それで家出を?」彼女はまた少し黙って、答えた。「私中卒なんだけどね。それから働けって言われて、いろんなところ面接受けたんだけど全部ダメで、その間も勿論親からそう言うことはされてたんだけど、ちょうど今から一年前、私がちょうど十七歳になった時に言われたの。お前には何の取り柄もない。ただ俺のために居りゃいいんだって。その時の私はおかしかったからその通りだと思ったよ。命令は聞かないといけないって。それで続けて、お前を養う金はないからお前が稼いで来いって言われてね。それで毎日体を売って、今はそこまでのことしてないよ?ただそのままいつのまにか友達ができて…戻らなくていいやって…それでもう戻れなくなって………」彼女からは涙が溢れていた。私は胸が痛んだ。然し完全には理解することができなかった。何故か、それは私が彼女とは正反対だからである。私は彼女を抱きしめて背中を撫でた。「ぅぅ……」と、か細い声でなく彼女を抱きしめながら私は思った。あぁ、何だこの子は、今の方が一方的に話しているじゃないか。と。私は言う。「つらかったのによくがんばったね。誕生日おめでとう。」彼女はそれに頷く。私の先ほど着替えたばかりの服には彼女の涙が滲んでいた。少し経ちもう泣き声は聞こえなくなった。ただ私の腕の中で安心しているようだった。彼女は言う。「お兄さん彼女いるの?」私は言う。「いないよ。私は男が好きなんだ。」彼女は言う。「…変な質問になるかもしれないけど、私たちって何のために生きてると思う?」私は答えられなかった。そして彼女は続けて言った。「私はね、自分の未来のことは未来の自分に任せて、今の自分は未来の自分のために頑張る、ただそれだけの事が私の人生の正解な気がしたんだ。」すると彼女はまた泣き出した。「でも普通に生きたかった…」そう言って、彼女は私の服に顔を押し付けた。「制服を着て同級生と笑い合いたかった。…普通に彼氏を作って幸せに生きたかった!」あぁ、きっと化粧品が大量についてしまっただろう。なんて思いながら彼女の頭を撫でる。さらに彼女は続ける。まるで溜め込んだゴミを一気にゴミ箱へ捨てるように。私はそのゴミ箱だ。「でも怖くて…もう、男の人を見ると怖くて…」しかしその彼女の行動は矛盾している。おそらくこれは私を騙すための嘘に違いない。そう考えていてふと思った。街路樹があり、街灯があり、その近くで男女が抱きしめている。本質は違えどこれは側から見たら普通の人みたいだ。そんなことを考えていると彼女はいきなり私から離れて、化粧がぼけ、造っているのか本物なのかわからない笑顔でこう言った。「ごめんね、迷惑かけたね。………聞いてくれてありがとう。おかげで昔の私が少し戻ってきたみたい。」私は言った。「いいよ全然。聞かせてくれてありがとう。」彼女は言う。「また会えるかな。」私は言う。「生きていればきっと会えるよ。」彼女は微笑んで言った。「死んじゃダメだよ?」私は微笑みをつくった。彼女は既存の笑みに、さらにつくった笑顔を重ねた。そして言った。「ごめんね。ありがとう。…またね。」そして彼女はネオンサインの光る街に溶けていった。それをずっと眺めていた私の横を車が次から次へと通り過ぎる。その間も私の性器は一切勃起しなかった。私は精神的に疲れてしまってガードパイプに腰掛けた。下を見るとタバコの吸い殻が落ちている。そしてそのまま視線を落とし、自身の服までいく。殆ど黒色の服、然しそこにピンクや黄色のようなものが見える。「あぁあぁ…何をやってんのかねぇ…」彼女の化粧だった。夜も明るいのではっきり見える。これどうしたらいいんだ…なんて思いながら空に視点を移してぼーっとする。大して刺激はないのだ。然しいつまででも見ていられる。ぼーっとしていると夜も明けてきた空の光が街の灯りを中和する。私は眠気を抱え、またもとの道を戻った。ラーメン屋への道である。1時間ほど歩いてラーメン屋の前まで来た。それまでの道のり、スーツを着たおそらく出勤途中だと思われる人は少し見かけたがそれ以外夕方や夜なんかとは違い人はほとんど歩いていなかった。昨日のラーメン屋は開店はどうやら9時かららしい。私は特にすることもないのでそのラーメン屋の前で待つことに決めた。途中来る時に見た時計は6時を指していた。おそらく今は6時半か6時15分ごろだろう。適当だが。そもそも私はこの店のそばにいるだけでも安心できる。私が東京へ来て最初に受け入れてくれた店である。それから2、3時間ほど店の前で座り込んでいる(並んでいる)と、いつのまにか人通りが増えこの店にも何人か客が並び始めた。後ろの後ろの客が言う。「あと3分か…」つまりあと3分で9時になると言うことである。改めて私の服を見た。まだ化粧品が残っていたので私は叩いて少しでも落とそうとした。その途端である。目の前から男の人が出てきた。昨日私に話しかけてくれ、サービスしてくれたひとである。彼は私の顔を見るなり笑いながら驚いたような、言い表しにくいがそんな顔をしてすぐに振り返って店の入り口に暖簾をかけ、大勢に向けて叫んだ。「いらっしゃいませー!!」そしてそれと同時に開店。「どうぞこちらへ。」と言われ、我々は端から座っていく。私は「ラーメンお願いします。」と言った。周りの人々も次々に注文をしていく。そんな中1人は調理に集中し、もう1人はお客に話しかけながら作業を進めている。彼は私に少し話かけてきた。「今日は大丈夫そうですね。」私は少しドキドキして嬉しくなった。そして言った。「えぇ、そうなんです。でもこれでラーメンを食べたら所持金は完全にゼロになっちゃいます。」すると彼は少し怪訝な顔をして、コソコソ話をしてきた。彼の顔が近づいて、不思議と動悸が激しくなり、思考が働かなくなって、そして彼は言った。「それあんまりいい状況じゃないっすね…ところでそういえば昨日の深夜うちに警察が来て、あなた探してるらしいこと言ってましたよ。」私は驚いた。追っ手がすぐそばまで来ていたのである。然し一概にそれが悪とはいえない。何が救いか私にはわからなくなってしまった。彼は続けて言う。「うちには帰れるんですか?」私は答える。「いいや、距離的にもなかなかどうも現実的な方法は浮かばなくて、電車でも3000円かかるんです。」すると「1番!」と大きい声が響く。」彼は慌てたように戻って「あっはい、はい一番さんお待たせしましたラーメンですねー」そして続けて小声で言った。「うち、やっぱ2人で忙しいからさ、アルバイト募集中なの。日給3000円で。」しかし…私は笑顔を造って答えた。「ごめんなさい。私にはそれだけの自信がありません。」うまくつくれたかははわからない。それを見て彼は悲しんだような顔をして、「そっか。」と答えた。それからは元気のいい彼に戻ってまた普通の仕事に戻った。私はラーメンを啜る。今回のものはやはり昨日の焼き豚とは違い、厚いチャーシューが一枚入っている。そして味玉はない。隣のウォーターサーバーから水を汲み、飲みながらゆっくり、かつ豪快に味わった。とてもしっかりと味わった。これがもしかすれば最後のここでの食事、いや、人生最後の食事になるかもしれないと言う考えで私はそのラーメンを食べた。このラーメン屋でよかったと私は思う。今思えば、私はあの時点で、すでにこの人に、いや、このラーメン屋に惚れてしまっていたのだろう。私はラーメンのスープを最後の一滴まで飲み干し、代金の1100円を見せて言う。「御代ここ置いておきますね。」彼は少し困った顔をして、「はい、ありがとうございます。」と答えた。私はぼそっと呟いた。「未来のために生きる…か……」最後コップに残った水を飲み干して外へ向かう。背後からは「ありがとうございました!またお越しください!!」と力強い声が聞こえた。私はその言葉を尻目に喧騒とする街に消えていった。

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