第8話:死と裏切り
第8話:死と裏切り
■財前家 視点
午後のテレビ報道が静寂を破った。
【速報:大手企業“ZAIZENホールディングス”社長、財前邦彦氏が脱税容疑で東京国税局により逮捕】
ニュースキャスターの冷ややかな口調とは裏腹に、財前家のリビングには怒声が響いた。
「どうして……どうしてこんな……!」
財前 昂の母がテーブルの上のカップを払い落とし、両手で頭を抱えていた。
父が連行される映像がテレビに映るたび、昂の表情は濃い影を落としていった。
「誰が……誰がこんな密告を……」
だが、昂は知っていた。
誰でもない、“あいつ”だ――神谷悠。
悠が、ただ加害者個人だけでなく、家族、家系、資産、名誉、すべてを“断罪”の対象としていることを、嫌というほど理解していた。
リビングのソファに沈み込む昂。
だが、その視線はやがて、壁の向こうを見据えていた。
(……まだ、終わっていない。俺は、潰されない)
そう思っていた。
しかし、その夜、父が財務関係者や顧問税理士との“裏取引”を悠が匿名で税務当局に通報した証拠が、ネットに流出した。
《暴かれた脱税の構造。息子は加害者、父は脱法者》
タイトルは刺激的だった。
投稿直後からTwitterトレンド入り。
スポンサー契約は即日打ち切られ、株価は翌日さらに20%暴落。
企業グループは事実上、崩壊。
昂は部屋にこもったまま、酒を煽っていた。
手元のスマホには、グループLINEでの通知が鳴り続けていた。
■加害者グループ内部視点(一ノ瀬・芹沢・黒瀬)
「おい、これマジでまずいって……財前までやられた」
黒瀬勇人がテーブルを叩いた。
その前に置かれているのは、一ノ瀬が独自にまとめた“神谷悠の過去の弱点”のリスト。
「……この程度じゃ効果ない。神谷の“今”を潰さなきゃ意味ねえんだよ」
「だから俺、調べた。あいつの研究室にいたときの指導教官――白井って教授」
一ノ瀬がニヤリと笑い、印刷された内部文書を机に広げた。
「推薦状の偽造、研究費の流用、大学と企業の癒着。これが出れば、白井も神谷も終わる」
「それ、どこから……?」
芹沢が眉をひそめた。
「中にいたやつが売ってきた。神谷が信じてた教授、裏切られてんだよ。ざまぁだろ?」
黒瀬が鼻で笑った。
「白井が神谷に協力してたとしても、それが表沙汰になったら、むしろ信用は崩れる。こっちの切り札に使える」
「一発逆転だな」
彼らは知らなかった。
その“リーク元”すら、悠が用意した“仕掛け”だったことを。
■神谷 悠 視点
「予想通り、食いついたな」
悠は北欧の自室で、ログインした仮想環境のサーバーから、一ノ瀬がアクセスしたファイルログを見ていた。
“SHIRAI_LEAK_DOC_FAKE”
“CAMERA_TIMESTAMPS_FAKE”
“証拠”に見えるすべてのデータは、神谷悠自身が仕込んだ“罠”だった。
白井教授が推薦状を偽造していた事実は本当だ。
だが、それはすでに悠が“手のひらの上”で利用した過去であり、教授は今や悠に“完全に管理”されていた。
「自分たちが優位に立ったと勘違いしたとき……人間は必ず、また罪を犯す」
その罪を“録画”し、“記録”し、“公開”する。
それが、悠のやり方だった。
悠は教授に向けたメールを打つ。
《教授、そろそろ会見の準備を。過去のすべてを認め、記者会見にて謝罪してください。そうでない場合、あなたの研究費流用の音声データを提出します》
返信はなかった。だが、悠にはそれすら必要なかった。
「財前は倒れた。次は……白井、そして一ノ瀬、お前だ」
悠は一つのフォルダを開く。
そこに保存されているのは、一ノ瀬が過去に違法薬物を使用したとされる証拠映像。
「“楽しかった”って、カメラに言ってたね。あの時の顔……忘れないよ」
彼の指が、ゆっくりと投稿ボタンに向かう。