第7話:分裂
第7話:分裂
■加害者グループ視点(高城遼・黒瀬勇人・芹沢翼 他)
夜、都内の高級マンションの一室に、かつての“仲間たち”が集まっていた。
黒瀬勇人が用意した部屋だった。父親の会社名義で借りられた、セキュリティの厳重な高層階。
だが、かつてのような笑顔も冗談もなかった。
そこにあるのは、敵意と疑念と、恐怖。
「で?何をどうするんだよ」
苛立ったように芹沢翼が口火を切った。
顔色は悪く、目の下にクマが浮かぶ。SNS上で晒されて以降、外出はおろかスマホの電源すら入れられずにいた。
「これ以上何もせずにいたら、全員終わるぞ」
「終わるって何だよ。あれは神谷の仕業だろ?だったら警察に――」
「バカかお前は!」
黒瀬の怒声が室内に響いた。
彼の声は、かつてナイフを悠に突きつけたときと同じ冷たさを持っていた。
「警察? 弁護士? その神谷が操ってんだよ、世間も、メディアも。今さら何言ってんだよ」
空気が凍りつく。
誰もが理解していた。
悠は“やり返している”のではない。
彼は“完全に上に立って”裁いているのだ。手段も場所も選ばずに。
「……こっちも、やり返さねぇと」
静かに、しかし確実に呟いたのは一ノ瀬光だった。
「動画、まだ残ってるだろ?あいつのこと。いじめられてた他のやつとかも。探せば、“逆の証拠”もあるんじゃね?」
「……つまり?」
「神谷が全部“無抵抗な被害者”だったっていう前提を崩すんだよ。こっちも被害者だった、って話に変える。今の時代、ネットは“どっちもどっち”が一番好きだからな」
黒瀬は腕を組んだまま、無言で頷いた。
「賛成だ。どうせ潰されるなら、先に手を出すしかない」
高城遼は黙っていた。
手元のグラスの中で氷が音を立てて溶ける。
「……俺の姉まで巻き込まれた。正直もう、限界なんだよ」
「だったら動けよ、遼。お前が先頭に立ってたろ。リーダーだったんだからさ」
翼の言葉に、遼は唇を噛んだ。
(俺は……本当に、あのとき笑ってたのか?)
だが、迷っている暇などなかった。
一ノ瀬がノートパソコンを開き、USBメモリを差し込む。
「証拠ならある。昔のデータ、あいつの弱み、過去の他の事件。ばら撒いて、世論操作して……潰す」
翼がスマホを構えた。
「じゃあ、作戦名は――“再定義”ってことで」
■神谷 悠 視点
悠はその会合の映像を見ていた。
安藤智也のPCから、リモートでデータを抜いた後、そこに仕掛けていた“視覚盗聴プログラム”が捉えていたのだ。
「ようやく……牙を剥いたか」
悠の口元がわずかに笑みを作った。
彼は全て予測していた。いずれ加害者たちは反撃に出る。
ただ、それが“内部崩壊”を伴う形になることも。
「黒瀬と芹沢、意見が割れてる。高城は内心、怖気づいてる。一ノ瀬は快楽で動くタイプ。安藤は沈黙……そして、早乙女真白はまだ動かない」
彼女だけが沈黙を保っていることを、悠は不気味に感じていた。
動画編集ソフトを立ち上げ、反撃への“返答”動画の準備を進める。
動画タイトルを入力する。
《真実を語る時が来た》
《黒瀬、君が持ってるあの動画。俺が作った“証拠の罠”って知ってた?》
悠は笑った。
「“悪だくみ”には、代償が必要だ。次は、それを教えてあげよう」