第5話:崩壊の序曲
第5話:崩壊の序曲
■芹沢家 視点
朝刊を開いた瞬間、芹沢翼の父・芹沢重徳の顔色が変わった。
「……なんだ、これは……」
週刊誌の見出しが大きく躍る。
【有名企業『芹沢グループ』御曹司、大学内暴行事件の加害者か?】
記事には例の動画が切り取られたキャプチャ画像と、翼の名前が伏せ字ながらほぼ特定できる形で記載されていた。
さらに、父の会社が大学への多額の寄付を行っていた事実も併記され、“揉み消し疑惑”として煽られていた。
「誰が……なぜ……こんなことを」
新聞を握る指が震えている。
芹沢グループは、不動産・教育・医療関連企業を抱える一大企業。上場もしており、株式市場に対する影響は無視できない。
父は慌てて秘書に電話を入れた。
「……株価はどうなっている」
『寄付き直後から急落しています。前日比マイナス12%。週刊誌の影響だと見られます』
重徳はソファに崩れ落ちた。
一方、息子・翼は二階の自室で布団をかぶり震えていた。
ドアの外から聞こえる両親の怒鳴り合い。
母は泣いていた。「あなたの育て方が悪いのよ……」
(違う、俺は悪くない……俺だけのせいじゃない)
誰にも届かない心の叫びが、脳内に反響する。
悠の顔が、火に照らされた時の記憶と重なって浮かぶ。
(ただの冗談だった。遊びだった)
だが――それは、社会が許さないと気づいた瞬間、冗談ではなくなった。
現実が、自分を地面から引きずり下ろしていく感覚。
SNSではすでに「#芹沢翼」「#加害者御曹司」がトレンド入りしていた。
過去のインスタグラム、モデル活動、派手な交友関係、すべてが晒され、炎上の餌食となっている。
学校も連絡をよこさなくなった。
仲間だったはずの黒瀬や一ノ瀬も、グループLINEで既読をつけるだけで沈黙している。
(……全部、俺に押し付ける気かよ)
芹沢はついにスマホの電源を落とし、カーテンを閉めたままベッドに潜り込んだ。
時間だけが、遅く過ぎていく。
そして彼は気づく――心のどこかが、もう壊れてしまったことに。
■神谷 悠 視点
「崩れ始めたか……」
神谷悠は、動画編集ソフトのエクスポート作業を終え、マグカップを手に画面を見つめていた。
画面には、芹沢家の情報が集まったファイル群。
・株主構成と株価の推移
・家族の個人SNS
・母親の通院歴と写真
・芹沢自身の過去の暴言コメント、匿名掲示板のログ
「芹沢は派手すぎた。燃えやすい素材だよ、お前は」
悠はかつて、芹沢に言われた言葉を思い出していた。
『お前みたいな陰キャが、俺らの輪に入れると思った?』
あの頃の屈辱と怒りは、すでに昇華されている。
いまはただ、正確な手続きと、冷徹な操作で彼らを“社会的に終わらせる”工程をこなしているだけだ。
次のアップロードに備え、悠は別のSNSアカウントで告発投稿を始めた。
《【拡散希望】この人物が加害者の一人です。被害者の髪を燃やし、笑っていたと証言されています》
芹沢の顔がわかる映像はまだ投稿していない。
だが、ユーザーたちは時間の問題で気づく。
悠の操作する複数アカウントが、わざと断片的な情報を小出しにすることで、集団の“特定欲求”を刺激する。
「人は、白黒はっきりさせたがる。加害者と被害者という単純な構図を欲する」
だから、悠は余白を残す。
確定せず、断言せず、あくまで“疑念”として投げかける。
その方が、拡散する。
怒りと共感が感染するように広がっていく。
悠はふと窓の外を見る。
北欧の空は、夜でも青白い光を放っていた。
「これで……フォロワー数、150万か」
いつしか、彼が操るSNSアカウントの合計フォロワー数は150万人を突破していた。
「“神谷悠”の名を出す時は……まだ早い」
彼は新たな動画をアップロードする準備を始めた。
タイトルは決めている。
《次は、誰だ。》