第4話:拡散
第4話:拡散
■SNSユーザー視点(複数人)
最初に気づいたのは、学生向け掲示板の匿名スレッドだった。
「【告発】大学内の“いじめ”映像が流出。加害者たちは今…?」
誰かがアップした動画リンクに、最初は誰も本気にしなかった。
粗い映像、匿名の投稿、タイトルだけは過激。
──だが、動画の中身は違った。
【0:12】
一人の青年が地面に座らされている。震える手、擦れた声。
周囲には数人の学生が立ち、笑いながら何かを話している。
【0:24】
「逃げんじゃねぇよ、カメラ回ってるんだからさ」
スマホのカメラに向かって、誰かが言う。
【0:30】
青年の髪にライターの火が近づく。焦げる音。悲鳴。
その場にいた全員が笑う。
【0:45】
「もう一回やって。あの顔、やばい。撮っとけって!」
動画の終わりに、編集されたテロップが入る。
《これは“ある大学”で起きた実話です。加害者はまだ処罰されていません。》
動画は瞬く間に拡散された。
「これ本物?」「誰?大学名どこ?」「顔バレしてないけど特定されるぞ」
SNS上で“加害者特定班”が動き出すのに、時間はかからなかった。
【Twitter】
「この制服、××大学のだろ」「後ろに映ってるポスター、学生会のイベントだ」
【Instagram】
「この男、こいつじゃね?芹沢翼ってモデルやってたやつに似てる」
「てかこれ、去年のキャンパスイベントで流れたやつじゃね?」
YouTube、TikTok、Instagram、そして5ちゃんや爆サイ。
あらゆるプラットフォームで、加害者たちの過去のSNSや投稿が洗い出される。
そして、ある瞬間。決定的な情報が拡散された。
「これ、安藤ってやつが撮ってたんだよね。インスタで動画投稿してた記録ある」
コメント欄は騒然となる。
「ふざけんな、こいつら人間かよ」
「拡散希望。絶対に許しちゃダメ」
「なんで今まで放置されてたの?大学もグルだろ」
一気に火がついた。
炎は止まらない。
■神谷 悠 視点
「よし。予測通りの動きだ」
悠は淡々とSNSの動向を分析していた。
彼が使っているのは、複数の“人格”を持つアカウント群。
性別、年齢、職業、属性を細かく分け、それぞれの口調や投稿スタイルも変えている。
「母親目線」「学生目線」「社会正義系」「フェミニスト層」「法学的分析」
すべてのアカウントが、あの動画に言及し、炎上を加速させるように設計されていた。
「感情は伝染する。そして憎悪は連鎖する」
悠は自らの“操作”に酔うことはない。
ただ冷静に、確実に“世論”を動かしていく。
それは正義でも復讐でもない。ただ“手段”だ。
「人間は、見たいものしか見ない。信じたいものしか信じない」
だからこそ――
動画は「匿名」から始まる必要があった。
悠が投稿主であることを明かすつもりは、まだない。
いまはただ、世間の怒りを“拡大”させる時期。
「次は……“名前”だ」
悠は準備していた新しいファイルを開いた。
そこには、加害者たちの実名、顔写真、所属、家族構成までもが網羅されていた。
「順番に、出す。反撃できないよう、少しずつ焼いていく」
そう呟くと、彼は最初の一人――一ノ瀬 光の情報を、慎重に書き換えた。
《この人物が、動画の中で被害者を煽っていたと言われています。ご存じの方、情報提供を》
それだけで十分だった。
ネットは餌に飢えていた。
たとえそれが曖昧な推測であっても、“正義”という炎に焼かれてゆく。
悠は、その様子をただ見つめていた。
まるで研究者が、試験管の中で化学反応を観察するように。
「ようやく、始まったな。俺の――ゲームが」