第31話:記録者の不在
第31話:記録者の不在
■報道局ディレクター 視点(NHK系特番取材班・佐川)
特番タイトル案はこうだった。
《“仮面の記録者”が遺したもの——社会を変えた裁き》
佐川は、この企画に最初は乗り気ではなかった。
“ネット正義”や“社会的制裁”という言葉には、常に両義性が付きまとう。
しかし、取材を重ねるうちに彼の認識は少しずつ変わっていった。
「実際に人生を変えたという若者たちがいた。
黙っていた声が可視化され、行政が動いた例もある。
だが同時に、神谷が引き金を引いた自殺や家庭崩壊もあった」
何より驚いたのは、誰も“神谷悠”の居場所を知らなかったことだ。
野々村弁護士でさえ、もう何ヶ月も連絡が取れていないという。
「……姿を消した記録者。
彼が残したのは、手段なのか、思想なのか、それとも——」
特番のラストに入れる予定のインタビュー素材に、佐川は最後まで悩んでいた。
それは、かつて神谷の動画で勇気を得て声を上げた“葵”という少女の証言だった。
■葵(元・中学生いじめ被害者)視点
あの日から2年が経った。
葵は今、支援団体の職員として、子どもたちの相談を受けている。
「神谷さんの動画を見て、私は生きようって決めた。
あの言葉がなかったら、もう私はここにいなかった」
涙ながらに彼女は語る。
「でも、彼はもういない。
それでも、私は“彼の代わりに声を上げる大人”になりたいと思ったんです」
そう言って、葵は机の引き出しから一冊のノートを取り出す。
その表紙には、こう書かれていた。
『証言ノート:次の“記録”のために』
彼女は知っている。
“神谷悠”がもう戻ってこなくても、
彼の“方法”と“遺志”は、次の誰かが繋いでいくということを。
■神谷 悠 視点(最小のモノローグ)
薄暗い部屋の片隅で、男がPCのキーを打つ。
「もう俺は“狩人”ではない。
でも、まだ“目”は開いている」
彼は画面に映るSNSの投稿群を、無言でスクロールしていく。
その中に、見慣れた言葉が並ぶ。
《これは、私の声です》
《生きて叫ぶ》
《死ぬよりも、記録を選んだ》
神谷悠は、微かに目を細めて呟いた。
「——ならば、俺の役目は、果たされた」
画面がブラックアウトする。
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