第29話:最後の晩餐
第29話:最後の晩餐
■神谷 悠 視点
「社会は言う。“復讐は悪だ”と。
でも、それは——痛みを知らない者のセリフだ」
神谷悠は、カメラの前で静かに語り出した。
背景は、黒一色の空間。照明も落とされ、彼の顔は陰の中に沈んでいた。
「“許してあげなよ”“法に任せなさい”“前を向いて生きなよ”
——それらは、傍観者の台詞だ。
傍観者は、自分の皮膚が裂かれていないことを知らない。
声が奪われた痛みを、知らない」
「だから、その言葉に価値はない。
痛みを知った人間だけが、“正義”と“復讐”の違いを理解できる」
悠は、かつて黒瀬勇人にされたことを語る。
ナイフの光。燃やされた髪。笑い声。
それに対して、誰も止めなかったあの時間。
「黒瀬、お前に聞きたい。
あれは“遊び”だったか?“悪ふざけ”だったか?
なら、これは“復讐ごっこ”でいいよな?」
彼はそのまま、事前に用意した黒瀬とのZOOM映像を再生する。
■黒瀬勇人 視点(録画内)
カメラ越しの黒瀬は、完全に目が虚ろだった。
頬は痩せこけ、声は震えていた。
「……すまん、本当に、すまん……
俺、あのときは、何も考えてなかった。
みんなが笑ってて、ノリで……でも、今は——
毎日、怖いんだ。家族が壊れて、親父は精神科に……
……俺も、死にたいって、ずっと思ってる……」
悠はそこで言葉を挟んだ。
「そうか。死にたいのか。
じゃあ、“お前”はもう、痛みを知ったんだな?」
黒瀬は泣きながらうなずく。
悠は静かに告げた。
「でも、俺はまだ——“生きてる”お前を見てる。
だから、俺の中では“終わってない”んだよ」
■神谷 悠 視点(動画再開)
「これは、復讐だ。
でも、悪じゃない。
痛みの果てにだけ、“語る資格”が生まれる。
黒瀬、お前は今、“初めて語る立場”になった」
動画のラスト、黒瀬が「死にたい」と呟きながら顔を伏せる映像が映り、画面が暗転する。
悠は締めくくる。
「痛みを知らない人の言葉は、風に流れる。
だけど、お前の“死にたい”は、俺に届いた。
……だから、ちゃんと記録してやるよ。“痛み”の証拠として」
《復讐は、正義の代償ではない。“存在の証明”だ》
■坂本刑事 視点
捜査会議の資料室。
坂本は神谷の新たな動画を見終え、ただ無言で唇を引き結んでいた。
「……復讐を“哲学”に昇華したか」
部下が質問する。
「これ、何らかの罪には……」
「無理だ。これは“演説”だ。暴力も脅迫もない。
ただ、“被害者が真実を語っただけ”という体裁を保っている」
坂本は資料の端にメモを記した。
《痛みを知る者の論理。それは、法より先に人を動かす》
そして呟いた。
「黒瀬が死んだとき、社会はそれを“自業自得”と呼ぶだろう。
でも、それを導いたのは——“記録する者”の、声だ」
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