第2話:沈黙する声
第2話:沈黙する声
■神谷 悠 視点
北欧の寒空の下、厚手のカーテン越しに差し込む朝日が、神谷悠の白い頬をぼんやりと照らしていた。
部屋は静かで、聞こえるのは壁掛け時計の針が刻む音だけ。
彼はノートパソコンを開き、ZOOMの画面を見つめながら深く息を吐いた。
「……ああ、繋がってる。はい、こちらの音声も映像も問題ありません」
弁護士・野々村の姿が映し出され、その横に警視庁の刑事・坂本も同席している。
画面越しの二人は明らかに緊張していた。
悠はその様子を、どこか愉快そうに見ていた。
「手続きはすでに進行中です。正式に受理されました。複数の加害者に対して、段階的に通知が行われます」
「ありがとうございます」
悠の声は落ち着いていた。感情の波を感じさせない。
だが、その目の奥には、抑えきれない満足があった。
「想像以上に早かったですね」
「……証拠が強いですからね。動画、音声、診断書、LINEの履歴、それに……加害者グループのSNS投稿も残っていた」
坂本刑事が口を挟む。その表情はどこか複雑だった。
「神谷さん……これ、本当にあなた一人で?」
「ええ」
悠は一瞬だけ笑った。
だがその笑みは、あまりにも空虚で、凍りつくようだった。
「僕は記録するのが得意なんです。彼らが“ただの悪ふざけ”でやったこと、全部残してあります」
「……復讐ですか?」
坂本の問いに、悠は一瞬だけ沈黙した。
「違います。これは“始末”です」
その言葉を最後に、画面が一瞬揺れた。悠の背景には本棚とカーテン。だが、どこか不自然に整いすぎている。坂本はその様子に疑問を抱いたが、言葉にはしなかった。
ZOOMを切ると、悠はパソコンを閉じ、静かに椅子の背にもたれかかった。
「さあ……次は、家族ごと崩れていく様を見せてもらおうか」
彼の手元には、次なる告発文書がすでに準備されていた。
一件一件、丁寧に積み上げた復讐の城。それが、いま静かに牙を剥き始めていた。
■高城家 視点
「母さんが……自殺未遂?」
応接室の隅に追いやられた遼は、震える声で父に尋ねた。
「自業自得だ……お前のせいで、うちの家は終わりだ」
父の顔には、これまで見たことのない怒気があった。
高城遼は名家の跡取りとして、常に「優等生」としての仮面を被って生きてきた。
だが、大学に入り、力を持った時――その仮面はすぐに剥がれ落ちた。
「俺だけの責任じゃない……みんな、同じだった」
「お前がリーダーだったんだろうが!」
父の怒鳴り声が木製の壁に反響する。
母が倒れた部屋には、空の薬瓶が数本転がっていた。
緊急搬送され、意識は戻ったものの、医師は「精神的ショックが強すぎる」と説明した。
「なぜ、あんな動画が……なぜ、あんな詳細に残ってるんだ……」
遼の心は、恐怖と後悔、そして怒りに満ちていた。
あれはただの「遊び」だった――そう信じていた。
神谷悠は、おとなしくて目立たないやつだった。
少しからかえばすぐに黙る、そういうタイプだと思っていた。
「なんで、こんなことに……」
だが、今や悠は海外から全てを操り、法的制裁という名の暴力で彼らを追い詰めている。
「示談で済ませろ……金ならあるだろ」
「示談には、相手が“示談に応じる意志”が必要だ」
弁護士の一人が冷たく答えた。
しかも告発者は所在不明、弁護士経由でしかやり取りできない。
「……このままじゃ、芹沢のところも、一ノ瀬のところも、全部巻き込まれる」
父の言葉に、遼は思わず目をそらした。
「俺は……もう、逃げられないのか?」
その問いに、誰も答えなかった。
■ナレーション(補足描写)
数日後、神谷悠のSNSでは、意味深な投稿があった。
《沈黙は、もう終わった。今、全てが始まる》
そしてその言葉に添えられたのは――
「加害者の家族は、どこまで沈黙を守るつもりだろうね」と記された画像。
投稿は瞬く間に拡散され、「#復讐者」「#加害者特定」などのタグが生まれた。
だが、誰もまだ、投稿主があの“神谷悠”であるとは知らなかった。
高城遼は部屋に閉じこもり、かつて自分が悠に浴びせた言葉を思い返していた。
(お前の人生なんか、俺らが決めてやるよ)
だが今、その言葉が、何倍にもなって自分に跳ね返ってきていた。
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