第25話:人間の皮
第25話:人間の皮
■神谷 悠 視点
午前4時、北欧の夜はまだ明けない。
部屋の中はほとんど暗闇に近く、神谷悠はPCの前で新たな投稿の最終確認をしていた。
今回の動画のタイトルは、いつもと少し違っていた。
《いじめられている“お前”へ——声を上げろ。死ぬな》
動画の冒頭、神谷は珍しく目元を少し見せていた。
その奥には義眼がある。
彼はその義眼に触れながら、静かに語り始める。
「俺の右目は、奪われた。
奪ったやつらは、何一つ失っていなかった。
——少なくとも、“声”を上げるまでは」
「今、君が誰かにいじめられていて、“消えたい”と思っているなら、
その“消える”こと自体が、やつらへのプレゼントだと知ってくれ」
「お前の死は、“加害者のエンタメ”になるだけだ。
SNSで拡散され、“やばくね?”って笑われて、
せいぜい数日炎上して、“面白かった”で終わる」
画面には、過去に投稿された“遺書付きのいじめ被害者”のSNS炎上履歴が映る。
追悼タグ、RT数、心ないコメント。
神谷は言葉を続ける。
「死ぬくらいなら、叫べ。
殴られている動画があるなら、晒せ。
名前がわかるなら、書け。
その“声”を使わなければ、君は“餌”として死ぬことになる」
「俺は、あの日、声を上げなかったことを後悔している。
でも、もう黙らない。君も、黙るな」
「生きろ。
生きて、奴らを“記録”してやれ。
奴らの一生を、呪文のようにSNSに刻み続けろ」
最後に、彼は義眼を指先で撫で、こう呟いた。
「これが“記録”だ。君の声は、俺の“目”になる」
投稿は、わずか3時間で100万再生を超えた。
SNSには無数のコメントが寄せられた。
《泣いた》《自殺しようとしてたけど、もう一度だけ声を上げてみる》《俺はまだ、生きていいのかも》
■精神分析医 視点(診療録)
【記録:神谷悠、第五回オンラインセッション】
患者は依然として自己の行動を“正義”とは語らず、
あくまで“必要な結果”と述べる。
今回のテーマは“加害者ではない他者へのメッセージ”だった。
患者は、“共感”ではなく“呼びかけ”として言葉を用いている。
その文脈には、“自己の過去の否定”と“自殺者への怒り”が交錯している。
【重要所見】
——神谷悠は、自身の行動を“救い”とは思っていない。
彼は“生きている人間”だけに価値があると認識している。
終了時の発言:
「死んだやつは、もう語れない。語れないやつに、裁く資格はない。
だから俺は、生きている」
■SNS被害者(高校生・仮名:美咲)視点
投稿から3時間後、神谷悠の動画を見た女子高生・美咲は、ベッドの中で泣いていた。
学校でいじめを受け、SNSでは“変な写真”が晒され、自殺を考えていた。
スマホの画面を握りしめながら、彼女は呟いた。
「……わたし、死んでもあいつら笑うだけなんだ」
彼女は投稿を開いた。
《今日から、わたしは黙らない。
晒したのは、この人たち。全部、残すからね》
動画と共に、教室での録音音声、LINEのやりとり、加害者の名前。
すべてを投稿した。
初めて、“自分の声”で世界に触れた気がした。
彼女は画面越しに呟いた。
「ありがとう、神谷さん」
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