第22話:視えない顔
第22話:視えない顔
■神谷 悠 視点
鏡の前に立ち、神谷悠はゆっくりとマスクを外した。
続いて帽子を取る。
最後に、サングラスを外し、その奥にある自らの顔を確認した。
そこには、かつての「青年」の面影はなかった。
眼球を失った右目のくぼみに嵌められた義眼。
疲労と無睡眠でこわばった肌。
そして、どこか“生”を感じさせない沈んだ瞳。
「……これが、俺の“今”か」
彼はふと、記憶の中にある「高校時代の自分の笑顔」を思い出した。
無防備に笑っていた。人を信じ、未来に憧れを抱いていた。
それが、いまの自分とはまるで別人のようだ。
パソコンに向かうと、編集を終えたばかりの映像が保存されていた。
タイトルはこうだ。
《“顔”を失った者より:この社会に問う》
映像は、彼がマスクとサングラスを外し、義眼をゆっくり取り外すシーンから始まる。
淡々としたナレーションが続く。
「加害者たちは、僕の“顔”を壊した。
そして、社会はその痛みを“見ない”ままにしていた」
「だから僕は、もう“顔”を見せる必要はない。
この仮面の奥にあるのは、“復讐”ではない。“正義”でもない。“生き残り”だ」
■野々村弁護士 視点
東京の事務所で、その映像を受け取った野々村弁護士は、目を細めて映像を見つめていた。
モニター越しに見る悠の表情は、確かに“理性”を保っていた。
だが、それが逆に「危うさ」を強調しているようにも見えた。
ZOOMを繋ぐと、悠は静かに画面の向こうに現れた。
「神谷さん、映像……確認しました。強いメッセージでした。ただ……」
野々村は一瞬、言葉を探してから続けた。
「あなたは、もはや“個人の発信者”ではありません。
すでに150万人以上が、あなたの言葉に“動かされて”います」
「……それが問題ですか?」
「はい。あなたの言葉が、社会を動かす力を持った時点で、“責任”が生まれている。
復讐者としての神谷悠ではなく、“指導者”としての神谷悠が、今問われている」
悠はしばらく沈黙した後、口を開いた。
「僕は……顔を見せることで、守れなかった。
だから、顔を隠すことで“声”を守ってるんです」
「けれど、それは“逃げ”にも見える」
悠の目が僅かに鋭くなった。
「僕は、あいつらが“生きている限り、殺され続けている”んです。
そして、顔を晒すことは、再び“社会”という加害者に攻撃されることと同じ。
僕の仮面は、“防壁”です」
野々村は、深く息をついて頷いた。
「わかりました。ただ、今後どんなに正当な情報でも、“顔を隠している限り”信じない人も出てきます」
「それでも、僕は顔を見せない。なぜなら——」
「顔を奪ったのは、彼らなんだから。
息をしてるのは、まだ“反省していない”って証拠でしょう?」
悠の声は低く、しかし確信に満ちていた。
野々村はそれ以上、何も言わなかった。
■ナレーション
その日の夜、神谷悠の新たな投稿は日本中のSNSを揺らした。
《顔を失った人間が語る“視えない社会”》
《仮面の下の正義とは何か?》
賛否両論が渦巻いた。
支持者は「神谷は現代の預言者」と称え、
反対者は「匿名で人を裁く卑怯者」と糾弾した。
だが悠はそのすべてを“計算済み”で見ていた。
そして、次の動画タイトルを打ち込む。
《命の価値について、話そうか》
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