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第21話:崩れる日常

第21話:崩れる日常

■芹沢家 視点


その朝、芹沢家の郵便受けには、封筒が五通投げ込まれていた。

一つ目は、芹沢翼の父が経営する会社宛ての内容証明。

二つ目は、芹沢母宛てに届いた匿名の手紙。

そして残り三通は、印刷された“画像”だった。


——芹沢家のゴミ捨ての様子。

——母が早朝に家を出て、ドラッグストアで買い物をする姿。

——夜、窓際に立つ芹沢翼のシルエット。


「……これ、何?」


母が呟いたとき、すでに家の外では奇妙な音がしていた。

——カメラのシャッター音。

——ガラガラと引きずるキャリーケースの音。

——子どもが叫ぶような笑い声。


玄関を開けた芹沢父が見たもの、それは「報復の観察者たち」だった。


スマホを構え、メモを取り、無言でこちらを撮り続ける男たち。

近隣住民のフリをしながら、路地の先に立ちすくむスーツ姿の男。

ベランダの下から望遠レンズを突き出す無名のカメラマン。


「警察を呼べ!これは完全に監視だ!」


芹沢父は怒鳴った。だが通報しても、現れた警官は「迷惑行為には該当しない」とだけ伝え、記録だけを取って帰っていった。


芹沢翼はその様子を、自室から眺めていた。


ネットはすでに彼らを“地元レベル”で特定していた。

SNSには、芹沢家のゴミの写真が上がり、「この家の家庭ゴミすら偽装されてる」と嘲笑が並ぶ。

誰かが作成した“芹沢家生活監視アカウント”はフォロワー10万人を超え、日々の投稿には《今夜は何時に風呂?》《出かけるのはどこ?》といったコメントが溢れていた。


(ああ……日常って、こんなふうに崩れるんだ)


翼は思った。

自分がかつて“神谷悠”の生活を壊したとき、きっと彼も同じことを思ったのだろうと。


「……もう、やめてくれ」


無力な叫びは、ガラス窓の向こうへ吸い込まれていった。


■坂本刑事 視点


芹沢家の近隣で、私服の警官が一人、車中から監視を続けていた。

捜査一課の坂本は、情報提供者の一報でこの“日常の崩壊”の現場を直に見に来ていた。


「……これが、神谷のやり方か」


神谷悠が“直接手を下さず”、合法の範囲内でターゲットの生活を崩していく手段。

雇った民間調査員、SNSを通じた群衆の圧力、個人情報の断片を“生活破壊兵器”に変える知恵。


坂本は後部座席から双眼鏡を取り出し、監視者の一人を確認した。


(あいつは、元探偵社の人間だな。神谷とつながってる)


警察として、介入できる余地は少ない。

表面上は「監視」「撮影」「情報共有」に過ぎず、いずれも“公共の場”で行われている。


だが、坂本の中で葛藤は激しく渦巻いていた。


(これを許せば、“正義の名を借りた社会的殺人”が合法になる)


坂本は捜査資料に手を伸ばし、神谷の過去の発言を再読した。


《日常を与える資格がない。罪を償わない者に、明日などいらない》


「確かに……“論理”としては破綻していない。だが、それを振るう権利は、個人にはない」


坂本は考える。

“司法”と“報復”の境界が壊れ始めている今、自分は何を守るべきなのか。


そのとき、後部座席の端末に通知が届いた。


【速報:神谷悠、新たな動画を投稿】

【タイトル:《これは“ただの監視”ではありません。社会の目こそ、最強の裁判官です》】


坂本は目を閉じた。


(この男は、“法”より先に人を裁く社会の構造そのものを、武器に変えている)


■ナレーション


SNSの中で、芹沢家の“日常”はさらけ出され続けていた。

玄関の開閉回数、買い物のレシート、出入りする訪問者。

全てが、ネットの餌となり、炎上と嘲笑の燃料となった。


そして今夜、悠は投稿する。


「加害者の家族も、被害者の“記録”が始まるまで、何も感じていなかった。

だから、今からは“彼ら”を、記録する。——永遠に」

お読みいただきありがとうございます。


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