第20話:快楽と空虚
第20話:快楽と空虚
■神谷 悠 視点
「これで八人目か……」
神谷悠はノルウェーのアパートメントの窓辺に座り、静かにつぶやいた。
天井から垂れるランプの下、部屋の中心には黒いノートパソコンが置かれている。
その画面には、8つの名前が並び、それぞれに“証拠提出済”“社会的破滅確認”の赤いタグが点滅していた。
黒瀬、芹沢、一ノ瀬、安藤、遼、篠田、財前、白井——
それぞれの“罪”は、彼の手であぶり出され、炎上の渦へと投げ込まれた。
悠は、左手の指先で義眼のカバーを外し、無表情のままその中を覗いた。
「まだ空っぽだな」
彼の顔に浮かぶ笑みは、もはや“達成感”ではなかった。
代わりにあったのは、“虚しさ”と、それを超えた“快感”のようなもの。
“裁き”を与えるたびに得られる、あの社会のざわめき。
ネットの反応、メディアの追従、加害者たちの崩壊。
それらを見届けることが、彼の呼吸をつないでいた。
「……止まらないな」
画面には、次のターゲットとして設定された「早乙女真白」のファイルがすでに開かれていた。
彼女が周囲の被害者に偽の証言を行わせ、加害者グループを“美化”する形でマスコミにリークしていた証拠。
SNS裏アカウント、大学での関与、指導教官とのメールの記録……すべて整っている。
「でも、正義の名のもとじゃ、これは語れないな。
もう、ただの“遊び”に近い」
呟く声が、冷たい。
だが、その“遊び”を止める者はいなかった。
■坂本刑事 視点
警視庁地下、捜査資料室。
坂本は、並べられたデータファイルの山を前に、うなだれるように座っていた。
「……八人目、か」
神谷悠の告発と情報提供で、次々と社会的制裁を受けていく加害者たち。
どのケースも証拠は正確で、状況証拠も補強されている。
結果、彼の言動を“法の名で止める”口実が見つからない。
「普通なら、ただのネットリンチだと切れる。でもこいつは違う。
法と世論、SNS、倫理、そして“感情”を完璧に設計している」
坂本はホワイトボードに貼られた神谷のタイムラインを見つめる。
「……このままじゃ、奴は“殺さずに殺す人間”として、伝説になる」
そう語る自分が、もはやどちらの側に立っているのか分からなくなっていた。
神谷悠がただの被害者ではないことは、刑事として痛感していた。
だが、彼を“加害者”として逮捕するには、致命的な行動証拠が足りない。
「神谷は法を尊重してるように見せかけて、
その外側を自分の“秩序”として構築している。
つまり、自分自身が法律になったような存在だ」
坂本はノートに、ある言葉を記す。
《神谷悠は——“裁く快楽”に取り憑かれている》
そのとき、捜査班に一本の報告が入った。
「早乙女真白が神谷悠に狙われているとの情報がSNS上に拡散され始めています。
彼女の関与記録、裏アカウントの情報もすでに特定されつつあります」
坂本は息を呑んだ。
(次だ……次は“早乙女真白”)
彼は、机に置かれた報道資料を見ながら、心の中でつぶやく。
(このままでは……“正義”が、狂気に飲まれる)
■ナレーション
神谷悠は、再びカメラの前に座った。
そして、穏やかな声で語り始める。
「正義とは何か?それは、罪を記録し、責任を可視化し、償わせる行為。
そして、時にそれは“快楽”へと変わる」
「でも、忘れないでください。
僕は、殺していない。誰も、殺していない。
ただ、“真実”を語っただけです」
画面が暗転し、最後に一行のテキストが表示される。
《次の真実は、あなたのすぐ隣にあるかもしれない》
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!




