第12話:崩壊する母性
第12話:崩壊する母性
■篠田家 視点
重たい雨が窓を打つ深夜、篠田浩一の母・篠田佳子は、リビングのソファに崩れるように座り込んでいた。
目の前のテレビは消されたままだ。代わりに、テーブルの上には一通の封筒が置かれている。
中には、息子の関与を証明する数々の証拠——動画、録音、そして事件当時のLINE履歴のコピー。
「嘘でしょ……こんな、こんなこと……」
彼女は小さく震えながら、手帳を開いた。息子が小学生だった頃の写真が挟まれている。
ランドセルを背負って笑う少年の顔。
だが、その純真な瞳が、今や“共犯者”と呼ばれている。
突然、彼女の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。
大学の説明会で、「この子は人に従うのが得意なんです」と笑ったあの時。
誰かの命令に黙って従う性格。従順で、問題を起こさないことを“美徳”と信じていた。
だが——それこそが、破滅の根だった。
「おかあさん……私、何を……」
手のひらを見つめる。震える指先。
やがて佳子は立ち上がり、包丁のある台所へと足を運んだ。
次の瞬間、金属音と悲鳴が響いた。
その音に気づいた浩一が駆けつけた時、床には母が倒れ、腕からは鮮血が広がっていた。
「母さんっ!何してんだよっ、母さんっ!」
救急車はすぐに呼ばれた。命に別状はなかったものの、佳子は精神錯乱状態と診断され、心療内科への入院を勧められることになる。
その日の午後、ネットには投稿が上がった。
《篠田家の母、自殺未遂か?“息子の罪に耐えきれなかった”と供述》
《加害者の母親まで崩壊。神谷悠は何を仕掛けたのか?》
■加害者グループ内部視点(黒瀬・芹沢)
「……もう、親まで潰れてんじゃねぇか」
黒瀬は篠田家の報道を見ながら、唾を吐き捨てた。
「俺らが何したって、もう神谷の“ストーリー”の中にいるってことだ」
「篠田の家も終わりだな。次は、うちか?」
芹沢はタブレットを閉じながら首を振った。
「こっちが何かしない限り、神谷は止まらない。けど……“母親まで狙う”ってのは、やりすぎだろ」
黒瀬がニヤリと笑う。
「だったら逆手に取る。こっちから“神谷こそ加害者”だってアピールするんだよ」
「どうやって?」
「“神谷の行動で家族が自殺未遂を起こした”。これを使って被害者ヅラする。こっちは家族が被害に遭ってる。マスコミに被害届を出すフリでもすれば、向こうの“正義”が揺らぐ」
芹沢は一瞬だけ目を細めたが、やがて静かに頷いた。
「……“悪の正義”には“被害者の顔”を貼り付ける。それが、俺たちの切り札ってことか」
■神谷 悠 視点
篠田家の騒動は、悠の手元の端末にも即座に通知された。
彼は、画面に映る“入院した篠田佳子”の報道映像を見ながら、無言のままキーボードを打ち続けていた。
ZOOMで繋がれた先には、坂本刑事が映っていた。
「神谷さん、今回の件——あなたの発信と関連があるのでは?」
悠はサングラスの奥から、冷静に返す。
「僕は何もしていません。ただ、真実を話しただけです」
「“母親の証言も録音してある”ってあなたは前に言いましたね。あれも公開される予定ですか?」
「……予定ではありません。すでに一部公開済みです」
悠が再生ボタンを押すと、そこには篠田佳子の弱々しい声が記録されていた。
《浩一は……誰かに言われたら、止められない子なんです……あの子は……誰かに逆らえないんです……》
坂本は表情を強張らせた。
「あなたは、“誰にも直接手を下していない”が……社会がそう解釈してくれるとは限らない」
悠は静かに首を傾げた。
「でも、僕が手を下さなければ、誰も罰を受けなかった。それが、現実でしょう?」
坂本は言葉を失った。
■ナレーション
その夜、SNSには神谷悠の投稿が再び拡散されていた。
《母親の涙すら、加害者たちは利用する》
《製造者責任は、逃げられない》
“次は誰だ”という言葉と共に。
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