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ただで転生出来ると思うなよ

作者: 丘上



 ……、あー、死んだ。

 せめてトラック……、いやダメだな。轢いて良い車種なんてねぇわ。突然歩道に突っ込んできたあの車、完全に車のほうが悪いけど、ドライバーのあの絶望の顔。劇画調ホラー漫画でしか見たことない顔。自分の死よりインパクト大だったな。


 まだ心臓バクバクいってる。え、なんで?

 意識が外に向いて周りを見渡すと地平線まで石ころだらけ。背後を振り返ると大河が横切っている。あー、三途の川?

 俯いて自分の身体を調べると、はねられる直前の格好。くたびれた安物スーツ。ノーパソを入れたカバンはどっかにいったか。どこにも怪我はない。死んで意味ないのに何かホッとして、バカバカしすぎて笑える。

 

 とりあえず川岸に浮かぶ小舟に腰掛けている老人のもとへ歩く。アレだろ。確かカロンとかいう渡守(わたしもり)、であってたような。

 うろおぼえの仏教知識を引っ張り出していたら、石を積み上げる子供が大量に現れたけど見えていないフリをする。賽の河原? でジェンガ? する水子供養がなんとかだっけ? やべーググらないと何も分かんねぇ。身体をまさぐりポケットに手を突っ込んでみる。スマホはない。うん、知ってた。


 「あの、ここって」

 「六文銭」

 「……持ってないです」


 鼻で笑われた。言葉は知ってるけど実物知らんわ。寛永ナントカが思い浮かぶけど違うよな。逆に今どき渡し賃を持ってるヤツいるのかよ。

 同輩がひとりも見当たらないんだが、泳いで渡ればいいのか? 前の人の真似をすればいい『初めてのご焼香マニュアル』が通用しなくて途方に暮れて、つい大きめの独り言が漏れてしまった。


 「現代人は転生(ラノベ)システムにしよーぜ」

 「一周目の罪の精算もしないで二周目に行く? ハッ」


 ゴフッ。鼻で笑われワンツーにぐうの音もでねぇ。

 こんだけ恥をかいたらもうどうでもいい。やってやらぁ。

 服を着たままはちょっと抵抗があるけど川に飛び込んだ。

 

 ジャケット重っ、革靴キツっ、ネクタイ誰か引っ張ってね? 下流に流されながら三十メートルくらいクロールで泳いで後悔して、平泳ぎに切り替えたけど変わらずしんどい。あ、無理。想定を遥かに超えて運動能力が衰えている。三十越えたら一気に、てよく聞くけど自分に当てはまるとは。てかあの世で実感て。せめて子供の運動会でコケて、とかってエピソードが欲しかった人生でしたマル。


 あの世でなに必死になってんだよ、て虚しさが込み上げてきて、やる気のない背泳ぎに切り替えてどんどん流されていく。

 実際しょーもない人生だったよなぁ。仮に二周目のチャンスが貰えたら、うん、そうだな、もう少し頑張ってみるか。とか前向きなフリは現実逃避。黄砂が舞ってるような雲一つない黄色い空を眺めながら泳いでいるけど、頭頂部の向こうから、救われなかった人の恨み辛みが吹き溜まる場所、夜の廃病院ぽい地獄の気配が伝わってきて、どんどん濃くなってチビりそう。川だしいいか、一回しとこー。


 川岸に頭がゴン。あっ、思い出した。俺背泳ぎすると必ず手はスルーして頭からゴールする呪いにかかってた。もうひとつ、確認せずにTシャツ着ると百パーうしろまえの呪いにもかかってる。誰が俺に呪いをかけたのかは知らんが人を呪えば穴二つ掘れ、俺があの世から呪詛返ししたる。フリマアプリはパチモン当たれザマァ。


 乳酸がどうにかなってプルプル震える腕で頑張って岸の上に身体を引き上げる。ヤベッ、足つった。その場で寝転んだままピーンと気をつけー。どうしたんですか待ちのマグロ。


 「立て」


 えー、いきなり法廷て。勝手に喋ると怒られそうだから、痛みに変な小声を漏らしながら立つと、テレビとかでしか見たことのない被告人が立たされる位置だった。

 正面の壇上から睥睨する、裁判官はなんとなく関羽ぽいひげもじゃの人がそれっぽい黒衣を羽織っている。直視は不味いと本能が察してチラ見で目を逸らしたけど、まぁ閻魔大王だよなコエー。


 自慢じゃないが、俺は違法なことなんてした覚えはない。殴り合いの喧嘩はしたことがないし、SNSに暴言書いたこともない。いたってまともに生きてきた、はずだ。

 裁判官と目は合わせないようにしつつ、正面を向いて胸を張った。ビビるなバッチコーイ。


 「まずは傾聴せよ。順を追って罪を数える。始めは二歳か」


 はぁ?


 「母親と午睡する時、胸を揉みしだく癖があったようだな。頻度は高め、か、なんだ?」

 「ちょちょちょ、えっ? えーっと、え?」


 アカン、脳がバグる。意味が分からない。でもおかしいだろっ。おかしいよな?


 「えっとまず、憶えていないから想像ですが、いくらなんでも二歳の幼児に淫らな感情があったはずはなく、その、まるで性犯罪のような言い方をされるのは、ちょっとどうかと申しますか」

 「日本の現行法を儂が遵守すべき、そう言っておるのか」


 睨まれた気配がしたから慌てて目を閉じて首を横に全力で振りまくった。ここ裁判所ソックリですやん。立ち上がる時視界に入ったけど、背後の傍聴席は黒いスーツ姿で肌が赤いだけの893にしか見えない鬼だらけですやん。とか喉まで出た言葉は引っ込める。

 ここはアウェーだ。関羽がルールブックだ。反抗的な態度をとって良いことはない。幼児がおっぱいを触った罪の重さとか関係なく単純に死ぬほど恥ずかしいけど耐えろ。


 「あと憶えていないならその目で見て思い出せ」


 目の前に二十インチくらいの映像が。SFかよってツッコむ暇もなく、目を閉じたおネムな幼児がシャツの裾から胸元に手を。

 おんぎゃー、やーめーてー。


 「立て。そして傾聴しろ」


 はっ。拒否反応が限界突破してマグロった。

 渋々立ち上がって、せめて見るフリして白目むいた。てかこれ何罪だよ。関羽に犯行?を読み上げられることが差し引きマイナスが地の果てまで突き抜けとるわ。

 そのあとも淡々と罪とやらが羅列されていく。

 おねしょとか、食べ残しとか、かくれんぼの途中で無言で帰っちゃったとか。

 まぁまぁ、まぁまぁ。そういうこともある。これくらいなら、まぁ、罪っちゃー罪として受け入れるさ。


 「次は十四歳、転校初日か」


 中学? 転校? あー、あったあった。全然憶えてないけどなんかやったっけ。

 目の前に少年時代の俺の映像が。恥ずかしいなぁオイ。その子は目を閉じて深呼吸してから、カッと目を見開いて教室のドアを開けた。あーもうイタい助けてー。

 壇上に立ち、俺優と書いてマサルだけど黒板にサトシとだけカタカナで書いて、勢いよく振り返った。あ、ああ、ダメだ。なんか思い出してきた。それは思い出しちゃダメな記憶だ。封印が、封印が解けるぅ。


 『パイレーツ・オブ・ジョニーです。(金切りボイス)ヨロピカルフルーツ』


 はっ。またマグロってた。えっ、なんかイヤなもの見たっけ?


 「お前……、なんかいろいろ、スゴいな」

 「殺せー、もういっそ殺してくれー」


 五体投地。閻魔大王のどんビきやめろ。後ろもざわついてんじゃねぇよ。スベリ自爆テロが怖くて一発ギャグやってられっかバッキャロー。

 ほぼ目を開けたまま気絶する俺をよそに罪状が読み上げられていく。何の罪かサッパリ分からんが。


 「自宅トイレで立ちション」


 それはぁ……、許してくれよ。確かに昔同棲していた彼女からは何度も注意されて迷惑かけて口喧嘩もしたけど、便座に座っておしっこはケーキを箸で食べるくらいコレジャナイ感が強いんだよ。


 「馬のマスクを被ってカラオケ」


 あぁぁぁ、エアDJしながらマンウィズ歌ってるところに店員が入ってくる映像止めてぇ。


 『ホノルル』


 スーツ姿の俺が取引先のお客さんの前で、マウンドに立つピッチャーの構えで前かがみになって首を横に振る。


 『ワイキキ』


 首を横に振る。


 『サイパン』


 首を縦に。


 『リーマン、リーマン、サイババー』


 振りかぶって投げる、フリ。のあと、四股を踏むように腰を落として右に正拳突き。


 『ットライキー』


 これなに? て視線を全方位から感じるけど知らねーよ。思いつくままのギャグに意味を求めんな。


 「最後は、これか」


 裁判官が厳かに口を開き、俺は何故だが全身粟立った。映っている俺の姿は、今日?

 

 「お前は駅を出て数分後、ビルの看板を二度見した」


 えぇと、そうだったか。死ぬ前の出来事はゴチャゴチャしていてぼやけている。でも映像の中の俺は、確かに少し離れたビルの屋上付近を仰いで、普通に猫背気味に斜め下を見ながら歩き続ける、と思いきや素早くビルの屋上に顔を向けた。

 我ながらいい二度見じゃねぇか。わざとじゃないから芸術点高め。カヌー国際映画祭二度見部門にノミネートも夢じゃない。夢だよ。

 で、何見て驚いたんだ? 憶えてない。目を凝らして映像を見ると、まぁどんな技術だよとか今さらな話だけど、少し巻き戻り、俺を枠に入れる三人称の視点から俺の一人称視点にカメラが変わった。

 あぁ、これは主観じゃなきゃ分からない。電線に止まるカラス、かな。看板に描かれた女優の眉間に大きなホクロ、て錯覚するようなアングルだった。


 いやだから何だよ、だよな。自分でも分からん。何に驚いたのか、これの何が問題なのか、サッパリ分からん。

 何故かもう一度少し巻き戻しされて、知らない映像に変わった。車道を走ってる主観。遅め。両手が視界に入る絵面からチャリに乗ってるぽい。誰?

 視点が先に。隣りの歩道を向こうから歩いている、俺。そして二度見する俺。主観の誰かもつられて仰ぎ見ようとする。バカ、それはダメだろ。

 案の定、ハンドルがぶれて車道の端から中央へ寄る。後ろからこれまた一般道でそれはダメだろって法定速度オーバーのバイクが。

 バイクは追突を避けようと傾いたけど、そのまま倒れて高速で滑る。右に逸れてチャリはギリ避けて、ライダーも地面を転がりはしたけど命に別状はなさそう。でも、バイクは対向車線へ。

 バイクに襲われたドライバーも可哀想だよな。普通はブレーキ。誰でも分かる。ただ、分かりきったことを誰でも出来たら事故なんてほぼ起きないわけで。

 突然降りかかる災難に適切に対処出来なくてパニクった結果、急ハンドルに加速をプラスした暴走車に俺は轢かれた、と。


 深く深くため息をついてうずくまる。何が完全に車が悪かった、だよ。元凶俺かよ。しかも心の底から下らないイタゴラスイッチ。

 

 「━━以上。総計するに、等活地獄三年を申し渡す。真摯に務め、罪過を贖え」

 「……謹んで」


 脱力して動きが緩慢になってしまったけど、なんとか立ち上がって返事をした。不幸中の幸いは、刑期から察するに、事故に巻き込まれたのは俺ひとりらしいって点だな。他に死人が出ていたらちょっと立ち直れない。


 獄卒に促されて、ゴツいくるぶしを見ながらついて歩くと、木の板を鉄で補強した巨大な門に辿り着いた。東大寺だったか、そのへんの雰囲気に似ている。地獄の門といえばロダンだのケルベロスだののイメージが上回っているから思わず苦笑が漏れた。不信心な俺はコッチで良かったのか。


 ぶっちゃけ、救いはないとされる西洋の概念と違って仏教の地獄は誰もが通る道のはずだからあまり怖くない。てか俺のあんな人生でアウトならガチの犯罪者はどうなるんだよって話だよな。

 カロンの切れ味鋭すぎた返しが答え。

 人生の罪を精算して次に進め。ホントそう。舐めきったラノベに感化されてスンマセン。

 あと前世の記憶を持つ有名人がダライ・ラマしかいない事実もなんか納得。 

 黒歴史を他人に読み上げられるこんな羞恥プレイ、二度も三度も味わってたまるか。聖人クラス以外は記憶の全消去を選ぶに決まってんだろ。黒服グラサン海外ニキが使ってたニューラライザーが実在したら今使いてーよ。


 獄卒の右腕が軽く上がるジェスチャーから察して、ひとりで門に近付くとギギギと軋みをあげながらゆっくり開いていく。


 「これはワタシの独り言だが……、ここに時間は有って無い」


 そりゃまぁね。閻魔大王がひとりひとりにあんな裁判していたら時間がいくらあっても足りないから当たり前ではある。あと馬頭(めず)さん、諸事情によりあなたを直視出来なくてゴメンナサイ。噴いて自爆したくないっス。


 「つまり刑期は関係ない。真にお前を裁けるのはお前だけ。自分は悪くないと喚く輩は無視するが、お前はさっさと自分を許して輪廻に入れるといいな。……いってこい」

 「ウス」


 両親へ、先立つ不幸をお許し下さい。

 門を潜りながらようやく込み上げる正常な感性に悔し涙が流れそうになるけど頭を振って消し飛ばす。


 来世は……、都会のカラスがいいな。うん。



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