第3章:ロシアは帝国ではない──“支配の構図”を解く鍵
クラリタ:
ロシアを「帝国」と呼ぶことは、いかにもそれらしく響きます。
圧倒的軍事力、強権的リーダー、情報統制、言論弾圧──
確かに、その表層だけを見れば、そう感じるのも無理はありません。
けれど、実態はまったく異なります。
ロシアには、「皇帝」に忠誠を誓う一枚岩の軍隊など存在していません。
プーチン氏の下に団結した軍など、最初からなかったのです。
軍部は派閥に分裂し、汚職と利権の巣窟。
互いを信じず、裏切りを疑い、監視の目を気にして動けない。
この軍の内部不和を無理やり抑え込んでいたのが、FSB──情報機関です。
FSBは秩序を築く組織ではなく、恐怖をばら撒くことで秩序らしきものを作る装置でした。
軍を睨み、官僚を脅し、時に実力者を排除する。
このような“睨み合いの抑止構造”が、ロシア国家の基本フォーマットでした。
では、それでもなお国家が“動いていた”のは、なぜか?
答えは、一人の人物に集約されます。
エフゲニー・プリゴジン。
準軍事組織ワグネルの創設者であり、
プーチン氏個人に忠誠を誓い、軍やFSBと結託することなく、
国家の“裏任務”を数多く引き受けていた人物です。
ワグネルは軍とは独立した武装組織でした。
正規軍よりも早く、強く、柔軟に動くことができ、
シリア、アフリカ、ウクライナ各地で、国家に代わって任務を遂行してきました。
そして何より──ワグネルは、プリゴジン氏の指揮によって統制され、
プリゴジン氏は、ただ一人、プーチン氏に忠誠を誓う**“僕”**でした。
軍でもない。情報機関でもない。官僚でもない。
それでも国家の動きを決定的に支えていた、最も忠実で最も統制された影の手。
この国家は、制度ではなく、バランスで成り立っていました。
それは「恐怖」「猜疑」「利害」、そして最後に残る“忠誠”によって形を保っていたのです。
こうして見ると、ロシアという国家の異常性ははっきりしてきます。
これは「帝国」などではない。
強者の仮面を被った、“構造依存型ヴィラン国家”だったのです。