探偵胡吉治シリーズ第一弾「消えた200円」その4
私立「会夢中学校」にこの人ありと謳われた名探偵がいた!
その名は名探偵胡吉治。
後に市の中学という中学を席巻するつもりでいる探偵部部長である彼に夏休み、とある依頼が訪れた!!
どうしよう、この話も次でラストだ!
その日の昼。
私は胡吉探偵事務所のデスクに肘をつきうなっていた。
デスクの隅には飲みかけの微糖の缶が置かれている。
「私としたことが、犯人をとり逃してしまうとは…」
あの時、3階でした物音は明らかに犯人がそこにいた証拠だ。
恐らく職員室の前にいた私の注意を引こうとしたのだろう。
そしてまんまと罠にかかった私は3階に上がり、そのすきに犯人はしめしめと200円を奪い取ったと。
なんとも腹立たしい。
しかし、私がドタドタと足音を立てて3階を回っていたのに、犯人は最初の音以外特に物音らしい音は立てていなかった。
考えたくないが、まさか幽霊が犯人なのか…。
「ねえ胡吉く~ん?私の懐中電灯返してちょ~だいな」
突如現れた来訪者に驚いたデスクが意思を持ったかのようにズルッと前に移動し、デスクに肘を預けていた私は無様に床に倒れこんでしまった。
く、くそ、なんだこのデスクは…これこそ幽霊のしわざではないのか。
「野字原!!お前はなんでいつも音を立てないのだ!!私の肝をどれだけ冷やせば気がすむのだ!!」
「うははは!!ごめんねぇ~」
ケラケラと笑うツインテールを一瞥し、デスクを元の位置に戻す。
まったく、いつもこれだ…だが、その時あることに気づいた。
「ん?…ちょっと待て!!前から聞こうと思ってたのだが、お前いつもどうやってここに入ってきてるのだ!?」
「ん?どうって、そこの窓からこっそりだよ。あとは靴を脱げば忍び足で気づかれないねぇ~」
窓だと?
部室の窓は私の真後ろと向かって右側にあるが、こいつはいつも向かって右側の窓から入ってきてたのか…。
「真後ろからだと、気づかれちゃうからねぇ、胡吉くんがぼ~っとしてるの見て、そっちの窓からスル~ってね、うはは」
「扉から入れ!!!…しかしなるほど、これでようやくわかったぞ」
「ん?そういえば例の200円事件どうだったの?」
私は野字原に昨晩から今朝方の出来事を説明した。
野字原はひとしきり聞いた後、なるほどと頷いた。
「これで犯人は人間だってわかっちゃったねぇ。3階の窓から侵入したけど胡吉くんがいることに気づいちゃったんだ。それで気を引いて職員室から離れさせてから犯行しちゃったんだねぇ。侵入してからは靴を脱いじゃえば音もなく気づかれない、周到な人だねぇ」
「ああ、てっきり校舎の入口から侵入するものだと思っていたがうっかりだった。しかし3階の窓からどうやって侵入したというのだ」
「あれじゃないかなぁ??」
野字原は窓の外を指さした。
見ると、空を飛ぶ滑空部の連中が秋のインターハイに向けてパラセールで空を飛んでいる。
高いところから飛んで空の飛行距離を競うというのだ。
この頃賀市には、世紀の発明家「桂槻大二郎」が発明した一人用折り畳み型パラセール、その名も「飛翔」が有名だ。
「ということは犯人は滑空部の部員だな!!これで事件は解決だ!!」
「けど、滑空部の部員って25人もいるから、犯人を絞るのは大変だよ~」
くそっ、そんなにいるのか。
小中学生は、空を自由に飛びたい年頃だ。仕方のないことかもしれんが、探偵もので容疑者が最低25人じゃちと多すぎるだろう。
おまけに他校の部員かもしれんし、そもそも犯人が中学生かもわからんではないか。
「ううん、恐らく犯人は中学生、それもこの学校の生徒で間違いないよ」
「何故そんなことがわかるのだ?」
「だってさ。この事件の情報源ってそもそも校内のうわさでしょ~?夜8時に降魔小の職員室の黒電話の前に200円が置いてある、なんて新聞にも載ってないことを知ってる人じゃないと犯人になりえないじゃん」
一理あるな。
そこに死体がなければ事件が始まらないように、そこに200円があることを知らなければそもそも犯人が存在しえないということか…。
「聞き込みしてた時に知ったんだけど、うわさの出どころがもともと校内掲示板の書き込みなんだって。もう消されちゃったみたいだけど」
私たちの会夢中もそうだが、頃賀市の中学校には、校内掲示板という、自由に閲覧できるインターネットスペースがある。
流行りのネットサーフィンというやつを交代制で満喫できるのだが、大会やイベントの告知等、自由に書き込むことの出来る、校内掲示板が設けられているのだ。
生徒たちが自由に書き込むことが出来るのだが、悪戯や誹謗中傷回避のため、教師も毎日閲覧し、不要な書き込みは削除されることとなっている。
200円のうわさはこの掲示板の書き込みを見た生徒から校内に広まったのだ。
つまりこの校内限定のうわさを知っている者でなければ犯人になりえない。
この学校の生徒のしわざで間違いないようだ。
「ならば今度こそ捕まえてやろう!!手頃な空き教室で息を潜めて隠れていれば犯人もこちらに気づくまい!」
「ん~、どうかな~?私、犯人は結構賢い人だと思うな~」
まるで私がバカみたいではないか!!
私が憤慨するのをよそに、野字原はう~んと考え込んでいた。
「ん~とね。犯人は屋上から3階へ窓から侵入したと思うんだけど、その時点で犯人は胡吉くんが2階の職員室の前にいたことに気づいたんだよねぇ。ってことは3階もしくは屋上からは2階の様子が分かる作りになってるんだよ」
確かに校舎はL字型になっていて、2階の職員室はその突き当りだった。
上り下りの階段は計3か所あるのだが、職員室の真横にも階段があったな。
暗がりなのもあったが、2階からは3階の窓がやや斜めで見づらかったような気がする。
3階からなら、2階の様子がまるわかりかもしれんな。
「空き教室や階段の死角に隠れたら電話の様子が見れないし、扉から首をにゅっと出すしかないよねぇ~。そうなっちゃうと隠れられないよ~」
「ならば私も屋上か3階にいるというのはどうだ!?それなら問題なかろう」
「胡吉くんが屋上に立ってたらその時点で犯人に見つかっちゃうよ~、それに屋上から3階の様子を見ればいいんだから2階にいるのと理屈は変わらないよ~」
くそう、突っ込み要素満載な穴だらけの事件のような気がするのに、こうして聞くと八方ふさがりのような気がしないでもないではないか!!
野字原は私のクーラーボックスから微糖の缶を懐中電灯のレンタル代だと言って一本取り出すと、封を開けて一口飲んだ。
「私ねぇ~、ふと思ったんだけど、この噂を流した人が犯人なんじゃないかって思うんだよねぇ。黒電話の前って位置的に確認しやすい場所だから指定したような気がするし」
「噂を流した張本人こそが犯人だと?確かに一理あるが…しかし、わからん。何故そんな回りくどいことをしたのだ?」
「それはもちろん、確実にお金が欲しかったからだよ」
野字原の推理では、犯人の目的はあくまで純粋な金銭目的なのだという。
しかしわからん。それなら何故200円なのだ。
100円の時はもちろんだが、1000円や500円の場合は取らずに放置してあるということじゃないか。
100円玉2枚しか持っていかないのはどういうことだ?私なら、そこに現金があればいくらであっても取っていくと思うが。
「胡吉くん、こういうお話知ってる?ある町で頭が悪いってバカにされてる男の子がいて、その子に50円玉と100円玉を見せて、どっちか好きな方をあげるって言うとその子は必ず50円玉を取ってくんだって。何度やってもその子は50円の方を選ぶの。なんでだと思う?」
「はっはっは!なんだそれは、どこのどいつか知らんが愚かなやつだ!!100円の方が価値が上じゃないか!」
「そうかな?私はその子、賢いと思うな~」
「何を言ってるのだ、普通に考えて50円より100円の方が倍違うじゃないか」
「うん、100円の方を選ぶのが普通だよねぇ。ということは100円玉を選んだら、それでその話終わっちゃうよねぇ~?うはは」
野字原の言葉で私の脳内に衝撃が走った。
なるほど、こいつの言いたいことがようやくわかった。
100円玉と50円玉を並べて50円を選ぶのは確かに愚かなことかもしれんが、その男の子は「ここで100円を選んだら終わってしまう」ことを理解していたわけだ。
50円玉を選び続ければこれからもバカにされ続け、ずっと50円玉を手にすることが出来る。
なるほど、道化を演じることで金銭を手に入れることに成功しているというわけか。
「つまり200円事件も、それと同じ理屈ということか!?」
「100円玉でも消えない、1000円札でも消えないのに、100円2枚の時だけっていうのがポイントだよねぇ。200円だけ何故か消えるっていう心理を上手く利用して、常習化してたんだよ」
犯人がこの学校の滑空部の部員25名のうちの誰かであることは分かった。
しかし、結局誰なのだ…。
真相を知るにはまだ至らないようだ。
5話構成の4話目となります。
次でラストです。