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探偵胡吉治シリーズ第一弾「消えた200円」その1

私立「会夢中学校」にこの人ありと謳われた名探偵がいた!

その名は名探偵胡吉治。

後に市の中学という中学を席巻するつもりでいる探偵部部長である彼に夏休み、とある依頼が訪れた!!

探偵初の仕事だ、コーヒー飲んでる場合じゃないぞ名探偵!!

 外は快晴、『部室』の出入り口横に掛けてあるアナログ温度計の気温は38℃を示している。

…暑い、地球はどうなってしまったのだ、いくらなんでも暑すぎるだろう。

 室内にある唯一のデスクの上に靴を脱いだ蒸れた脚を投げ出し椅子の背もたれに体重を預けてふんぞり返っている私の若さあふれる坊主頭の毛穴という毛穴からは玉のような汗が噴き出てしまっている。

 限りある部費を捻出し購入したスポットエアコンのお陰で多少はマシだが、それでも4坪もある我が王国内を冷やすには、100均ショップの小物入れ程度の大きさのエアコンではあまりに脆弱だ、単3電池2本で機能する微風で微弱なエアコンだからな。

 私はうちわでシャツの胸元をあおぎながら、本日も何事も起こらない部室内で、険しい顔をして5度目の溜息をついていた。


 ここは私立「会夢(かいむ)中学校」の校庭の隅にあるプレハブ小屋だ。

 『胡吉探偵事務所』と二度見どころか思わず四度見してしまうほどに見目麗しい字で書かれたこの小屋の中で私は真夏の一日を過ごしている。

 何故かというと、今は夏休みだからだ。

 夏休み期間中はラジオ体操も、読書感想文もこの部室内で済ませ、太陽が沈んだら帰宅する、この部室には電気がないからな。

 電気はないが、いわずと知れたこの名探偵こと探偵部部長『胡吉治(こきちおさむ)』の王国だ。

 部活動という名目でこの事務所で待機しているのだが、事件の依頼というのはいつ来るかわからない。

 この王国には固定電話もないし、時代背景の紹介が遅れたのだが、今は西暦1999年なので、携帯電話が我々学生の懐に普及するのは、もう数年先のことである。

 ちなみに少し未来の話になるのだが、私がはじめて携帯を手にしたのは高校を卒業してからだった。

 今年で中学3年、齢15を迎えるこの私だが、中学時代最後の夏を過ごしているというわけである。


 この探偵部は私が2年の時に生徒会長に進言し、交渉をした末に勝ち取った歴史の新しい部活動で、私が交渉して設立したのだから当然ながらこの私が第一期生である。

 設立したのが2年の終わりだったためか、新入生の入部はなく、現在この部は部長こと探偵であるこの私と、私の頭脳を支える助手である同学年の女生徒の2名のみだ。

 冷静に考えたのだが、入部希望者がいないのであれば、私たちが卒業してしまえば現在2名の探偵部は私の代で滅んでしまうのではないだろうか?


 だがそんなことはどうでもいい。

 事件だ。

 事件がまるでないのだ。

 探偵部設立以来、事件という事件が1件もやってこない。

 世界がこうも平和では、私がまるで活躍できないではないか。

 漫画やアニメでは、少年探偵ものには決まって事件がやってくるものだろう。

 旅館に行けば殺人が起き、ホテルに行けば殺人が起き、雪山にでも行けば連続殺人が起きるもののはずだ。

 別に人に死んでほしいわけではないが、捜索でも何でもいい。依頼がまったくないのでは、私は何もしないまま、ただ探偵部の看板だけ掲げ、事務所でふんぞり返っているだけで卒業式を迎えてしまうこととなってしまう。

 書道部と木材部の知人を説得して用意してもらった事務所の看板が、志半ばで片づけなければならないこととなる。


 なぜ事件が起こらないのだ。

 仮に事件が起こっても、なぜ民衆は国家権力に頼るのだ。警察の前に、まずは探偵だろう。

 それにしても暑い。

 日本の夏はどうなっているのだ、99年でこれなら、2024年くらいになれば温暖化が進み、日本の暑さは更に深刻さを増しているかもしれない。

 

 ただただふんぞり返っていても仕方がない、何か飲むか。

 私は事務所の片隅に備え付けてあるクーラーボックスから缶コーヒーを取り出した。

 冷蔵庫がないので、代わりに用意したクーラーボックスだ。

 かき氷部の知人に頼んで用意してもらった特性の氷塊によって冷やされたスチール缶の感触は、灼熱地獄に苛め抜かれた私の手を腕を首を、清涼感で癒してくれる。


「ふう」


 缶を開け、一口。うむ、うまい。

 探偵といえばブラックのコーヒーなのだが、私はまだブラックで飲むことができないので愛飲しているのは主に微糖のみだ。

 探偵と言えばコーヒー。

 ゆえにクーラーボックスには酒屋で箱買いしたコーヒーの缶しか入っていない。


 喉の渇きを潤したところで、そういえば今日はまだいつもの儀式をしていなかったことを思い出した。

 私は飲みかけの缶を一旦デスクの上に置き、下から2番目の引き出しを開けると、そこに入っていた一枚の写真を取り出した。

 そこにはいつもいつまでも可憐女子生徒の姿が映し出されている。

 この学校の元マドンナ「吉崎香織(きちさきかおり)」だ。

 なぜ元なのかというと、故人だからだ。

 

 彼女は去年の10月、悲しいかなその命を散らせてしまった。

 通学途中の事故死だったが、校内のうわさによると相手側のドライバーがパトカーから逃走し、それに巻き込まれる形だったらしい。

 私は彼女の死を機に、探偵部を設立した。

 彼女とは何の接点もなかったし、すれ違った際に「あ、胡吉くんおはよう」「うむ」以外の会話はしたことがなかった。

 死は不幸以外の何物でもないが、私は彼女の死を機に世にはびこる事件を解決し、私が愛してやまないこの街「頃賀市(ころがし)」の平穏を守るという使命に駆られたのだ。


 私は探偵の使命を忘れぬため、写真部の知人から譲り受けたこの一枚の写真に写る彼女の唇に欠かさず口づけを交わしている。

 重ねていうが、彼女とは何の接点もなかった。私の淡くも叶わぬことのない片思いである。

 手にした写真を口元にそっと近づける。

 コーヒーの残り香漂う私の唇に、写真に写る彼女の笑顔が重なろうとしたその時だった。


「胡吉くん、このクソ暑い中、精が出るねぇ~」


 突如事務所に訪れた来訪者に驚いた飲みかけのコーヒーの缶が破裂し、デスクの上と私の顔面と坊主頭に茶褐色のしぶきを激しく飛ばしてきた。

 室内に微糖の甘ったるさとコーヒーの入り混じった香りが充満し、私はベトベトになってしまった写真を慌ててティッシュでふき取る。

 く、くそ…なんなんだこの缶は、普通は私が来訪者に驚き写真をデスクの下から2番目の引き出しの中に戻し適当なことを言って誤魔化す場面だろう、お前が驚いてどうする。

 

「野字原か!!!入る時は物音を立てろといつも言っているだろう!!」


 私が自慢のバリトンボイスを張り上げると、事務所に現れた来訪者は歪に膨れ上がったビニール袋片手にケラケラと笑い出した。


「うはははは!!ごめんねぇ~」


 ツインテールを揺らしながら笑い転げるこいつは、私の助手にして探偵部のもう一人の部員である「野字原実無子(のじはらみなこ)」だ。

 探偵部の始業時間は特に決まってはないのだが、このB型女は自由な時間にふらりと現れ、日も暮れてないのに急に帰ったりする神出鬼没なやつである。

  

 野字原はコーヒーにまみれたデスクをティッシュでふき取る私に、ビニール袋の中身を差し出してきた。

 

「よしちゃんから、ずんだ餅もらってきたから食べようよ」


 よしちゃんというのは餅つき部の部員のことだ。

 一年中餅が食いたい一心で会長を説得し設立したという、なかなかに情熱あふれる部活である。

 恐らく今頃も部活動で、額を汗にし、餅をつき続けていることだろう。  

 ちなみに部員数は新入生合わせて15人とのことだ…みんなそんなに餅が食いたいものなのか。

 それにしても真夏にずんだ餅とは…うむ、とはいえ美味いものは美味い。


「あ、それとねぇ~、依頼人連れてきたよ」


 ずんだ餅が美味いのは結構なことだが、お茶が欲しいところだな…あいにくとクーラーボックスには微糖の缶コーヒーと水しか入っていない…ん?依頼人?


「依頼人だと!!!?今依頼人と言ったのか!?」

「うん、そうだよ。お~い、一国君、入ってきなよ」


 ま、まさかここに来て胡吉探偵事務所もとい探偵部設立以来初の仕事がずんだ餅と共にやってくるとは。

 まさしく新緑の、え~と、まあ何とやらだ。私は難しい言い回しはよく分からん。

 野字原に呼ばれて事務所に入ってきたのは、艶がかった栗色の髪を肩まで伸ばし、絹のような滑らかで白い肌が、ややくたびれた白いシャツの隙間から覗く、小柄で可憐な少女のような外見をした美少年だった。

 美少年は入るなり、美しい外見に似つかわしくない景気のよい声をこの私に向かって張り上げてきた。


「やい胡吉よ!!探偵の貴様に仕事を持ってきたぞ、感謝するんじゃ!!」


 ずんだ餅をパクつきながらそんなことを言ってきた、野字原からもらったもののようだ。

 この一見少女のような外見をした少年は我々の同級生の「一国剛造(いちくにごうぞう)」君である。

 茶菓子が食えるからという理由で茶道部に所属している中3男子だ。

 男子ながら、その美貌ゆえ、密かにファンクラブが出来ているのはここだけの話で、かくいうこの私も彼のファンクラブ会員の一人だ。

 私は予想外の来訪者に思わず自慢のバリトンボイスを驚きに震わせ叫んだ。


「一国君ではないか!!一国君が依頼人なのか!?」


 すると一国君は腰に手を当て、ふんと小顔に乗せた綺麗な形の鼻を鳴らし、そうじゃと首を縦に振った。


「又聞きで聞いたうわさなんじゃが、どうにも解せんことがあるんじゃ。ワシではどうにもならん。そこで探偵の出番じゃ」


 野字原が私のクーラーボックスから勝手に微糖の缶を取り出し一国君に渡し、彼が手刀を切ってそれを受け取りプシュッと音を立ててプルタブを開け中身を飲み干すまでの間、私は腕組みをして平静を装いつつ、心中に灯った冷めやらぬ期待と興奮の火を押さえつけるのに必死で、坊主頭からアゴにかけて滝のような汗が流れ落ちた。

 依頼だ、ようやくこの私の出番がきたのだ!!!

 どんな事件がわからんが、探偵部を設立し、遂に初めての仕事が訪れたのだ!!

 期待に胸躍りうまく彼から依頼内容を聞き出せない私の代わりに、家具を自作する家具部の知人からタダで譲り受けた試作のソファーに座ってよと一国君にすすめた野字原が、代わりに聞き出してくれた。

 

 さて、探偵部初の事件とは一体どのようなものか…。


昔書いた作品の登場人物なのですが、スピンオフとして今回投稿させていただきました。

第一弾なので、第二弾とかも書くつもりです。

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