⑥IーⅣ幕間(その④)とI-Ⅳ 慕う相手
またも更新大変遅くなり、申し訳ございませんでした…。
どうか今回も、少しでもお楽しみいただけますように。
◇◇◇◇◇
『――いいか、仮にどうにか君の目の色が本来の色に戻ったとしても、普段は目の色を変えろ。それか、今まで通りお得意の目眩し魔法で、目の色だけ人の記憶に残らないようにするとか』
『はいはい、分かってますよって。……そうだ、せっかく目の色変えるんなら、金色とかどうだと思います?」
『……』
『……そんな怖い顔しなくても、俺が一番よく分かってますよ。目の色は肝心な時以外、最後まで隠します』
オルクスとアドニスがそんな会話をしたのは、つい最近のことで。
(……なのに)
目眩し魔法は、その魔力の持ち主本人には効果のない魔法だ。
そして元々、アドニスから彼の魔法石を預かり、身につけている状態のオルクスには目眩し魔法が効かない。だから、目眩し魔法を彼がデルトスに対して使っていないことに気づけなかった。
「あの野郎、目眩し魔法わざと使わなかったな……」
オルクスがぼそりと呟くと、彼の部下は怪訝そうな顔で「目眩し魔法って何ですか」と更に追求を重ねて来た。
「……」
オルクスは黙り込み、傍らで眠っているリーベラの規則正しい静かな呼吸を見守りつつ、瞬時に思考を巡らせる。
(この様子だとデルトスはまだ、あいつの「青い目」が王家特有の空色の目だとは気付いてない)
王家の人間だけが持つ、空色の瞳。宝石のような煌めきの虹彩を中に宿すその瞳は、しばらく凝視してみて初めて、王家の者の目だと判別できる。
事前情報が全く無いデルトスが、あの短時間でぱっと見て、判別できるとは思えない。
それに、先ほどデルトスの前でしていた会話も、事情を知らない彼には何のことだか分からないはずだ。
仮に薄々判っていたとしても、断定できる材料は無い。
(……今なら、まだ間に合う)
元々、デルトスをはじめとした自分の部下を巻き込むつもりは毛頭無かったのだから。
デルトスを突然連れて来たのはアドニスの独断だ。オルクスがデルトスをすぐに追い返さなかったのは、リーベラを守るのに、いざとなれば数が多い方が有利だったからで。
そして、『予定外の不確定要素を投入されても揺らがない』という姿勢を、アドニスに見せつけるためでもあった。
――アドニスの意図は、大体読めてる。
『隙があったら、すぐつけ込みに行きます』。
アドニスからそう言い放たれたのは記憶に新しい。デルトス自身が計画の役に立ちそうだと踏んだのもあるだろうが、おおかた、『部下は計画に入れない』という主義のオルクスを動揺させ、隙を誘発させるためもあってデルトスを連れて来たのだろうと察しはついた。
余計なことを、とオルクスは内心ため息を吐く。
そもそもオルクスは元々、部下を計画に組み込む気が全くなかった。
『一度王族を追放された人間の、王族への復帰』。億が一でも失敗などすれば、反逆罪に問われてもおかしくない案件だ。
こちらの派閥に乗った方が自らの利益が大きくなると踏んで、自分たちと協力関係を結んでいる重鎮たちは良い。
だが、デルトスたちのような若年層にそれを打ち明け、協力を仰ぐという選択肢は元々オルクスの中には無かった。
理由は幾つかある。
第一に単純な理由として、策略の経験が浅い若手に下手を打たれては敵わない。
第二に、事情を知っている人間がいればいるほどリスクが拡大する。だから人数は、計画に必要な最小限に絞る。
(……それに)
「悪いけど、これは極秘任務でね。君は帰……」
「……さっきのあの人、『味方は少しでも多い方がいい』って言ってませんでした?」
「僕の考えじゃ、これ以上人は要らない」
オルクスのきっぱりとした返しに、デルトスの顔が怪訝なものになる。
「オルクス様、それは流石に無理ありますよ。仮に本当に極秘任務だとしたら、どうしてさっきまで俺は同席して大丈夫だったんです?」
浅はかにもその場凌ぎの嘘で切り抜けようとしたオルクスに、デルトスの聡明な目が「矛盾してますけど」と語りかけてくる。
――そう、君は聡くて有能だ。
この計画に組み込んでも問題ないことくらい、むしろ計画に加担してくれた方がオルクス自身も動きやすくなる場面が幾つもあるだろうことも、オルクスには容易に想像がつく。
――だけど。それは正当性のない、一方的な搾取だ。
なぜなら、デルトスは常にオルクスのために動こうとしてしまうから。時に巫山戯て生意気な口を利きつつも、いつだってそうで。
元来、他人から自分へ向けられる視線に敏感なオルクスは気付いていた。デルトスが自分を慕い、心からの忠誠を誓ってくれていることを。
(……僕の、どこが良いんだか)
そして同時に、オルクスはいつも思うのだ。
――君は聡いはずなのに、人を見る目がまるで無いね。
「俺、自分で言うのもあれですけど役に立つと思いますよ?」
――君は、慕う相手を間違えてる。
「詳しい話はまだよく分からないですけど、リーベラ様を助けるのも関係あるんですよね? じゃあ俺も手伝います。俺も、任務の時にリーベラ様にお世話になったこと沢山ありますし」
「……」
(……なんだか、今日は妙に食い下がるな)
いつもであれば、こちらの言うことにすぐに従うのに。オルクスは訝しく思いながらも、素早く壁にかけられた時計を見る。
リーベラにかけた睡眠魔法の効果が切れ、彼女が起きる想定時刻まで、あと少しだった。
「……君に手伝ってもらうことは何も無い。いいから、早く帰るんだ」
オルクスは静かに立ち上がり、ソファで眠るリーベラの真横に控え直す。
魔法の効果が切れる時間が近づいてくるにつれて、怖さが増してくるのだ。自分から魔法をかけたくせに。
――どうか無事に、目を開けてくれ。
このままもし、目覚めなかったらどうしよう。
彼女が生きて、息をしているのは先ほどから確認し続けているのに。不安はずっとあり続け、益々それが膨らんでいく。
目の前に横たわる彼女の左手首にそっと触れ、その温もりと脈を感じて息を吐く。こうしているとまだ安心できた。
そんなオルクスの様子を見て、デルトスが静かに口を開く。
「……オルクス様。俺、分かってますよ。多分、貴方が思っているよりも」
「……何が」
「あの新人くん、イシュタル王女と容姿の色合いと耳の形が同じでしたね。もしかして、ご兄妹とかですか?」
一瞬、激しい動揺がオルクスを襲う。
「……何を馬鹿なことを。君、妄想力が斜め上だね」
「妄想なんかじゃ無いですよ」
平然とした顔で苦笑してみせたオルクスの発言を、デルトスがばっさり切り捨てる。
「さっき見た映像を、何度も頭の中で繰り返して検証しましたから。あの目の色も、王家のモノですね?」
(……映像を、繰り返して検証した?)
唐突なことを言い出した部下をオルクスが振り返ると、彼は真剣な表情をしてこちらを見ていた。いつものように、軽口や冗談を言っている顔では無い。
「映像記憶能力って、ご存知ですか。俺、実はそれがあるんです」
「――……」
「……今まで、家族以外に言うつもりはありませんでした。だけど、この件に関して俺は事実を知ってしまった。俺もこれで当事者です、追い返すのは無理ですよ」
リーベラが目を醒ます時間は迫って来ている。そして、部下はやたらと頑固な上に事実を言い当ててしまっているし、突然オルクスの知らない新情報まで打ち明けてくる始末。
しばらく黙考した後、オルクスはため息混じりに「一ついいかな」と顔を上げた。
「……もし仮にこの件に君が関わったとして、失うモノがある可能性はあっても君が得るモノは何も無い。関わるだけ損な物事に、首を突っ込むのは馬鹿のすることだよ」
「……」
瞬間、デルトスの顔に複雑そうな表情が浮かぶ。
「……ほんと、そういうところですよ。普段の言動は傍若無人って感じなのに」
「何だって?」
何やらぶつぶつと呟き出した部下に眉を顰めると、彼は「いえ、何でも」とぶんぶん首を振った。
「あのですね、オルクス様。得るものとか失うとかそう言うのが問題じゃなくて、事はただシンプルなんです。仮にこの案件で貴方が失脚したら、俺が困るんですよ。なんせ、俺を副団長に指名したのは貴方なんですから」
確かに昔、複数居た副団長候補者の中からデルトスを選んだのはオルクス自身で。
「他にもっと有力な候補がいる中で俺を指名したの、お忘れですか? オルクス様がすげ替えられるなら、俺も間違いなくすげ替え対象になって地位を失う。それが嫌だから、自ら進んで貴方の手助けをするんです。……これ以上に、ちゃんとした理由が要りますか?」
「……」
「それに、オルクス様がリーベラ様と喧嘩になりそうな時も仲裁できますよ? 俺、リーベラ様とも面識ありますし」
「喧嘩、本当はしたくないんですよね? 裏事情までは流石に知りませんけど」とまで重ねられ、オルクスは久しぶりに本気で頭を抱えたくなった。
「僕は、大変な奴を部下に持ったんだな……」
「ご愁傷様です」
いつもの軽い調子でびしりと敬礼の姿勢を決めて見せる部下に、オルクスは思わず苦笑した。
「……デルトス」
「は」
「下手を打ったら速攻で首にするよ」
「は、喜んで!」
――何でそれでそんなに喜ぶんだ、意味が分からない。
途端にニコニコとし出した部下を若干引き気味で見遣った後、オルクスはため息混じりに「説明は後で」とリーベラへ視線を投げた。
「……リラが、あと5分くらいで起きるはずなんだ。情報不足で悪いが、話を合わせてくれないか」
「勿論です」
「とりあえず、さっき買った服と靴の箱を持って来てくれ。本人に渡す」
「は、承知しました!」
足取り軽く部屋の外へ向かうデルトスを見送り、オルクスはリーベラの手を離してからゆっくりと立ち上がる。
――あともう少しで、彼女の目に自分が映る。
どんな顔をするのが正解なのだろう。どんな言葉で話しかけるのが、正解なのだろう。
(……分かってる。何も悟らせない為に、いつもと同じように話しかけるべきだって)
――心配してたんだ。
目を覚まして良かった。
目を覚まさなかったらと思うと不安で堪らなかった。
そう、素直に言えたなら。
それなら、どんなに良いだろう。
――そんな関係だったら、良かったのに。
「――オルクス様、これはどこに運べば?」
沈んだ気持ちでリーベラを見守っていたオルクスの耳に、デルトスが帰ってきた音が聞こえる。
「ああ、そこに置いといて」
箱をソファの横に置くように指示し、口の動きだけで「部屋の外で控えていてくれ」とオルクスが伝えると、「わかりました」という口の動きと共にデルトスが再び部屋の外へ出ていって。
「ん……」
「あ、起きた? 随分長い昼寝だったね」
そうして、オルクスは目をぼんやりと開けたリーベラの顔を、ほっとしながら覗き込んだのだった。
今回も更新遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした…。(読んでくださっている皆様、ご感想やご評価、いいねしてくださった方、本当にありがとうございます…! 活力にさせていただいております!!)
デルトスとの遣り取りもちゃんと書きたいなと思ったら、つい長くなってしまいまして…。
デルトスがやたらと昔の記憶を覚えているのは今回のお話に書いた理由があったからでした。(能力にムラがあったりするためオルクスに言ってなかったとか色々あるので、その話は追々…)
因みにデルトスはオルクスのことを「優しさが分かりにくい人」だと思っていて、オルクスが自分を巻き込むまいとしているのも分かってるので今回こんなに食い下がってます(いつもはかなりドライで素直)。
P.S.ちょっとお知らせ
突然このタイミングで恐縮なのですが、他のサイトとの小説名統一のため、この小説自体の題名を変えようと少し考えておりまして…(小説は引き続き最後まで必ず更新します!)
改題後は「恋を忘れた『破滅の魔女』へ」にする予定です。
来週あたりに改題しようかと思っておりますが、題名が変わっても更新続けていきますので、
よろしければ引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです…!
どうぞよろしくお願いいたします。




