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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
番外編.sideオルクス
86/88

⑤IーⅣ幕間(その③) 後にも先にも、見たことの無い

またも更新が一日遅れてしまい、本当に申し訳ございませんでした…(情報と設定の出し方と組み合わせに悩んでいたら遅くなってしまい…)

どうか、お楽しみいただけますように祈っております。

◇◇◇◇◇

「……オルクス様、少しいいですか?」

「ん?」

 嵐のような銀髪の青年が立ち去り、しんと静まり返った部屋の中。デルトスが呼びかけると、彼の上官から生返事のような短い応えが返ってきた。


――さっきからずっと、この調子だ。

 先ほどから何かを没頭して考え込み続ける上官へどう声をかけるべきか考えあぐねながら、デルトスはオルクスたちの様子を伺う。


 片膝を立て、もう片方の長い足を投げ出す無造作な座り方ですら美しい青年が、とあるソファの傍に陣取っている。青年が先ほどから一度も目を逸らさずに見つめるのは、そのソファの上で目を瞑ったまま横たわるローブ姿の魔女。


 そして、先ほどまで共に居た銀髪の青年に連れてこられたこの部屋の内装。筆頭魔女リーベラの屋敷の居間だというその部屋の内装は、ワインレッドのビロード布地が張られたソファーに、深いブラウン色の絨毯という組み合わせで、どれも年季が入っている。先ほどまで一同が居たオルクスの書斎に、まるでそっくりな色合いの部屋だ。


(……いや、違うな)

――()()()()()()()()()()()


 デルトスは、雷に打たれたようにそう思う。

 上官の屋敷には何度も出入りしているが、その屋敷の色合いは基本的に統一されていた。深い紺色を基調とした絨毯に白く滑らかな壁、そしてソファは基本的に白色で。

 デルトスの上官本人が屋敷の中でほとんどの時間を過ごすはずの、書斎の内装だけが異質なのだ。


 まるでそこだけ、屋敷の一部を後から変えたかのように。


(確か、オルクス様はリーベラ様の護衛をしていた時代があったはず……)


 これまでの出来事に対し、何の説明もされぬままの少ない情報量ながらも、デルトスは素早く思考を組み立てる。


――やっぱり、そうか。

 長年抱いていた考えへの答えを、デルトスはぽつりと呟く。


「……『犬猿の仲の、筆頭騎士と筆頭魔女』って嘘だったんですね。『オルクス様がリーベラ様を嫌ってる』って噂も」


 本当に嫌いなら、渡さなかった相手のためのドレスや靴を、後生大事に自分の寝室に置いておく訳がない。

 自分の過ごす空間を、嫌いな相手の部屋の内装と同じにする訳がない。


「……」

 デルトスの呟きは聞こえているはずなのに、上官から返ってきたのは無言の間だけ。デルトスは深呼吸したのち、疑問をまた吐き出した。


「さっきの、騎士団の新人くん……というか新人のはずのあの人、なんだったんですか?」


――『オルレリアン公爵、探してるんですよね? 連れてってあげましょうか』

『……え、君はこの前入団した、え?』

 先刻、何も言わずに何処かへ突然出かけて行った上官の行方を探していたところに、目の前に現れた銀髪の青年。彼は問答無用で移動魔法を行使し、デルトスを探し人の元まで一瞬で連れて行った。


 探していた上官と合流できたと思ったら上官は何故か気絶した筆頭魔女を抱えているし、険悪な雰囲気の会話を訳も分からないまま目の前で繰り広げられたかと思ったら今度はオルレリアン公爵家に転移させられ。

 挙句にそこでもデルトスに対して何の説明もなく、女性物の服を仕立て屋の持ってきた品々の中からテキパキと見繕う上官をただ傍観し、何やら話が上官と2人の間だけでついたらしい銀髪の青年に『あとはまた改めて連絡します』とリーベラの屋敷に放り出された上に目の前で彼が姿を消し、呆然としたまま今に至る。


(リーベラ様のこと、師匠って呼んでたよな……)

 しかも、デルトスの上官とは付き合いの長そうな様子だった。


――それに何より、どこかで見たことがあるような。

 騎士団に入ったから知っている、とかではなく。もっと昔から、あの銀髪の青年を知っているような既視感。

 どこが既視感の源なのかと思考を巡らせていくうち、デルトスはふと気づいた。


「……あの新人くん、目の色が入団時と違くなかったですか? もっと前はこう、」

「デルトス」

 言葉の途中で差し込まれた、上官からの呼びかけの声。

 それがあまりにも冷え冷えとしていて、デルトスは立ちすくみながら口をつぐんだ。

「早く帰れ」

「え?」

 声の元へ恐る恐る顔を向けたデルトスの目に、いつもの笑みを消し、表情の無い顔でこちらを見る上官の姿が映る。


「いえ、あの」

「聞こえなかった? 君は、早く帰れ」

 有無を言わさない口調だった。

 これ以上、踏み込むことは許さない――そんな空気を感じさせる声色。そして、いつもの笑みすらない表情。


 普通の人間であれば直ちに震え上がり、反論も諦めてその言葉に早急に従うであろう場面だったが、デルトスは違った。

(この言葉に、この表情。前に俺は、見たことがある)

 思い出したからだ。昔、脳裏に焼きついた光景を。


『――君には、人の心ってモノが無いのかな』


(……あれは確か、俺が入団したての時だった)

 当時のオルクスは、若くして新人の指導を任される立場で。デルトスは他の新人団員数人と共に彼に連れられて、王城での夜勤の指導を受けている最中のこと。


 デルトスたちは王城の廊下で、黒いローブに全身を包んだ魔女とすれ違いかけ――そして彼らの指導官の発言に、硬直することとなる。

『……やあ、筆頭魔女さんお疲れ様。今日の任務はどうだった? 失敗した?』

『……』

 空気が固まるとは、まさにこのこと。

――筆頭魔女相手に、完全に喧嘩を売っている。


 当時、オルクスはすでに若くして公爵位を継いでいた。筆頭魔女にこうした口を聞いても不敬には当たらないが、内容が内容なだけに空気が凍った。


 しんと静まり返る夜の城の廊下の上で、オルクスに喧嘩を売られた張本人は数秒だけ足を止め、また歩き出した。

 驚くべきことに、オルクスを完全に無視する形で。


(……オルクス様とリーベラ様って、こんな仲悪かったか? 修行時代からずっと一緒の、所謂(いわゆる)幼馴染のはずじゃあ……)

 幼少期から親に連れられ、城を出入りすることも少なくなかったデルトスが2人の険悪な雰囲気に首を捻り、2人のそうした元の関係性を知らない他の団員が静かにざわめき出す中で。


『あーあ、君には、人の心ってモノが無いのかな』

 ため息混じりのオルクスの言葉に、再び空気が凍りつく。


『挨拶をされたら挨拶を返す、これって人として基本中の基本だと思うんだけど』


――言っていることは正論なのだが、あまりにもその声色が怖すぎる。

 淡々とした口調ながらも、オルクスの声色にはある種の凄みが滲んでいて。デルトスたちはその威圧感に言葉を挟めず、ハラハラとしながら2人のやり取りを見守るしかない。

 そんな時が凍りついたような空間の中。筆頭魔女だけがゆるゆると動き、その黒いローブのフードでほとんどが覆われている顔をこちらへ向けた。


『……残念だけど、任務は別に失敗してない。これで満足か?』

 淡々と、オルクスとは相反してなんの感情も含まれていないような声が聞こえてくる。

『……』

 しばらく、冷たい表情のオルクスと、フードに顔が隠れて真っ直ぐに結ばれた口元しか見えないリーベラの睨み合いが続き。


『……もういい。()()()()()()

 興味を無くしたようなトーンでオルクスが会話を放り投げ、リーベラから視線を外して歩き出す。


『……指導官、マジ怖え』

『いっぺん睨まれたらもう終わりだな……』

 オルクスから数歩離れ、本人に聞こえないよう囁き合う新人団員たちの間で。デルトスだけが、今見たモノの衝撃で立ち止まっていた。


(……いま、ほんの一瞬だけ)

 時間にして、秒もないであろう一瞬。リーベラから目を逸す瞬間の一瞬だけ、オルクスの顔に苦悶の表情が滲むのをデルトスは見た。


ーーあんなに苦しそうな顔をするひとを、後にも先にも、見たことが無かったから。

 だから、やたらと脳裏に焼きついて離れなかった。オルクスの表情も、その場の光景も、交わされた言葉も。


 そう、だから。

――オルクス様。俺、知ってるんです。

 怖くて強くて皮肉屋で、時に冷たくて、なのに不思議に求心力のある筆頭騎士。でも、それだけじゃないってこと。


 貴方が何かをずっと一人で抱えたまま、黙ってるってこと。


――ずっと、不思議に思っていた。

 どうして貴方はあの時、あんなにも辛そうな表情をしていたのかと。

(……だって、どう考えても。あれは嫌いな人間に背を向けた時にする表情じゃなかったから)


――だから俺、思ったんです。だとすれば、って。

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とか」

「……何?」

「俺なりに解釈した、『早く帰れ』の意味です」

「……は?」

 言葉少なに苦笑を浮かべるオルクスに、デルトスは「ちょっといいですか」と畳み掛ける。


「さっきまで俺が居ても何も言わなかったのに、俺があの新人くんの目の色の話をした途端に『帰れ』とか言い出すの、違和感しかないんですが。目の色に何か、触れられたらまずいことでも?」

「……」

 表情の無いオルクスと、上官をまっすぐに見つめるデルトスの視線が空中で絡む。

 そのまま沈黙の間が、しばらく辺りを覆って。


「……因みに、何色に見えてた? あいつの目」

 ため息混じりに、先に口を開いたのはオルクスで。

「え? 青でしたけど……」

「……」

 戸惑いつつデルトスが答えると、オルクスは無言で眉毛を寄せ。

「……あの野郎、目眩し魔法わざと使わなかったな……」

 そして盛大なため息をつきながら、オルクスがリーベラの眠るソファの肘掛け部分へ静かに座り込んだ。

更新遅れてばかりで、本当に申し訳ございませんでした。

そしてまたも本編の幕間ですみません…(どうしてもデルトスから見た、オルクスとリーベラの関係性の拗れ経歴を書きたくて…)


次回からリーベラが目を覚ますターンに戻る予定です。

よろしければ引き続き、お気が向かれた時にお付き合いいただけたなら、とてもとても嬉しいです…!

どうぞよろしくお願いいたします。

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