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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第五章.終章とエピローグ】
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5-7.王の本音

すみません、情報の出し順に悩んでいたら大変遅くなりました…。

どうか、少しでもお楽しみいただけますように…!

「オルクス……?」

 左隣に立つオルクスを見上げると、彼はリーベラへ目を落とした。ゆらゆらと揺れる瞳の波が、リーベラの瞳を見るうちに段々と定まり出す。

「――ごめん。ようやく確証が得られて、ちょっとね」

 ややあって彼はいつもの調子の苦笑を浮かべ、するりとリーベラの頬を撫でる。

(確証って、なんだ?)

 疑問に思って聞き返そうとしたのも束の間、「まあ、まずはかけなよ」とアレスが席を勧めた。


「兄上、まずは『約束』を交わすのが先です。いいですね?」

 アレスの向かい側のソファーに座るや否や、アドニスが目を細めて冷たい声を発する。

「いいよ。私は言ったことは守る」

「では、まずこの面会時間は10分で。終わったら手続き書類に署名をいただきます」

 冷ややかさを抱いた言葉が、アドニスの皮肉な笑みが浮かぶ唇から零れ出る。対するアレスは「10分とは、随分短く設定したね」と苦笑した。


「これでも十分、譲歩してますが」

「分かった分かった、場を設けてくれただけでも礼を言うよ。……でも、そうだな」

 柔和な微笑みを浮かべながら、アレスがリーベラへと目を向けて。

 

「時間も限りがあるからね。私と彼女が話しているときだけは、会話に割り込まないでほしい」

 あくまでも穏やかな声音で、そう要求した。

「なん……」

「――オルクス、大丈夫だ」

 隣で立ち上がろうとするオルクスの服の袖を引き、リーベラはアレスへと目を向ける。


「……分かりました、私が『約束』しましょう。10分私とだけ話をする代わりに、終わったらアムレンシス殿下の言う『書類』に必ず署名をお願いします」

 誰かが何かを言う前にと一息にそう述べると、間髪入れずに「ああ、その条件で『約束』しよう」との言葉が、アレスから打てば響くように返って来る。

――王との『約束』。もう何年も、繰り返してきたことだ。

 何度も何度も、繰り返してきた。


「ちょっとリラ、きみ――」

 途中で言葉を切って苦し気に眉を寄せるオルクスと、その向こう側で硬い表情を見せるアドニス。彼らは言葉を紡ごうとして口を開き、自分の声が出てこないと分かって顔をしかめていた。

――そう、今のは『魔女との約束』だ。リーベラ自身が『10分私とだけ話をする』と王へ約束した条件の効力で、オルクスとアドニスは10分間、リーベラの会話に口を挟むことができなくなる。

 今、魔法が思うように使えないリーベラが唯一魔法を使う方法――依頼人との契約で成り立つ『魔女との約束』の効力だった。


「……ごめん、すぐ済む」

 彼らへの謝罪を口にして、リーベラは静かにアレスへ向き直る。彼は空色の瞳を三日月型に細めて微笑みながらこちらを見ていた。


「――さて、話をしようか。君と私との話だよ」

 間隣に座っているオルクスの突き刺すような視線と、固く手を握ってくれている力を感じながら、リーベラは努めて冷静に見えるよう、黙ってこくりと頷いた。


「君は……自分にこの10年間、何が起こったか知ってるかな」

 こちらからも聞きたかったことを単刀直入に聞かれ、リーベラは相手の口調の中から何とか感情の機微を読みとろうとしつつ口を開く。

「……感情が鈍くなる魔法と、痛覚を感じなくなる魔法を、かけられていたと」

「そうだね。それを私がかけたのだということは知っている?」

 ――感情の機微は、読みとれない。あくまでも穏やかな調子で、王はあっさりとそう問いかけてきて。


「……この前、ようやく確信しました」

「そう、よく分かったね。嬉しいよ、リーベラ」

 人を苦しめる魔法をかけた張本人とは思えない、爽やかな話し方とトーンだ。だが、何とも言えぬ奇妙な狂気がその端々から滲み出ているのを感じる。

 リーベラは気圧されまいと、低い声で彼に呼びかけた。


「アレス陛下」

 囁かれたその名は、冷え冷えとして唇から零れる。

「……魔法をかけた、と仰いましたが。実は『魔法をかけることに失敗した』の間違いでは、ありませんか」

「……どうしてそう、思うのかな」

 笑顔を張り付けたまま、アレスが目を細めた。

――否定しないところを見ると、やはりそうなのだ。

 リーベラの胸に、虚しさのようなものが去来した。


「まず、一番最初のことです。私を閉じ込めたのは、何故ですか」

 そう問うた途端、隣のオルクスから受ける鋭い視線の圧と、リーベラの手を握る力が強くなった。

(……そういえば、オルクスにそのこと話してなかったな……)

 見上げるのもなんだか怖くて、リーベラは目の前のアレスとの問答に意識を集中させた。


「ああ、そういえばこの部屋だったっけ。――君はどう? 懐かしい?」

「……」.

「冗談だよ、怒らないで。君ってそんな顔もするんだね……まあいいや、そうだね。多分、『君に私だけを見てほしかったから』だったんだと思う」

 もはや、オルクスの手が握るを通り越して握りしめると言った方がいい力の強度になってきた。リーベラはそれを感じつつ、再度質問すべく口を開いた。


「私に直接、危害を加えなかった理由は」

――そう、権力に物を言わせてリーベラに迫ることもできただろうに、彼はそれをしなかった。

 いつも3択を提示され、リーベラが任務を選び続けただけで、あとは何もなかった。

「ああ、それは……曲がりなりにも王族として教育されているからね。同意もなしに無体を働くのは紳士とはいえないから、じゃないかな」


「私を部屋から出して、屋敷へ戻したのは」

「君が勝手に師弟の印を誰かと交わしてきたからじゃないかな。流石に第三者に、私が君を閉じ込めていたのが分かると外聞が悪い。……ああ、その時君の弟子の姿は見たっけな? 多分見ても見てなくても、彼が腹違いの弟だなんて私には多分気付かなかった。確か母上同士の仲が悪くてね、もともと交流もほとんどなかったろうから」


「……なるほど」

 思った通りだ、とリーベラは胸中で呟き。

「ではなぜ、私に任務を言い渡す時に提示するのが、いつもあの3択で()()()()()()()()()()()


 提示された任務の内容は、いちいち覚えていないけれど。

 ぼんやりとした記憶の中でも、いつも同じ3択だったことは分かる。

 アレスの手を取るか、オルクスを自分の代わりに任務――戦場に行かせるか、自分が任務に行くか。


「……」

 何度も何度も何度も何度も、狂ったように繰り返した、あの3択。

 まるで、壊れた機械のように。


「他の選択肢にしなかった理由は、何故ですか。……さっきから貴方は、過去の自分に対して随分他人行儀かつ、記憶が曖昧だ。もしや、貴方も」

 まるで、何かに縋り付くかのように。


「貴方も私と同じで、自分の『気持ち』が、その時の記憶が、分からなくなっていたのでは」

――まるで、灰色の世界の中で、思考を止めたように。


「貴方は私の『記憶を消す』禁じられた魔法を使おうとして、失敗して――その『代償』を、負ったのではないですか」

 そう、リーベラが16歳の姿になって感情を取り戻し、王城へ出向いた時。アレスは確か、こう言った。


『この感覚も、本当に久しぶりだ。……ようやく、ようやく戻って来た』と。

 感覚が久しぶりだと、その口でしみじみと言っていた。


 そして、こうも言っていた。

『そうだ。今度こそ絶対に失敗しない』

『元々は、君の心が手に入らないなら、君の記憶からオルクスの記憶を消すつもりだったんだ。今なら、それが確実に出来る』――

 

「『人を呪わば、穴2つ』。東洋にそんな言葉があるそうです。……呪殺を請け負った術者が東洋には居たそうですが、呪殺のリスクは自明に高い。自分が放った呪いの『呪い返し』で命を落とした時のために、自分用の墓穴も用意させたとか。呪殺が成功して相手が命を落とし、『呪い返し』で術者が命を落とせば死者は2人になるから、穴2つです」

 リーベラの淡々とした声が途切れると、部屋の中に沈黙が満ちた。息を詰め、必死に言葉をかき集めて流水の如く言葉を紡いでいたリーベラはやっと我に返る。

 恐る恐る顔を上げて横を見れば、オルクスとアドニスが目を見開いたまま硬直してこちらを見てきていて。リーベラは気まずい思いで、彼らから目を逸らした。


――つまり、私は。

「なるほど、言い得て妙だね。つまりはその例えの『呪殺』が、今回は君の『記憶を消す』ことに対応して――それが君の術返しに合った上に魔法は失敗。君も私も、同じ失敗の余波の魔法にかかってしまった、という訳かな」

「……そういう可能性が、あるのではと。記憶と情動は、関連性も高いので」

――そう、それがずっと引っかかっていた。前の自分が術を拒絶し、無意識に跳ね返してしまったことは大いにあり得る。そのせいで、彼を同じ状態にしたのでは、と。


 今なら分かる。オルクスの記憶を消されることは、リーベラにとって感情の温かい部分を根こそぎ奪い取られることに等しい。記憶を消されるのは回避したとしても、その記憶と関連性の高い感情が間違えて奪われるというのもあり得る話だった。


「……ははっ」

 唐突に、目の前でアレスの笑い声が弾けた。

 驚き、思わずびくりと肩を震わせたリーベラの肩に、黙らされたままのオルクスの腕がそっと、しかし確かな手つきで回される。

 その手は、つい縋りついてしまいそうなほど温かかった。


「ああ、リーベラ。やっぱり君は最高だ。私を理解できるのは君だけだ」

 抑えきれない、恍惚とした笑みがアレスの整った顔に浮かんだ。

 凪いでいた瞳に、輝きが灯る。


「そうだよ、君の言う通りだ。……私も、君とずっと同じ状態だった。誰も気づかなかったけれどね」

 朗らかに笑いながら、アレスが目を煌めかせながらリーベラを見遣る。


「……君に魔法をかけるのに失敗して以来、僕の中にはっきり感覚として残っていたのは一つの執着だけだった」

 そう言って、彼はリーベラへ向かって極上の微笑みを浮かべる。

「君に提示したあの3択。あれを持って、君に何とか僕の手を取らせること――それに固執していたことだけは、その執着だけは鈍くなった感覚のなかでも覚えていてね」

――執着なら、自分にもあった。そう、ただ一つだけ。

 分かるのは、守らなければならない人がいる、ただそれだけだった。

 本能的な執着心だけで、なんとかヒトとして形を保っていたときの自分が、昔いた。

 

「だから、あの3択を同じ環境で、同じ場面を用意して。そうして同じ行動をなぞれば、何かが取り戻せるんじゃないかって思ったんだ。――ただただ、そこにある『想い』を取り戻したくて堪らなくて」

 だから何度も、繰り返した。

 まるで、壊れた機械のように。

 まるで、何かに、かつてあった『想い』の住処に縋り付くかのように。


「3択にした理由をやっと思い出せたのは、君が私の手元に、今のその姿で戻って来た時だった。君の意思で私の元を選んでほしかったのだと、やっと思い出したよ。あれは久しぶりの感覚だった――私は、君からの心が欲しかったんだ」


――心が欲しいと言うのなら、恐らくそのやり方は、とてつもなく歪んでいて。


「本当に、よく気付いたねリーベラ。他の人間はおかしいほど気付かなかったのに。……いや、それは当たり前か。誰も私に興味なんてないんだから。あるのは『王』として責務を果たす私にだけ。正直記憶が曖昧になったところで、短期記憶はできるからね。きちんとやることさえ記録しておけば、業務に支障はなかったよ」

 だけれどそれを『本人が悪い』と断罪するには、あまりにその境遇が呪われていて。

 恐らくリーベラと同じ、感情が鈍くなる魔法にかかっていても()()()()ずっと完璧に浮かべられていたのは、本人の長年の習慣と訓練によるものだろう。

 人は、笑っているからと言って、その感情が、内面が、笑っているとは限らない。


――これは、誰のせいだ。

 リーベラは沈む気持ちで、唇を噛み締めた。


「……リーベラは、少し見ない間に随分人間らしくなったのに……僕は未だに自分が分からない。君と私に、何の違いが、あるのかな。君と私は、肩書だけ大きな力を背負わされた、同じ境遇の人間のはずなのに」

 誰に尋ねているのか、アレスは誰に視線を向けるわけでもなく、宙に視線を浮かせてそう呟いた。


(……違いが、あるとすれば)

 それは恐らく、たった一つ。

 誰と出会ったか、誰と関わったか、誰と話したか、誰かから『想い』を与えてもらったか。

 傍に居てくれる人間は居たか。

 それが全ての、分岐点。

 恐らく、アレスにはずっとそれが居なかった。誰も、『想い』の伝え方を教えてくれず、心の伝え方さえ歪んだままで、誰も異変に気付いてなどくれず、自身の『地位』でしか自分を見てもらえなかった。

 今のこの状況からでもそれが見て取れて、リーベラは唇を噛み締める。


(――ああ、私は、本当に運が良かったんだ)

 ずっと傍に、オルクスが居た。アドニスが居た。フローラもエルメスもデルトスも居てくれて。

 彼らからもたらされた『想い』の雫が染み渡って、今の自分が出来ている。


「……そう、皆私には興味がないし、本当の話も聞く耳を持たない。あるのは『王』の偶像だけで、それも一度烙印を押されるともう駄目さ。もうこんな世界は、疲れたんだ」

 アレスはふと、恍惚とした笑みをやめて柔和な笑みへと表情を変化させる。

 まるで沙汰を待つような、何かを悟ったような笑みだった。


「……本当に、この世界は腐ってるだろ。私みたいな人格が歪んでいる人間でも、こうして生まれ持った地位があれば、世渡りさえうまくいけば、搾取する側につけたんだから。……でもこれで、もう分かったろう? こんなことは、終わりにすべきだって」

 凪いだ空色の視線がリーベラに向いたところで、リーベラの脳裏にかつて彼が言った台詞が蘇る。


――それに、私はこの役目をいい加減下りたい。もう、疲れたんだ。全部が面倒くさい。


 リーベラが目をじわりと見開いていると、ふと部屋に大きなため息が聞こえた。

「……なるほど? 兄上の思惑がよく分かりましたよ」

「リラ、もう唇噛まないで。それ以上やると血が出そう」

 アドニスの声がオルクス越しに聞こえる。そしてリーベラの目の前では、オルクスが憂い顔でリーベラの唇にそっと親指を沿わせてきていて。

 

「ええと……もしや10分経った?」

「うん、多分ちょうど今ね。……色々と、言いたいことは沢山あるけど」

(……オルクス、怒ってる)

 彼の笑顔からも怒りの波長をひしひしと感じつつ、「ごめん」と顔を上げかけ――肩口にオルクスがこつんと額を当てた上に両腕でがしりと抱きしめてきて、リーベラは目を白黒させた。


「――頼むから、もう無理しないで」肩口にくぐもって聞こえてきた声は、心配の色に満ちていて。

「……ごめん。ありがとう」リーベラはそっと謝り、強張っていた身が、温もりでほどけていくのを感じた。

書きたいこと書いてたら字数が恐ろしいほどに膨らみました。。

賛否両論あるだろうなと戦々恐々としていたので、恐ろしいほど筆が進まず…夜遅く更新で申し訳ございません。


ブクマ、いいね、本当にありがとうございます! 原稿を書く活力になります…っ!!


あと少し、どうかお付き合いいただけますと嬉しいです!

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