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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第五章.終章とエピローグ】
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5-2.エルメスの謝罪

更新遅くなりまして、申し訳ございませんでした…!

どうか、お楽しみいただけますように。

「――リビ」

 リーベラが扉を開いた少し先で、一人の青年がひらりと手を振っている。

「エルメス?」

 御不浄の扉を閉めながらリーベラが目を瞬くと、彼はどことなく気まずそうな顔で歩み寄って来た。

「……まずはおめでとさん。それから、お疲れ。あいつら騒ぎ過ぎだろ、特にフローラな」

「あ、ありがとう。騒いでもらえるのは、うん、凄く有難いな」


 つい先ほどのことだ。リーベラが婚姻に了承の意を示したあと、応接室はちょっとした騒ぎになった。


『ああ、これで世の平和が保たれます、ありがとうございますリー……リビティーナさん!』と、ほっとした顔でひたすら拝み倒してくるデルトスに。

『こんな瞬間が間近で見られるだなんて……!』と感極まった様子で前のめりにリーベラの両手を握って来るフローラ。


『こ、こちらこそ色々とお世話になりすぎて』とリーベラが諸々の礼を言うと、何故だか『むしろこっちがありがとうございます』とシュナイダー兄妹から口を揃えて感謝された。


 そしてその横でにこにこと『よし、じゃあ誓約書は今日提出しに行こうね』とのたまうオルクスに、リーベラは思わず『今日!?』と驚きの声を上げ――『一刻でも早くしないと僕が安心できないから、お願い』と隣から切実な声音かつ耳元で囁かれ、またも撃沈する羽目になった。

(――なんかもう、色々駄目だ。『好き』を自覚してから、オルクスに完全に弱くなってしまってる自分がいる……!)

 

 その様子を見ていたフローラのツボに、何かがぴたりとはまったらしく。

 彼女は頬を上気させ、オルクスとリーベラに『2人の馴れ初め』や今までのエピソードを聞きたいと矢継ぎ早に質問した。


 しかもそれにオルクスが応対して『ああ、そもそも最初から僕の一目惚れだった』などと、とんでもないことを美しい笑顔で言い出したものだから、リーベラの情報処理可能域は閾値を超え。

 いたたまれなくなったリーベラは『ちょっと御不浄に……!』と席を立って、応接室の外へ向かい。

――そうして今、ここに至る。


「……なあリビ。お前、あの兄さんのこと好きなんだな?」

(……やっぱりエルメス、いつもと違う)

 神妙な様子のエルメスに不安になりつつ、リーベラはおずおずと頷いた。


「いつから?」

「……自覚したのは結構最近……だけど、多分、ずっと前から」

 そう。きっと、いつからかも覚えていないくらい、昔からだ。

「――そうか」

 低く呟き、エルメスがぐっと言葉に詰まった顔をした。


「エルメス?」

「俺さ。リビに謝らなきゃなんねえ」

「あ、謝る? なんで?」

 助けられこそすれ、謝られることなんてあったろうか。リーベラが目を丸くすると、彼はばつが悪そうにのろのろと頷いた。


「俺、お前にあの兄さんと王女が婚約するらしいって話したろ?」

「……あ」

 実際違っていたとは知りつつ、当時のことを思い出して胸がつきんと痛む。それが表情に出ていたのだろうか、エルメスは慌てた様子で「分かってると思うけど、実際は違うからな」と付け加えた。


「シュナイダー兄妹は前からあの兄さんが内々にお前との婚姻話を進めてるって知ってたらしいけど、俺が知ったのはつい最近で……あの時は知る前でさ。俺、仲間から仕入れた情報をそのまま、はやとちってお前に伝えちまった。

――王家からの婚姻話を蹴る奴がいるなんて、その時誰も思ってなかったんだ。……悪いこと、したな」

「情報屋失格だ」と珍しく表情を曇らせながら、エルメスが「悪かった」と繰り返す。リーベラは慌てて首を振った。


「いや、エルメスは何も悪くない。普通はみんなそう思うよ」

――改めて、オルクスのやったことは常識ではあり得ないことだったのだとリーベラは実感する。

 そして、そんなことまでしてくれた幼馴染に自分はこれから何を返せば足りるのだろう、とも。

(……考えないと。今の、力を失った自分ができること)

 何せ、今の自分には何も取り柄がないのだから。


「いや。事実をあの兄さんから聞いたあと、訂正する機会はあったのに、俺はしなかった。婚姻話口止めされてたのもあるけど……あいつのこと、中々信用できなくて。お前以外に対しては鬼畜野郎だし、本気で分かり辛かった」

 眉を顰めながら、エルメスは続ける。


「俺、お前があいつのことを怖がってて、その手元を離れたがってんなら、それが一番いいと思って手伝おうと思ってた。あの兄さんが王女と婚約しないって知って、あいつから手元に居続けるよう強制されたら……お前多分、断れないから」

――そう、最初リーベラは、オルクスの元から逃れようとしていて。


「……色んな奴見てきたから、大抵の奴はしばらく傍にいると分かる。リビお前、自分を殺すことに慣れてる側だろ」

――そういう奴って、周りや状況ばっか優先して、簡単に自分が傷つく方を選んじまうんだ。

 そう言って、彼は呆然とするリーベラの髪の毛をぐしゃりとかき混ぜた。


「あの兄さん、最初っから怖かったからな。リビの商売の邪魔をしろって目だけ笑わん笑顔で言われた時、なんて鬼畜な野郎だと思ったぜ。そんな陰湿なことまでして、手元に置いときたいのかってうんざりしたよ」

「……ああ、だから」

 だから最初あの店に来た時、エルメスはあんなに敵意を身に纏っていたのだと、リーベラはやっと納得する。あの敵意は、オルクスに向けたものだったのだ。


「しかもお前は手首やら首に痣をつけてくるわ、明らかにあの兄さんに怯えてるわ、あの兄さんがものすごい目でお前を見てるわで、こりゃこいつこのままだと不幸になるなと思ったわけ」

「そ、その節は大変ご心配とご迷惑を……」


 首に痣は未だに意味が分からないけれど、そんなこともあった。そしてそこまで自分の『怯え』具合は分かりやすかったのかとリーベラは反省する。

 そして思った。

(……オルクスのものすごい目って、なんだ?)

 

「だから、謝るなって言ったろが」

 疑問に思っている間に、彼の、リーベラの髪をかき混ぜる手つきが少し乱雑になり。リーベラはその手を止めようとして彼を見上げ、言葉を詰まらせた。

――彼が、子どもを見守るような温かい目つきで微笑んでいて。


「だけどまあ、さっきのやりとり見て分かったよ。何があったかまでは深く聞かねえけど、お互いちゃんと想い合ってるんだな」

 何が、あったか。それはオルクスとリーベラ、そしてアドニスしか知らないことだけれど。


 恋心を自覚した。

 大事だから、離れようと思った。

 だけどオルクスが駆けつけて助けてくれて、『約束』をくれて。

『君だけが傍に、居てほしい』

――ずっと傍に、居させてほしいと自分も願った。


「……うん。ちゃんと『好き』だよ」

「ん、ならいいか」

 からからと笑い、エルメスがリーベラの髪から手を離す。

――そう、彼は自分達の裏事情を知らない。その中で、彼自身の視点でリーベラを案じてくれていた。


「あの、エルメス」

「ん、どした」

「……その、私の都合で振り回してごめんね。私、何も力がなくて居場所もないって焦ってた時に、『手伝ってやる』って言ってくれて」

――何でもかんでも自分で解決しようとしなさんな、お嬢さん。……手伝ってやるからよ。


「本当に嬉しくて、心強かった」

――まさか、あそこで手を差し伸べてくれる人間がいるなんて思っていなくて。


 リーベラの言葉に、エルメスは一瞬虚をつかれたような顔をしてから苦笑した。

「お前の都合じゃねえ。俺自身の判断にケチつけんなって言ったろ? ……それに」

 そして、ニヤリと笑ってリーベラの顔を覗き込む。


「この案件のおかげでシュナイダー伯爵家、オルレリアン公爵家、次期国王との個人的な繋がりも出来たんだ。万々歳すぎて笑いが止まらん」

 そう言って、「あ、そうだ」と彼は付け足す。


「そもそもお前の薬も本当に売れると思ったから話に乗ったんだ、勘違いすんな。今度また持ってこいよ、売り捌いてやる」

「……え、ほんと?」

「おうよ。俺は俺にとって利益になる話しかしねえ」

(……それは、嘘だな)

『人の気持ちはな、自由に遣り取りしていいんだ。物じゃないんだから』

 そう教えてくれたのは、この彼本人だ。

 ぶっきらぼうな優しさがくすぐったくて、リーベラは思わず顔を綻ばせた。


「もしかしたら、お願いするかもしれない」

「もしかしたらじゃなくても来いよ。お前は俺の妹分だからな、あの兄さんの暴走の予兆を把握しとかなきゃならん」

「ぼ、暴走?」

「あれは暴走するとやばいぞ、多分かなりめんどくさい。俺としてはぶっちゃけ、未だに認めたくはない」

 そう言いながらエルメスがげんなりとため息をつき、「いいか、危ないと思ったら逃げて来いよ」と真剣な顔で釘を刺してきた。

「危ないとは……?」

「身の危険」

「身の危険」即答で返された言葉をおうむ返しにリーベラが繰り返すと、エルメスは「ま、なんにせよ」と話を切り替えた。

 

 そして戸惑うリーベラの頭に、彼がぽんと手を置く。

「――幸せに、なれよ」

 飄々と笑いながら、でも彼の口調は少ししんみりとしていて。

「……うん。ありがとう、本当に」

 リーベラは戸惑いつつも胸を詰まらせて、そう答える。


 自分を案じてくれたひと。

「自分を大事にしろ」と叱ってくれたひと。

 ぶっきらぼうな優しさが、ぽつりぽつりと心に沁みて。

 まるで兄がいたならこんなふうにと、思わずにはいられなかった。


「んじゃ、俺先戻ってるわ。……2人で話してるの見つかるとあの兄さん怖いからな、お前は後で来い」

「う……うん。ありがとう」

 リーベラはその言葉につっかえながら頷き、彼を見送り。

(……もう、見つかってるんだよな)

 そう内心でぽつりとこぼし、そっと近くに聞こえるように囁いた。


「オルクス、いるでしょ」

「あ、バレてた?」

 廊下の曲がり角の奥から、苦笑しながらふらりとオルクスが姿を現す。

 そちらに向かうと、彼が足早に歩み寄ってきて。彼はリーベラにそっと手を伸ばし、先程エルメスにボサボサにされたその髪を、目を細めながら丁寧にすいた。


「……ええと……たぶん最初から、聞いてた?」

「さすが。よく気づいたね、イラついてたから気配消しきれてなかったかな」

 壊れ物を扱うように銀髪へ指が滑らされ、その長い指が優しく頬を撫ぜてくる。その仕草の甘やかさに震えつつ、リーベラは戸惑いながら口を開いた。


「い、イラついてたって何に?」

「……ああ、こっちの問題だから気にしなくていいよ」

「……?」

「そういう関係じゃないのは分かってるし、うん。……もうここまで来たら僕のだし」


 謎の言葉をぼそりと吐きつつ、オルクスはリーベラの手を取り、するりと指を一本一本、絡め取るような手の繋ぎ方をして。


 じりりと熱いものが手を起点に全身に巡り、リーベラは目を瞬いて硬直した。

「――君からの『好き』がまた聞けたから、それで十分だ」

「……!」

 そして彼の言葉に、追撃を受け。

「僕も好きだよ」と彼から囁かれて、リーベラは完全にまた撃沈した。

毎回更新遅くなっていて申し訳ございません…。

そして、いいね、ブクマ、ご評価本当にありがとうございます……っ! めちゃくちゃ嬉しいです!!!

お陰様で、常にのしかかる「これほんまに面白いんか?」病に抗いながら執筆を続けられております…!


まだお話続くので、よろしければ引き続き、どうかお付き合いいただけますと嬉しいです!!

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