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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第五章.終章とエピローグ】
72/88

5ー1.完全に埋められていた外堀

昨日一度アップしたのですが、出来が気に入らずごっそり改稿しました……。

幻の30分間(昨晩の12時~12時30分の間)にお読みいただいた皆様、本当に申し訳ございませんでした。

どうかこちらもお楽しみいただけますよう、祈っております……!

――それは、まるで雨のように。

 もたらされる一滴一滴が、少しずつ染み渡り、そのひとに作用して。

 そうして『人』を、形作っていくのだ。


◇◇◇◇◇

「リビ、おめでとう! 聞いたわよ!」

 窓の外は曇天。今しも雨が降りそうな様相を呈している外の風景とは裏腹に、オルクスの屋敷の応接室では、フローラが太陽のような笑みを浮かべてリーベラに抱き着いていた。

「き、聞いた……?」

「フローラ、早く奥に詰めろ。俺が入れん」

 一体何を聞いたのかと口ごもるリーベラの側で、エルメスが立ち止まる。彼から向けられた視線を受けて、ソファーでリーベラの隣に座っていた騎士服姿のオルクスは片眉を上げていた。


「……何か言いたいことでも、エルメス殿?」

「いーえ、別に?」

 目の笑わない美麗な笑みと、じりじりと相手を睨みつけるような目の挑発的な笑みが交差する。それを見ながら、オルクスの後ろに控えていたデルトスが目に片手を当ててため息をついた。


「はいはい、不毛な戦争をおっぱじめるのはやめてくださいね。話が進まないんで」

 そしてパンと手を打ち、「それでは全員お揃いで」と言いつつ、オルクスの前方のソファーに彼も座った。


「……あ、いや違うか、あのお方が足りませんね」

「いいよ別に、あとから報告すれば。どうせ今頃、王城で次の策略でも練ってるよ」

「……なんでオルクス様そんな不機嫌なんですか。おめでたいはずでは?」

「あいつには引っ搔き回された恨みがあるからね」

 そんな騎士団上官と部下の謎の会話を聞きながら、リーベラは自分に抱き着いたままのフローラの背中をおずおず抱きしめ返す。


「あの……フローラ様?」

「ついに……ついにこの時が来たのね……!」

 ぎゅううと更に強くリーベラを抱きしめながら、フローラが感極まった声を上げる。

 一体どうしたのだろうと硬直するリーベラの顔を、彼女は満面の笑みで覗き込んだ。


「これでやっと言えるわ、この子は私の妹だって! ほうらエルメス、あんたはもう用済みよ。いい加減兄貴面すんのやめなさいね」

「ちっ……いいんだよ、俺は。心の兄貴だから」

「心の兄貴って何よ、なんか気持ち悪いわね」

 はんと鼻で笑うエルメスと、げえという顔をして見せたフローラのやりとりに、リーベラは固まった。


「いも……え?」

――何の話だ。

 呆気に取られ、応接室の豪奢なソファーに座る他の面々を見ると。

 デルトスは頭が痛むような姿勢で頭を抱え、オルクスは満面の笑みでリーベラを見ていた。

 そう、確信犯のような笑みで。


「……フローラ、お前なあ。俺が言う前に話を取るな」

 頭を抱えていたデルトスがため息をつきながら起き上がり、困ったように眉尻を下げて苦笑した。


「あらお兄様、まだ言ってなかったんですか?」

「これから言うところだったんだよ」

「なるほど? だからこの反応なのね」

 腑に落ちたように一つ頷き、フローラがリーベラの背中をぽんぽんと軽く叩きながら改めて口を開く。

「あのねリビ、実は私たち、もう姉妹なのよ!」

「……へ」

「おい、しれっと俺を除くな。兄を忘れないでくれ」

「あーらごめんなさいお兄様、この前騙された恨みが」

「だからそれはごめんって言ったろ……」


 怒涛のシュナイダー兄妹のやりとりをぽかんと見守るリーベラの横で、オルクスがその顔を覗き込んで囁いた。

「ほら、僕が君を引き取ったっていう設定だと、僕たち結婚できないからさ。ね?」

(……何が「ね?」なんだ?)


 せめて、もう少し説明を寄越してほしい。

 状況が読み込めずに固まっていると、「うん、呆けてる顔も可愛いね」と彼に微笑みながら囁かれ。リーベラは反応に困り、黙って撃沈した。

(……駄目だ、オルクスが調子狂うことしか言わない……!)

 今まで散々嫌味や皮肉を言い合ってきただけに、その反動はものすごく。

「……」

 何かの視線を感じると思って目を上げると、エルメスが何かを堪えるような表情をしてこちらを見ていて。

 一瞬目が合ったかと思うと、ふいと目を晒された。


(……エルメス?)

 なんだかエルメスの様子がいつもと違う。不安に思ったリーベラが口を開きかけると、目の前でごほんとデルトスが咳払いをしてみせた。


「リーベ……リビティーナさん、実はですね、貴女にずっと黙ってたことがありまして」

 デルトスが言い間違えをしかけながら、気まずそうな顔でそう切り出す。彼にしては珍しく恐々とした態度だった。

「ええとその、今貴女の身元は俺の家門――シュナイダー伯爵家の養女ということになってまして」

「……え?」

「あのほんと、ご本人に断りもなくすみません。父上は商売人っ気が強くてですね……正直に申し上げますと、うちの家門にとって公爵家との繋がりができる上に恩を売れるっていうのは、飛びつきたいほどの好条件でして……話を持ち掛けられて、あっという間に決まってしまいまして」


――話を持ち掛けられる。公爵家との繋がり。

 処々に聞こえてくる言葉に思い当たる原因の大元が一つしか思い当たらず、リーベラは恐る恐る自分の隣に座る幼馴染の青年の顔を見上げる。

 そして天使のような微笑みを浮かべる彼とがっちり目が合い、その背中に冷や汗をたらりと流した。


「……あの、それはいつから?」

「君が僕の火傷を治した日から」

 間髪入れずにオルクスから返答があり、リーベラは言葉を詰まらせた。それ以上の説明が何もないので頭を何とか巡らせ、情報把握に努めようとし。

 ぼんやりと頭のどこかで引っかかっていた、オルクスに潰された薬屋計画の建物へ赴いた時の話を思い出した。


「……あの、ひょっとして、薬屋を開こうとしてた物件の賃貸料が要らないって言ってたのは」

 リーベラはフローラとの会話を思い出す。

『え? 賃貸料? 要らないわよ』

『……はい?』

『だってあなた』

 その時そう言いかけたフローラは、「しまった」と言う顔をして口をつぐみ、『……ごめんなさい、言えないのよ』と言っていたけれど。

 もしやと思いながらリーベラが尋ねると、フローラは「ああ、あのときは冷や汗かいたわ」と苦笑した。


「家族から賃貸料なんて取るわけないから、要らないって意味だったんだけど……言っちゃいけない時だったから。ずっと黙ってて、ごめんなさいね」

「……言っちゃ、いけない時?」

 フローラの言葉にリーベラがぽかんと疑問を呈すと、リーベラの隣でオルクスが何やら制服の懐から紙を出してきた。

「君からの意思が確認できるまで、僕が頼んで黙っておいてもらったんだ。――あと、因みになんだけどね」

『意思』とは一体何のことかとリーベラが困惑しているのも構わず、彼は微笑んだまま、取り出してきた見るからに上質そうな厚手の紙をひらりと開いた。

 そして。


「僕と君の婚約誓約書にも、すでにシュナイダー伯爵のサイン貰ってあるんだよね。あとは提出するだけ」

 彼はとんでもない爆弾を、投下した。


「……オルクス様、それは決して、『因みに』で出す物ではないです」

「畳みかけ方が怒涛すぎるわ……」

「……やっぱ合意取れてなかったんじゃねえか」

 三者三様の呟きを背に、リーベラはあんぐりと口を開けた。生まれてからこのかた、こんなにも驚いたことはないだろうという、驚愕の気持ちと共に。


「根回し調整済みで両家了承済かつ、これをこのまま提出したとして、王家からの了承も確実に取れる。――てことで結婚しても、もう何も問題ないよね?」

 にこりと一つも曇りのない笑顔でオルクスが畳みかけ、リーベラへ笑いかける。

 そして彼女だけに見えるよう、口だけを動かして何かを言った。

 読唇術の出来るリーベラには、それが分かって。


 <魔女との約束は、絶対だろう?>


 魔女との約束。

 昨日交わした、約束は。

『リラ。君を一生、大切にすると「約束」するよ。――だから、生涯、俺の元を離れないで』


――そう、絶対だ。魔女は約束に、応えなければならない。『依頼者』の約束と引き換えに。

 ぼんやりと、怒涛の新情報の洪水に思考が止まっていたリーベラの頭が動き出す。

(……ああ、だけど、そんな義務感ではなくて、私は、)


――わたし、は。

 ずっと彼は、他の誰か、別の女性と婚約するのだと、心を軋ませながら諦めていて。

 諦めようとして、諦めきれなくて。でも、「この想いは届かない」とも、思っていて。

 ずっとどこかで、手にできないと思いつつ、焦がれていた、彼の隣。


 それを確かなものにするために、彼はまた手を差し伸べてくれているのだと、それもずっと前から準備してくれていたのだと、いまここで分かって。

 そして今ここに居る、自分の大切な人たちも、その過程を温かく見守ってくれていたのだと知って。

 呆然としつつも、身に余る幸せに身が震えた。

 

 恩知らずにも、守ってくれようとしている手から自分が逃れようとしているときも、引き留めてくれた彼。

「ここに居ていい」と言い続けてくれた彼。

 自分が立ち去った後も、駆け付けて助けてくれた彼。

 苦痛に耐えつつ、その手を離さず守ってくれた彼。

 そして今、『約束』を守ろうとしてくれている彼。

 どこまで、この人は、自分を守ってくれようとしているのか。


「……っ」

――ああ、今の自分は、世界できっと一番幸せに違いない。


 そう思いながら、リーベラはオルクスの前でゆっくりと首を縦に振り。


<……うん、『約束』だ>


 あの日の答えを、唇の動きでもう一度オルクスへ返して微笑んだ。

投稿が大幅に時間空いてしまい、本当に申し訳ございませんでした。

更新止まっていたにも関わらず、いいね等いただき本当にありがとうございます!!

「読んでくださっている人がいる……!」と、とても励みになりました! 感謝の気持ちでいっぱいです…!


本編終了まであともう少し、よろしければお付き合いいただけますと嬉しいです…!

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