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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第四章.『最愛』のひと】
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0ー2.彼女が、死のうとしたあの日。「またね」がなかった、あの日のこと。 (オルクス視点)

昨日投稿できず本当に申し訳ございませんでした…。

その代わり二話分の文量でございます。。

どうか、少しでもお楽しみいただけますように。

 あの日の朝、僕は浮かれてしまっていた。

 長年試行錯誤しながら、少し喧嘩腰に、皮肉混じりにだけれど、リラと会話を続けられるようになっていて。関係は改善しつつあるかもと思っていた時。

 リラを完全に助ける体制と算段ができたと言って、あの弟子がついに自分の存在を王に知らしめるべく、わざと王城で騒ぎを起こした頃のことだった。


――リラが、僕の屋敷に行ってもいいかと連絡を寄越してきたんだ。

 出勤前の、ほんの少しで良いからと。

 そんなことを彼女から申し出てくれたのは、初めてで。

 もうこちらの計画も大詰めの筈だったし、もちろん断る訳がない。すぐ承諾して、急遽休みを取って。万が一何か起こった時のために備えて、デルトスも休ませて僕の屋敷に控えさせた。


――その時、彼女からの連絡に、分不相応にも調子に乗って。淡い期待を抱いたのがまずかった。

 つい、思ってしまったんだ。

 予定通りリラを救い、彼女が一生平和に過ごせるようになった時。

 僕の隣に、彼女がすぐ来てくれはしないかと。昔のようにあの熱の籠もった目で見てくれて、僕の隣を選んではくれないかと。

 元々、長期戦でも彼女を振り向かせるつもりだったけれど、もうすぐ見える到達点に欲が湧いて。


『僕もそろそろ、身を固めないといけないっぽくてさ。もう周りがうるさいのなんの』

 彼女の反応が見たくて、鎌をかけた。それがそもそもの間違いだった。


『……で? 式はいつだ? 流石にお祝いくらいは私もしよう』

――完全に、他人事の返答だった。


『気が早いな、まだ何も決まってないよ。……でもそうだな、婚約は近々済ませようと思ってる』

『そうか。そりゃめでたい』

――婚約したいのは君とだよ。『めでたい』なんて、他人事みたいに言わないで。

 そう言いたいのに、言えない自分。なんて、意気地無しなんだろう。


 潰れそうな胸を堪え、無理矢理に笑顔を浮かべて。僕は最後に駄目押しで聞いた。

『ねえ、リラ。君はどう思う? 僕がいよいよ身を固めようとしてること』

――頼むから、少しでも動揺してみせてくれ。


『いいんじゃないか。幸せになるよう、祈ってるよ』

 本当にどうでもいいような、異様に静かな態度だった。静かに、大好きな人に、他人事のように、他人と一緒になる幸せを祈られた。

 胸がゆっくりと軋み、静かに悲鳴を上げていく。


『オルクス、私は帰る』

『ん? ……ああ、もう行くの? 気をつけて』

『ああ、じゃあな』

 リラはあっさり席を立った。

 もう、用はないと言わんばかりの早さで。


 そう。リラは完全に、僕にもう興味がないのだ。

 それを突きつけられて、身動きが取れなくなった。

 だから、気付くのが遅くなった。


 いつもは『またな』か『じゃあまた』と言う彼女が、その時だけは『また』の言葉を口にしなかったことに。


 まるで、『もう会う気はない』と示しているかのように。


――それに気づいた瞬間、嫌な予感と、胸騒ぎがした。

 突然来て去って行った彼女。いつもと違う言動。

「……っ!」

「ちょっとオルクス様、どちらに行かれるんです!?」

 デルトスの声も後に、僕は慌ててリラの屋敷へ向かった。


 嫌な予感はますます増した。僕は門に弾かれず、僕がずっと持ち続けていた、彼女の屋敷の鍵が使えたのだ。


――何かが、おかしい。

 焦燥感に駆られ、懐かしい彼女の屋敷の部屋を隈無く探したが、どこにもいない。

 彼女も、彼女のあの弟子も。

 もし、まだ探していない場所があるとすれば。

(……地下室か!)

 身を翻して書斎へ駆けた。秘密の地下室の場所は、護衛していた時代に教えてもらった記憶があった。


 急くまま隠し扉から階段を駆け下り、地下室の扉に手をかける。扉はすんなりと動く手応えがあった。

「リラ!」

 叫びながら扉を開けて、中の光景を見て。

 

 体が、思考が、凍りついた。


 部屋の真ん中には、先ほども目にしたばかりの魔女のローブを身に纏い、倒れ伏している銀髪の少女が一人。

 その隣には、見慣れたシェリー色の魔法石が粉々に砕け、木っ端微塵になった杖の破片が散らばっている。その近くには、無造作に転がった赤と金の水晶。


――なんだ、これ。

 頭の中の思考が、追いつかない。

 目の前の少女は倒れ伏したまま、ぴくりとも動かなかった。


「……リラ?」

 恐る恐る手を伸ばし、少女の体を抱き起こす。

 倒れていた彼女の体は、とてつもない熱を持っていた。

「……っ!」

――熱い。まるで焼いた鋼を押し付けられたかのような熱さ。皮膚がジリジリと焼けていく感触に歯を食いしばりながら、必死に少女の顔を見た。


 固く目を閉じた顔は、どこか幼い。着ているローブも布が大いに余っている。

 でも、間違いなくリラだった。

 何度も焦がれたひとの顔を、僕が間違えるわけがなかった。


 真っ白な顔をして、眠ったように。彼女は周りを焼くような熱を発したまま、ぐったりとして動かない。

 何度も名前を呼んだけれど、返事はない。

 目を、覚まさない。

 

「リラ……? リラ、目を開けて」

 全く動かず、首も全身も、くったりと力を失ったまま。


 この腕を焼く痛みもどうでも良くなる程、全身の血の気が、引いていく音がした。


「リラ、なあ、冗談だろ? どうしたんだ、目を開けて」

 だらりと抵抗なく床に落ちる彼女の手は、不自然なほど静かだった。


 瞬間、自分にとって一番耐え難い可能性が、一番悪い可能性が、頭を巡った。

――もし、彼女がこのままずっと目を覚まさなかったら?


 先ほどからぐるぐると思い出す記憶が、さらに嫌な予感を倍増させた。

『私は帰る』

『ああ、もう帰るの? 気をつけて』

『ああ。じゃあな』

――さっき、『また』がなかったのは。「じゃあまた」ではなく、突き放すような「じゃあな」だったのは。

「会う気がない」のではなく、「会えなくなる」からだったのでは。

 まさか、あれが最後の会話の、つもりだったのではと。


 喉が、ひくりと震えた。

――違う、違う、そんなはずがない。リラが、何も言わずに死ぬはずがない。

 嘘だろう? これは全部、悪夢だろう?


『相変わらず、貧相な格好してるな。お洒落すれば?』

『聞こえないな。もっと大きな声で話しなよ』

『偉い偉い、身の程をよくわかってるじゃないか』

 全部本心なんかじゃ、なかったのに。あんなことしか言えなくて。喧嘩腰にしか話せないまま。


「……待ってくれ」

 まだ君に、伝えられていないことがあるんだ。

 話せていないことだらけなんだ。


――ああ、僕は本当に馬鹿だ。

 いつか? また次? そのうちに?

 その『いつか』は、保障されているものではなかったのに。

 ああ、でも。そんなことになったのも全部、自分のせい。


「リラ、お願いだ、目を開けてくれ……!」

――もし、この世から、君がいなくなったとして。

 僕はそんな世界に、耐えていけるだろうか。君のいない世界に、息をして、足を踏み締めて歩いていける気がしない。

 立って、息を続けられる気がしない。

――君が死んだら、僕の生きる意味がない。


 例え、君が僕を嫌いになっていたとしても。なんとも、思っていなかったとしても。

『幸せになるよう、祈ってるよ』

 そんなことを言って、僕のことを特別に思っていなかったとしても。

 僕にもう、二度と微笑みかけて、手を差し伸べてくれないとしても。

 生きているだけで、顔を見られるだけで、もう――


「いい加減、俺に気づいてくれませんかね。師匠から早く離れてください、あんたの腕が死にますよ」

 憎たらしい聞き慣れた声と共に、背後から不意打ちで弾き飛ばされた。

 

 リラを抱えたまま反射で受け身を取ると、腕が悲鳴を上げていた。服が爛れて破れ、肌まで焼けていたけれど。そんなことはどうでもよくて。

「……なんで来たんですか、あんた」

 彼女の弟子が、肩を上下させながら憔悴し切った様子で立っていた。

 その目は元の赤色ではなく、王家の空色の瞳になっていて。


「……この状況は、なんだ。リラは――」

 僕は呆然と彼に尋ねる。だって何も、聞いていない。

「生きてますよ。死のうとしてたけど」

「生きている」に対する信じられないくらいの安堵と、後半の言葉に対する冷たい錐をねじ込まれたような絶望が、同時に襲ってきた。


「死……?」

 死のうとしてたって、何だ。


「この大馬鹿師匠、俺を救うために死のうとしやがったんです」

 さっき、会ったばかりなのに。


「まさか相談もなく、こんな事をするとは思ってませんでした」

 一言も言わずに、こんな別れ方を選ぼうとするなんて。


「おかげで肝を冷やしました。何とか予定通り、上手くいって良かったです」

「予定通りだって……? これが?」

「そうですよ。お陰で俺の中から魔物は取り出されて封印、師匠は魔法をかけられる以前まで体の時間が逆戻り。万々歳です」

――何も聞いていない。確かに僕は魔法に関して門外漢だけれど、それにしたってこの男とは協力関係にあったはずだ。

「――なんで、何も言わなかった」

「……あんたが邪魔だからに決まってるでしょうが」

 忌々し気な舌打ちと共に、鋭く責めるような一瞥が返って来た。


「大丈夫だと思ったのに……まさかこんなに早く来るなんて」

 その言葉と表情を見て、僕は察した。

 こいつはリラを、このまま連れて行く気だったのだと。

 僕にリラを救える時期も方法もぼやかして明言しなかったのも、全部そのためで。

――今ここに僕が間に合っていなかったら。彼女は奴に連れていかれて、僕には手が出せない場所にいたに違いなかった。


 そうはさせまいと、肌が焼ける痛みに耐えつつ、リラを離さずに奴を睨みつける。

 じりじりと奴と無言で睨み合っていたのはどのくらいだっただろう――ややあって、奴はため息を吐きながら「まあいいや」と踵を返した。


「師匠は王に自分が『任務を果たして死ぬ』と手紙を出しています。王がそう思い込んでいる間に、師匠をできるだけ保護してください。俺が復活した王子として王城を歩き回って奴を焦らせ、奴の尻尾を掴む。そこは師匠を救うためなんで、協力お願いしますよ。詳細は後で追って連絡します」

「……分かった」

 どうやら、どういう訳かは知らないがリラを連れて行くのは諦めたらしい。ほっと息を吐いていると、「ただし」と硬い声が飛んできた。


「――隙があったら、すぐつけ込みに行きます」

「は」

「師匠にバレたら面倒だし、服だけは直しときます。俺は治癒魔法苦手なんで、まあ肌は頑張って治してください。……師匠は大丈夫です、魔法の反動なだけで熱はもうすぐ引きます」

 僕の言葉を遮り、奴が魔法で僕の焼け爛れた服を直す。そして彼はじろりとこちらを睨み、言い捨てた。

「早くここから出た方がいいですよ。くれぐれも師匠を巻き込まないよう、彼女に気付かれないでくださいね」

 そう言い放って、奴が目の前から消える。相変わらずの見事な移動魔法。

 残された僕は、ぐったりとしたままのリラをそっと地面に下ろした。確かに服が焼かれてしまっては、彼女は確実に何かに勘づいてしまうだろう。つい数刻前に彼女と会った僕の服がボロボロなのはおかしい。


 じっと眺めているうちに、彼女の胸が少し上下していることに気づいて、ほっと息を吐く。

 あまりに気が動転していた自分に、慄きつつ。


 このまま、彼女が目を覚ますまで見守りたいけれど。

 彼女が僕にこうなることを言わなかったのは、何か事情があるのだろう。それをぶち壊して彼女を困らせる勇気もなくて。

 何より、僕とあの弟子――アムレンシスの企みを、彼女に気づかれてはいけなかった。

「……上で、待ってるから」

 返事の返ってこない囁きを一つ落とし、僕は地下室を後にして。

――そうして、屋敷のすぐそばで、君が出てくるのを待っていた。


 待っている間、君からの手紙が魔法で僕の手元に届いて。

『拝啓、オルクス・ラ・オルレリアン公爵殿。

 弟子と旅に出ることにしました。

 家の鍵の一部をうっかり閉め忘れてきてしまったので、この手紙が届いたら、下記の図面の場所の鍵を閉め、最後に屋敷の施錠を確認してください』


――どこが、『旅に出る』だと、胸が痛くなった。

 何も言わずに、永遠に別れるつもりだったんじゃないか。

 それはあまりに、残酷すぎるだろう?

 そう思って、泣きたくなって。

『破滅の魔女』の噂話が聞こえてきて、思わず過剰に反応してしまっていた時に。


――君が屋敷から現れて、本当に嬉しかったんだ。

彼女は小さくなった反動かまだ手足の制御がおぼつかないようで、ものの見事に転んでいた。

「……リラ?」

「そうだ」

 ああ、そうだ。事情を知らないふりをしなければならないのだった。

「君、なんで身長縮んでるの? 怪我は? ていうかさっきの見事な転びよう……」

 そう、彼女に勘づかれないために、いつもの皮肉っぽい接し方を心掛けないと。

 いつも通りを心掛けながら、彼女の意思は尊重して、嫌われないよう陰から見守りつつ保護しなければ。


 吹き出すふりをしていると、「言うに事欠いて早速吹き出すな」と呆れ声で言われて。

――ああ、本当にリラだ。魔法を解かれたリラが、やっと触れ合えるようになったリラが、生きて動いて目の前にいる。

 

 感極まるあまり涙が出てきて、僕は慌てて片手で顔を覆った。

「ダメだ、笑いすぎて涙出てきた」

――そう言って、誤魔化しながら。

 彼女とこうして話が出来る奇跡を、噛み締めながら。


 リラ。これが、僕が吐いた唯一の嘘。

 僕は「あの日」屋敷の外に居たんじゃない。地下室に居て、そして上で君が出てくるのを待っていた。


 君が死んだかもと思った時、僕の生きる意味がないと思った僕を、君は一体どう思うだろうか。


 君が死んだように倒れていたあの光景を繰り返し悪夢に見て、未だにうなされる僕を、君は一体どう思うだろうか。


 夜、君が近くにいないとあの日の悪夢にうなされる僕を、いつも君が生きているか不安に駆られる僕を、君は一体どう思うだろうか。


 重いと言うかも。そう、僕は歪んでるんだ。

 だってこんなに時が経っているのに、君にしか執着できない。君しか好きになれない。

 おかしいだろう?

 だから、こんなに歪んでいる僕を、君は知らなくていいよ。


 だけど一つだけ、約束してほしい。

『君を一生、大切にすると『約束』するよ。――だから、生涯、俺の元を離れないで』

 リラ。お願いだから、頼むから。

――もう二度と、俺を置いて、いかないで。

ということで、冒頭のオルクスの両腕にあった火傷はこれでした。


重ね重ね投稿が遅くなり、申し訳ございませんでした。

ブクマ、いいね、ご評価、ご感想本当にありがとうございます……っ!!!

いつも大変励まされております……! 読者様の優しさが身に染みます……!!


あと少しまだ続くので(本編終わってもオルクス陣営側の視点等は細々と書きたいなとは思っておりますが)、どうかよろしければお付き合いいただけますと幸いです…!

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