表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第一章.元『破滅の魔女』と幼馴染の騎士】
7/88

1-7.役立たずになった魔女

「何が、と言っても」

 リーベラは躊躇いながら口を開いた。

「まずは杖を作り直して、魔法をまた使えるようになれば何でも……」

「忘れたの? 君が杖を使っていたのは、その強すぎる力を制御して自在に使いこなすためだ。杖がなくても、君は魔法を使えるはずだよ」

 オルクスの淡々とした口調に、リーベラの肩が一瞬震えた。それを見つつも、彼はさらに畳みかける。


「例えばそうだな……このハンカチ。これを浮かせてみてごらん。力の制御をミスって裂けても別に構わない」

 オルクスが騎士服のポケットから、濃い藍色の布地を取り出す。リーベラはしばし黙ってハンカチとオルクスを見比べた。

「い、いいのか」

「いいって言ってるじゃん。ほら早く」

 オルクスが自分のハンカチを、白手袋を嵌めたぞんざいな手つきでポイと木製のテーブルの上に放り投げる。リーベラは少し離れた立ち位置から、そのハンカチめがけて右手をかざす。

 彼女の右手の平を見て、なぜだかデルトスがはっと息を呑む様子が、リーベラの視界の隅に映り――次の瞬間、彼女は呆然と呟いた。


「……なんで? 魔法が、使えない」

 自分の手から、何の魔力も出てこない。今日の、この姿になる前は、金色の光をまとう魔力が確かに自分から出ていたのに。

 遠く離れたテーブルの上にあるハンカチ一つくらい、浮かせるなりなんなり、息をするようにできたはずなのに。オルクスの言う通り、たとえ杖がなくてもだ。


「やっぱり、そうか」

 オルクスが真面目な顔つきでリーベラの顔をじっと見遣る。彼女は手を震わせながら、そこにぼうっと突っ立っていた。

「おかしいと思ったんだ。僕が君から昔預かった鍵を使ってこの屋敷に入った場合、入った後は自動で鍵が閉まるようになってた――リラ、君の魔法でね。それが今回は、作動してなかった」

 リーベラはぼんやりと目を見開く。そして思い出した。


――『不具合か?』

 今日この姿になってから外に出るとき、自分自身が呟いた言葉だ。あの時、扉が自動で閉まらなくなって不思議に思ったことを、今更ながらに思い出す。

「不具合、なんかじゃなかったんだ」

 リーベラの全身が震え出す。

「そもそも、私自身の魔力が、なくなってたからなんだ……」

 魔法には、いくつか種類がある。そのうちリーベラが屋敷の扉にかけていたのは、持続的に一度開いた扉を自動的に都度閉められるようにする魔法。これは日々何度も繰り返されることが想定される魔法のため、定期的に見直しが必要な魔法だ。


 ぐるぐると考えつつ、リーベラは最悪の事態まで考えてほっと息を吐く。

(……大丈夫だ、アドニスの封印に使ったのは永久魔法。たとえ私自身が死んでも、決して解除されることのない魔法)


 だからこそ代償が大きく、リーベラは死ぬことを想定していた。そのくらいの魔法が、この屋敷の地下室にかかっている。

 例え自分自身の魔力がなくなったとしても、あの魔法が破られることは――封印が解かれることは無いはずだ。

 一番の懸念点が自分の中で問題解消されて、リーベラの身体の震えは一度小さくなった。

 が、しかし。


「私が役立たずになったことに、変わりはないな……」

 リーベラは呆然と呟いた。今までの人生、自分の魔力と魔法の力、それ一本のみで生きてきた。

 なのに、それが使えないとは。

 自分の存在価値を一気に失った気分だった。


「うん、だからね」

 一人自分の世界に入り込んでしまったリーベラの隣に立ち、オルクスがこほんと咳払いをする。その様子を、デルトスは固唾を呑んで見守った。


「リラ、君に僕から一つ提案が。よかったら、これから僕の屋敷に……」

「……ちょっと、外の空気を吸ってくる」

 リーベラがふらふらとした足取りで歩き出す。しかもその足取りはおぼつかないのに、やたらとスピードだけは速い。


「え、ちょっと、リラ?」

「オルクス様、多分完全に言葉聞こえてないです。先にそんなにショックを与えるから……」

 デルトスがやれやれとため息を吐きながら肩をすくめると、凍てつくような視線が彼に降り注いできた。デルトスは顔を上げ、その場に凍り付く。


「デルトス。ちょっと留守番、よろしく」

「……は、はい」

 ひくりと口を引きつらせながらデルトスは言葉少なに敬礼し、自分の上司がリーベラを追って部屋から消えていくのを見送った。


「満面の笑みなのに目が笑ってないの、まじでおっかねえあの人……」

 デルトスは心から縮み上がりながら、上司の幼馴染である、あの美しい魔女の無事を祈るのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ