4-20.遠回りの果てに
またも日付跨いですみません…。
どうか、お楽しみいただけますように祈っております。
「――そもそも、俺はそんなに出来た人間じゃないから」
自嘲気味に薄い笑みを零しながら、オルクスがリーベラの銀の髪にそっと指を通す。
「君と何故かずっと会えなかった間に、君の隣に別の奴が現れて、嫉妬で気が狂いそうだった」
そうしてゆるゆると、彼は顔を伏せてリーベラの肩に額を乗せた。
「……君に、怖がられてたのは分かってて。それ以上怖がらせたくなくて、でも会いたくて。居ても立っても居られなかった時に、奴が俺のところに来て」
オルクスの告白に、ゆっくりとリーベラの体が、静かに震え出す。
――ああ、待って、もしかして。
「そこで、奴の素性と『筆頭魔女』の本当の意味と――君が誰かに痛覚を奪われて、感情を鈍化させる魔法をかけられていることを聞いたんだ」
聞いた瞬間、リーベラの目の前は真っ暗になった。
――知られていたのだ、何もかも。
体の震えが止まらない。この世で一番知られたくなかったひと相手に、全部、知られていたなんて。
「……自分の無知と無力さを、あの時ほど呪ったことはなかったよ」
オルクスの腕が、リーベラの身体をゆっくりと抱きしめる。まるで、震えを抑えるかのように。
「奴が元の居場所に戻ることを俺が手伝う代わりに、君を救う手立てを俺と一緒に探させて、俺が君の傍に居られない間は、奴が君を必ず守ることを『約束』させたんだ。……『魔女』や『魔法使い』の約束は、絶対だから」
温かい腕に抱き込まれて、彼の手が優しく髪を撫でる温度を呆然と感じながら、リーベラの胸に重苦しいものがこみ上げた。
「……俺は君に、謝っても謝り切れない。何も分からないまま手探りで、何度も何度も、間違えた。……君の感情をどうにか動かしたくて、取っ掛かりを見つけたくて」
身体に回るオルクスの腕が、先ほどのリーベラの身体のように、少しずつ震えを帯び出した。声もどこか弱々しく、最後は語尾が完全に震えていて。
リーベラは身体の震えを必死に押さえつけ、彼の腕の中で首を振った。
「……違うよ、謝るのは私の方だ」
一度存在を無かったことにされた王子を、元の位置にまで戻す。しかも当時、アドニスの目は空色ではなく赤色で。そんな中、アドニスを王城に戻すまでに、果てしない困難があったことは間違いない。
しかも、途中で王に少しでもそれが発覚すれば、確実にオルクス自身の破滅は避けられない。そんな危険極まりない案件を、彼は引き受けたということだ。
――リーベラを救う手立て探しと、引き換えに。
(……なんて、無茶なことを)
熱く、重苦しいものが首元までのし上がって来る。じわりと熱が目元に到達しそうになりながら、リーベラは胸を詰まらせて口を開く。
「オルクスを、こんなことに巻き込んだ。本当に、ごめ」
「――違う。巻き込んだのは、俺の方だ」
言葉を遮り、オルクスの固い声がリーベラの体にずしんと響く。
「俺のせいで、君をこんな目に遭わせた。――つい数日前まで、俺は呑気にも知らなかった……っ」
オルクスの語尾が、震えている。切なく濡れた彼の声が、リーベラの肩口に籠もった。
肩も声も震わせながら、普段は飄々としたオルクスが、ただただ顔を伏せてリーベラを抱きしめる。
「……君を苦しめていたのが、俺の存在のせいだって知って。君から手を離すべきなんじゃないかって、その方が君は幸せになれるんじゃないかって、一度は思ったんだ、けど」
「そんなことない、オルクスのせいじゃ絶対無い。……だから」
――そんなことを、言わないで。
リーベラはじわりと目を見開き、首を振る。
『手を、離すべき』。
その言葉だけでも、胸が痛くて。
オルクスがゆるゆると首を振り、リーベラの言葉を否定する。そうして震える声で彼は言い募った。
「……なのに、それでもやっぱり、君を諦めきれなくて」
(……それは、私も、)
――同じなんだ。
大切過ぎて、自分などいない方がいいのではと、相手の幸せの邪魔をしているのではと、怖くなって。
そう、きっと互いに思って、すれ違った。
けれど。
「……どうしても、一緒に居たくて、仕方ない」
――諦めが悪くてごめん、と。彼の掠れ声が囁いて。
それも同じだ、とリーベラの目元に熱がこみ上げた。
「――だから、もう一度言わせてくれ」
ああ、オルクス。貴方も泣くことが、あるんだね。
いつも笑顔で、皮肉交じりに会話を交わして、からかわれることが多かったから。
彼は泣かない人だと、きっとどこかで、思っていたけれど。
「……リラ。君が一番好きで、愛してるんだ。ずっと傍に、君だけが傍に、居てほしい」
濡れた海色の瞳が、リーベラの瞳をまっすぐ射貫く。
彼の発したその言葉に、記憶の中で何かが蠢いた。
『――大事な人なの。私が「 」しまったせいで、あの人が危険に晒されるのは耐えられない』
『……何、訳の分かんないこと言ってんだ』
(……ああ、やっと、思い出した)
16歳の自分があの時、何と言ったのかを。
初めてアドニスと会った時、自分が言った『本音』を、何と語ったかを、「 」の内容を。
大切過ぎて、手を伸ばすのがずっと怖くて。
だけど諦めきれなくて。
いつもいつも、ふと目を転じて何かを見るたびに、その人のことを思い出してしまって。
その人が笑顔でいれば、自分も嬉しい。
――苦しんでいると、自分も苦しい。
「オルクスのせいなんかじゃ、絶対ないから」
――悲しい泣き顔を見ると胸が痛む。
「ずっと守ってくれて、救ってくれようとして、ありがとう」
――何度もすれ違ってきた、今なら分かる。
「傍にいてくれて、本当に嬉しかった」
――ずっと傍に居たくて、傍に居てほしくて。
「わたし、も……」
この気持ちはとても愛しくて、伝えるのがとても怖くて。
言ったら最後、この瞬間が、消えて無くなってしまうのではないかという恐怖が一瞬、沸き起こる。
でも、もしその気持ちが通じ合えたなら、伝え合えたなら。それはとてもとても、素敵なことだと。
目の前の彼の瞳に映る自分を眺めながら、彼の瞳の熱さを感じながら、リーベラは思う。
だから。あともう少し、勇気を出してと。
自分に言い聞かせて、口を開く。
「……私も、オルクスを『愛して』る。――だから、ずっと一緒に、居させてほしい」
長い長い、遠回りの果てに。やっと思い出した言葉を、リーベラは紡ぎ。
瞳から一筋、涙を零した。
――ああ、やっと、言えた。
そう思いながら、後から後から雫が溢れる。
「……リラ」
オルクスが掠れ声で囁き、そのすらりとした指でリーベラの涙を拭う。
「俺は、だいぶ歪んでるから。きっと君は、俺から離れたくなることもあるかもしれない」
そんなことあるわけないと首を振り、リーベラは震える口を開いた。
「……むしろ、知ってると思うけど、私、『変』、だから」
そう、ずっと怖かった。
『変』だと、『異質』だと見做されて、嫌われるのが、拒絶されるのが、失望されるのが、見放されるのが怖かった。
「ーー君が『変』なら、俺なんてもっと変だよ。というか、みんな変だよ」
柔らかい声と共に、オルクスの視線が優しく降り注ぐ。
「君がどんな姿でも、君は君だ。俺は変わらずずっと、君が好きなままだった」
そうしてオルクスが、まだ薄く波を帯びた瞳でリーベラを覗き込み、見る者すべてを惹きつけるような、とろけるような笑みを浮かべる。
「リラ。君を一生、大切にすると『約束』するよ。――だから、生涯、俺の元を離れないで」
魔女との約束だと囁かれて、リーベラの胸に熱いものが込み上げる。
ーーそれは。約束を破ったら、依頼者に罰が下る契約だ。
「……破ったら、オルクスに罰がくるよ」
「破らないよ、絶対に」
だから、ほら、早く。
そう言われて、リーベラの瞳からまた雫が溢れ。
「……うん、『約束』だ」
胸の中に煌々と温かい火が灯るのを感じながら、リーベラは目を細めてそう答える。
今ここに、自分をここに繋ぎ止めてくれる約束が、1つできて。そのことがとても、嬉しかった。
――ああ、私、この感覚と記憶を、もう絶対に、忘れない。
夜風と、彼の微笑みと、この温かい手と、温かい言葉と約束を。
砕けかけた心を、オルクスが、アドニスが、フローラが、エルメスが、デルトスが、皆がそっと拾い上げてくれて。
そうして巡り巡って、いま自分がここに立てていること。
ずっとずっと、氷の上で浅く息をしていた自分を、救おうとしてくれていたひとが、いたこと。
「傍にいてほしい」と言ってくれるひとが居てくれる奇跡を。
「好き」の気持ちを、伝え合える奇跡を。
まだ、問題は山積みで。この世界は歪んでいて。
だけど。
もしこの先辛くなったとしても、きっとこの瞬間を思い出すだけで、乗り越えていける。
「……おかえり、リラ。君がここにいてくれて、本当に嬉しい」
――大好きな人が隣に、ずっと居てくれる。それだけで、強くなれる気がする。
「……ありがとう、ただいま」
それだけでもう、何も怖くない。
またも投稿遅くなり、本当に申し訳ございませんでした。。。
いいね、ブクマ、ご評価、本当に本当にありがとうございます!
展開と表現に唸りながら悩んでいたので、本当に嬉しかったです…!
まだ少し続きますので(やっとオルクス視点が書けるようになる)、よろしければお付き合いいただけますと幸いです…!




