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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第四章.『最愛』のひと】
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4-19.空色の魔法石

改稿に苦戦し、翌日投稿になってしまいました…本当に申し訳ございません…

どうか、少しでもお楽しみいただけますように。

 夜風がさらりと髪をそよがせる中、リーベラの思考はしばし停止する。

(……聞き間違い? いま、「けっこん」って言った?)

 熱を持った身体と頭を冷たい風が撫でていくけれど、一向にその熱が冷める気配はなく。

 むしろ、オルクスに抱きしめられている今の現状を、その風がまざまざと浮き上がらせてきて、リーベラは更に混乱した。夜風に晒されても、身体が熱いままなのだ。


「……リラ、まさかとは思うけど」

 状況が飲み込めずに呆然としているリーベラの顔の横で、オルクスがゆっくりと口を開く。

「『結婚』っていう言葉の意味を知らない、とか言わないよね?」

「……いや、流石にそれは分かるけど」

――本当に、結婚と、言っている。

 これは聞き間違いではなさそうだ。だが、何が起こったのかが理解できなかった。


「……じゃあ、なんで黙ってるの」

「いや、あの、ちょっと、ええと、状況把握に時間を要してて」

 湖畔の水面のように静まり返ったオルクスの声に、リーベラはぐらぐらとする頭と戦いつつ、言葉を返す。

(どういうことだ。オルクスには婚約話が、あるのでは)

 一拍置いて回らぬ頭で思考を巡らせようとして、考えが纏まらないまま、混乱の坩堝(るつぼ)の中で再び口を開き。


「ええとあの、それはつまり、側室にってこと……?」

「――は?」

 言葉を発した途端、氷点下に急落したかのような、オルクスの冷たい声が耳に突き刺さった。

「……」

 そのまま、彼は無言でゆっくりと体勢を変えていく。彼の手に首裏をしっかりと支えられたまま、彼の両腕の中で、彼の顔から数センチのところで真正面から向き合う形に、リーベラは座らせられて。

 恐る恐る視線を上げると、絶世の美丈夫が微笑みながらこちらを見つめていた。

――最上級に、笑わない目で。


(……まずい。多分、言う言葉を間違えた)

 フローラとデルトスがオルクスの笑顔に震えあがっていた気持ちが、今とてもよく分かる。しかもその目の笑わぬ笑みを、彼の目と鼻の先で顔を固定され、一対一で見つめなければならないこの現状。

 もう、絶体絶命だった。


「いま、なんつった?」

 いつものオルクスの丁寧な口調が完全に崩れ、懐かしい響きに戻っている。

 が、この状況ではそんなことに思いを馳せている場合ではなかった。

「なんで、君が側室なわけ」

「……えっと、王女様と婚約予定だから……?」

 じりじりと間近でオルクスの冷たく燃え上がる眼差しの先に晒され、ついリーベラは言ってしまい。

――胸が、軋むように痛い。

 自分で、自分の言った言葉に傷ついた。


「……え? 誰が?」

 そうして、オルクスがゆっくりと表情を変え、眉根を僅かに寄せるのをリーベラは見て。

「……え、オルクスが」

 答えると、一瞬2人の間に沈黙が落ちた。

 片方は強張った顔で、片方は困惑して眉を顰めた顔で、互いに見つめ合いながら。

「……」

 沈黙の中で、オルクスの瞳が揺れ始め。ややあって彼はどこか途方に暮れた顔で、ぼそりと呟いた。

「――ああ、なるほど。そういうことか」

 そのまま彼はゆるゆると顔を伏せ。息と胸を詰まらせながら体を硬直させているリーベラの肩に、こつんと額をぶつけて、その動きが止まった。


「完全に、やられた」

「……ん?」

「あの王族銀髪兄妹、嵌めやがったな……どうもおかしいと思ったんだ」

 静かにため息を吐き、彼が顔を上げてリーベラの顔を覗き込む。熱のこもった真剣な眼差しに射抜かれて、リーベラの心臓はどくりと不自然な音を立てた。


「あのな、リラ。俺は王女と婚約予定なんかじゃない。……確かにそんな話を持ち掛けられたこともあったけど、即断ってる。当たり前だろ」

「……へ」

「その話、おおかた君の弟子にでも聞いたんだろ。完全に嘘だ」

――確かに、アドニスから、その話を詳しく聞いたけれど。

「……いや、嘘だとしてもなんでそんな嘘を」

「大体理由は予想できるけど、君は知らなくていいよ。とにかく嘘だから」

 そう言ってばっさりと躱される。完全に取り付く島もない口調で、リーベラは口をつぐむ他なくて。


(……いや確か、他にも王女様からも話を聞かされた気が、するけれど)

 リーベラが戸惑っていると、オルクスが眉根を顰めて更に顔を近づけてきた。


「……まだ疑ってる? 他に、誰に何を、聞かされた」

 一言一言区切るような言葉に、オルクスの怒りが滲んでいるのを感じ。「言ったら告げ口みたいで良くないな」とリーベラが無言で頭を振ると、目の前の彼の瞳がすうと細められた。

「――あとは、王女本人とかか?」

 まさかの図星を言い当てられて、リーベラは身体を強張らせる。


 なぜ分かったのかと思いつつも言えずに呆然と首を振ると、「君の嘘は分かるって言ったろ」とため息が返って来た。

「俺があまりに即答で断ったから、確かちょっと怒らせた。その腹いせかもしれない……彼女には俺からきつく言っとくよ」

「いやいやいやいや、そんなことしなくていいから」

 一体どんな断り方をしたらそうなるのだと思いつつも、リーベラは慌てて首を振る。王女様には会ったこと自体を口止めされているし、面倒なことになりそうな予感しかしない。


「だって、君があまりに信じてくれないから」

「分かった信じる! 信じます!」

 だから、王女様に直談判はやめていただきたい。リーベラが必死で頷くと、オルクスは目と鼻の先で、にこりと天使のような笑みを浮かべた。

 が。

「うん、その表情は嘘だね。これはまだ、信じてないな」

「……っ」

「君に俺の言葉を信じてもらえるまで、何でも答える。だから、何でも言ってみて」

 艶のある熱っぽい声で真剣に間近で囁かれ、氷のような芯の強さを秘めた熱い瞳に、少しでも動けば鼻がぶつかりそうな距離で見つめられる。

 首裏に回された手が、つうと首筋を静かに撫でて、思考をゆるりと溶かしていって。

 もう思考も感覚も限界に近いというのに離してもらえず、リーベラは息も絶え絶えに、思いついたことを口から放り出した。


「じゃ、じゃあ左手の薬指の指輪は、なんだったの……?」

 言った瞬間、リーベラの首筋を撫でていたオルクスの指が、ぴたりと止まった。


「――ああ、あれね」

 オルクスの瞳に、翳りの色が差し込む。自嘲するような微笑みを浮かべつつ、リーベラの首筋から手を離さぬまま、彼は騎士服のポケットにもう片方の手を入れた。


「あれを君に見られたのは、俺のミスだ。動揺してて、どうかしてた」

――やっぱり、あれには何かがあるのだ。

 見た瞬間の絶望を思い出し、彼から王女の婚約話はないと聞いたばかりなのに、また胸が沈んでしまう。


「……本当は、言うつもりはなかったんだけど。ここまできたら、話すしかないね」

 そう、どこか切なげな表情で微笑みながら、オルクスがポケットから取り出した『それ』を、手のひらの上に差し出した。

 それはリーベラの記憶通り、銀色の指輪で。


(……あれ)

 一目見て、リーベラは目を見開く。

 そこにあるべきものが、なくなっていたからだ。

(……指輪の上の空色の宝石が、なくなっている)


「……リラ、君のその手に持ってる目潰しの小袋の中、開いてみて」

 言われて、自分が先ほどから目潰しの粉末が入った小袋を握ったままだったことを、リーベラは思い出す。

 状況把握に必死すぎて、すっかり忘れていた。


 言われるがまま、彼に見守られながら小袋を覗き込み。

 リーベラは、息を呑んだ。

――銀色のものが、袋の中に、ある。


「さっき王には、俺が君を追って来られた理由を追跡魔法だって言ったけど……本当は少し、違うんだ」

 オルクスの囁き声を聞きながら、リーベラは恐る恐る袋の中から『それ』を引っ張り出す。


「対になっててね。君が持っている方が起点の、召喚魔法がかかってるらしい」


――手の中の袋に入っていた『それ』は、銀の色の指輪で。


「……互いに一定距離離れた状態で、君が会いたいと願ってくれながら、俺の名前を呼んだ時。どんな所にでも君の元に、俺が一度だけ行ける――そういう魔法が、かかってた」


――その指輪の上には、宝石を嵌める部分の土台はあるのに、何もなくて。


「さっきもう、その一回きりを使い終わったけど」


 まるで、使い終わったら消える魔法石が嵌っていたかのように。


「君はいつも、その袋を持ってたから。その袋に入れれば、君がそれを持ち歩くことになるだろうと思ってた。今となっては本当に正解だったよ。――君を助けに、行くことが出来た」


 そうだ。結界魔法は外からの防御に強い代わりに、内側からの動きに弱い。だからリーベラは、任務時に閉じ込められた時、よく窓をぶち破って脱出していた。


 あの時、リーベラがオルクスの名前を呼んで、部屋の「内側」から召喚したから。だから結界魔法の施された中でも、オルクスが来ることが出来たのだ。


 青い光と共に、神様みたいに現れて。


(……青い、光)


――青。そうだ、青色だ。

 かつてリーベラに睡眠魔法をオルクスが使った時も、青い色が迸っていた。

 彼は魔法が使えない。使いたければ、魔力を持つ誰かから、魔法石を借りるしかない。

 あの指輪の宝石が、魔法石だとしたら。

 王家の瞳と同じ色の、魔法石だったとしたら。

 王家の誰かがオルクスに、その魔法石を貸していたはずだ。


(……ああ、そうだ。どこか、引っ掛かってたんだ)


『あの彼が君を置いて? 君を担いででも一緒に行きそうなのに』

『そもそもあいつとは、最初のあの一回しか会ってませんし』

――おかしいんだ。一度しか会っていないはずならどうして、オルクスはアドニスの人格を知っているような口を利いた?


『……君、()()()()()()()()()()()()()? 嘘だろ……?』

 さっき窓を内側から壊して連れ出してくれた時、オルクスはそう言った。

――どうして、私が窓からの脱出を、()()()やっていたと知っている。


 それに。

『元の位置に戻るための足場を作って』と、アドニスは言っていたけれど。王宮内でツテもなしに、一度捨てられた王子の足場が作れるわけがない。

――誰か有力者かその関係者の、手引きが最初になければ不可能だ。


(……まさか)

 リーベラは震える唇で、口を開く。

「……オルクス、いつからアドニスと繋がってたの?」


 揺れる瞳でオルクスを見れば、静かに何かの沙汰を待つような、少し憂いを帯びた彼の瞳がこちらを見つめていて。

「――最初から。君の元に、あの弟子が来た頃から」

「……え」

 彼がその目を眩しげに細めながら、リーベラの頬にそっと手を当てる。甘い痺れに身をすくめると共に、リーベラはその場に固まって。


「10年前、君を救う方法を探せるかもしれないと、取引を持ちかけられて――俺はあいつと、手を組んだ」

 身を強張らせるリーベラの耳に、低い囁き声が落ちた。

通勤電車の中でこれを書いています(まじで自転車操業)

投稿が遅くなり、本当に申し訳ございませんでした。


昨日もブクマ、いいね、本当にありがとうございました!!本当に心の底から感謝の気持ちでいっぱいです…!


丁寧に書こうとしたら字数が膨らみました…次回に続きます…

ぜひ、お付き合いいただけると嬉しいです…!


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