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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第四章.『最愛』のひと】
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4ー16.空色の瞳

すみません、昨日の更新分のテコ入れバージョンです…!

2日連続、本当に申し訳ございませんでした。

どうか、お楽しみいただけますよう祈っております…!

 魔女のローブの裾が、風に煽られ、はためいている。

 窓をぶち破って飛び降りていると即座に理解できたのは、先ほどのガラスの砕け散る音と、この感覚に散々慣れていたからだ。

 唯一いつもと違うのは、自分一人で落ちているのではなく、自分を抱きかかえてくれている人物が一緒だということ。


(……駄目だ、このままだとオルクスが危ない……!)

 自分から先に下へ落ちるように空中でリーベラが体勢を変えようとすると、それを遮るように、身体に巻き付いたオルクスの腕にぎゅうと力が籠もった。

「ま……っ」

 リーベラが声を上げたのも束の間、ズシンと地面に落下し、2人は転がった。顔の下にはオルクスの胸元。

 慌てて身を翻して彼の上からリーベラがどこうとすると、オルクスの腕にまたも力が籠もり、それを阻まれた。


「……君、いつもこんなことやってたの? 嘘だろ……?」

 ため息交じりに聞こえてくる声。首元に顔が押し付けられているため、愛しい声と体温と鼓動が、頭へ直に響いてくる。リーベラはそろりと、声の主を見上げて口を開いた。

「オ、オルクス、無事? 大丈夫?」

 滞空時間的に、恐らく2階あたりから落ちたはずだ。

(オルクス、もしどこか打ちどころが悪かったら、どうしよう)

 想像するだに、身が震える。動揺するリーベラの頭に、そっと彼の手が乗ってきて、苦笑の気配がそこから伝わってきた。


「いやそれ、僕の台詞だからね」

「受け身取ってるから全然平気」と言いながら、オルクスがむくりと身を起こす。そうして彼は魔女のローブのフードを、リーベラの首元まで下ろした。


「……君は無事?」

 そう言いながら、彼の手がリーベラの髪を撫で、頬をそっと包み込んでくれるのを感じる。

――もう二度と、こうして触れてもらうことはできないと思っていた。

「……うん、ありがとう。お陰で無事だよ」

 慈しみながら触れてくれているような、優しい手つき。そして、こちらを目を細めて見つめている、その視線の温かさ。切なさに胸を打ち震わせながら、リーベラはこくりと頷き――

「……っ!」

 次の瞬間、身体全身を貫く痛みに息を詰まらせた。


(……アレスだ)

 まだ痛みの主導権は、彼が握っている。先ほどオルクスと飛び出てきた時に何があったかは分からないが、まだ自分を捕まえる気なのだろう。

「リラ、どうしたんだ」

 オルクスの焦ったような声が、頭上から響いてくる。彼の腕に抱かれているのを感じながら、リーベラはゆるゆると頭を振った。


 そして痛みの中で懸命に息を継ぎながら、彼に向かって言葉を絞り出す。

「……オルクス。私を置いて、逃げて。早く」

――早く、ここからできるだけ早く、遠くに。

 今ならまだ間に合う。自分がここに、留まりさえすれば。

 先ほど建物からは出てきたけれど、もうすぐアレスがここにも来るだろう。

 オルクス一人で逃げてもらって、自分がここでアレスを足止めして、当初の予定通りオルクスの身の安全を確保する「約束」を交わす。いや、確実に交わさせるようにする。


「……馬鹿なことを、言うんじゃない」

 低く、怒りを押し殺しているような声が体に響く。そしてそのまま、体が地面から持ち上げられる感覚がした。

「僕が、君を置いていくわけないだろう」

 そう言って、彼が素早く走り出すのを肌で感じた。

――ああ、これでは駄目だ。オルクスが危ない。

 無力な自分が、悔しくてたまらない。足手まといにしか、彼の疫病神にしかなれない自分が。


「……お願い、置いていって」

「駄目だ」

「お願い、だから」

「駄目だって言ってるだろ!」

 怒声がじんと耳から体に響き渡る。どうやら森の中に入ったらしく、彼が木々の間を走っているのが、ぼんやりと視覚から分かった。


「……すごい熱だ。リラ、どうした? あいつに何された?」

 心なしか、オルクスの声が震えている気がする。自分の顔を、表情を歪めながら覗き込む彼の顔を見て、リーベラは痛みに朦朧とする頭で思った。


(……オルクスもまるで、『痛い』みたいな顔してる)

「……大丈夫、オルクス? どこか痛い?」

「……俺じゃない。リラ、しっかりしてくれ。あともう少しでここから出られるから、早く医者に」

 震える手が、自分の体を抱きしめている。駆けつけてきてくれた。一緒に連れ出して、今も逃げて走ってくれている。


――それだけで、もう十分嬉しい。

(うん、もう、十分だ)

 そう思って、リーベラは痛みの中で口を開く。身体も胸も心も、つんざくように痛いけれど。

――オルクスが危険に晒されるのは、もっと私が『痛い』。

 だから。


「オルクス、おねが……」

 リーベラが口を開きかけた時、行手に青い光が現れた。

 今日幾度となく見ている、青い光だ。この先を予感して、リーベラの痛む体にじわりと絶望が広がった。


「――短時間で、よくこんな遠くまで。だけどもう体力が限界だろう、オルレリアン公爵」

 月明かりの下で映える、青と白を基調とした壮麗な服装の王が、目の前に立っている。

 表情にいつもの完璧な笑顔はもはやなく、その顔は苦々しげに歪められていた。

「……っ」

 無言でリーベラの体をさらに固く抱きしめたオルクスが、リーベラの足裏に回していた右手だけを外して剣を鞘から抜いた。

 その肩は確かに、震えながら上下している。人一人を抱えたまま長距離を走っていたのだ、相当体力を消耗しているはずで。


「その魔女を渡してくれ。彼女は王命の任務を放り出し、行方を隠して逃げた罪人だ。……オルレリアン公爵、今なら君の無礼も見逃してあげるよ」

 どうやら今度は罪人扱いされているらしい。

――ああ、駄目だ。早くあちらに行かなければ。

 目の前が真っ暗になりながら、リーベラは痛みの中で息絶え絶えに呟いた。


「……オルクス、おろ」

「離れるなって、言っただろ」

 ぴしゃりとした口調で囁いたオルクスが、剣を構えてリーベラを抱いたまま、静かに怒りの籠った視線でアレスを睨め付けた。


「――お断りします。リラは絶対に、渡さない」

 玲瓏な冷え冷えとした声が、闇夜を穿つ。

 一瞬、辺りがしんと静まり返った。


「……そう。なら、交渉決裂だ。仕方ない」

 表情を消したアレスが、懐から瞳と同じ色の青い水晶を取り出した。

――謁見室でリーベラが見た、水晶を。

 確かその時、その直後に、身を貫く痛みが襲ってきたはずで。

(……まさか)

 リーベラの顔から、ざあと血の気が引いた。


「――オルレリアン公爵、君も痛みを味わうといい」

「やめて!」

 リーベラの悲鳴と同時に水晶から青い光が漏れ出て、オルクスががくんと膝を折った。

「……っ」

 耳元で、オルクスの荒い呼吸が聞こえた。リーベラの瞳に、苦悶の表情を浮かべて苦痛に耐えるオルクスの横顔が映る。


「――リーベラ、君の痛みを彼に肩代わりさせた。これも全部、君のせいだ。君が私から逃げなければ、起こらなかった事態だよ。……ずっと我慢してやってたけど、もう流石に限界だ」

 目の前に、声を堪えて苦痛に耐えるオルクスの姿。

 アレスの言葉通り、リーベラの体からは痛みが完全に抜けている。

(……あの痛みを、私のせいで、オルクスが)

 一番、自分が恐れていた光景が、いまここにある。


――ああ、こんなことが。

 こんなことが、あって、たまるか。


「やめて、すぐ行くから、やめて!」

 オルクスの腕から抜け出そうとすると、彼の腕に力が籠った。痛みが身をつんざいているはずなのに、振り解けないほど途方もない力で。

「……駄目だ、リラ。行くな」

 唇を噛み締め、苦悶の表情を浮かべながらオルクスが絶え絶えに言う。リーベラが震える体で首を振るも、彼の手はどんどん力を増していって。

(……オルクス、やめろ。これ以上はもう、やめてくれ……!)


 その間にも容赦なく、王が滔々と言葉を畳みかける。

「リーベラ。君が任務をこなせなかったこと、私は知っているんだよ。君が死んだと思い込み、私が毒を食らって動けなかった間に、君の弟子が我が物顔で城を歩きまわっていたそうじゃないか――だから君とした『約束』の前提も崩れるだろう? 私はオルレリアン公爵を、いくらでもどうにもできる」

 リーベラの喉が、ヒュッと鳴る。

――ああ、それだけは。それだけは、やめて。

 お願いだから、オルクスにだけは。


「彼を助けたければ、私のところに君がおいで」

 地獄の淵が、目の前に見える。

 美しい悪魔が、愛しい人を助けたくばこちらへ来いと、手招きしている。


「い……」

「……リラ。大丈夫だから、行かないで」

 痛みに耐えているはずなのに、途方もない力がリーベラを押さえつける。もはや強いを通り越して痛いぐらいの力だった。

「何も、何も大丈夫じゃない!」

「大丈夫、なんだ」

 苦悶の表情を浮かべながら、息絶え絶えに言いながら、オルクスがただただ繰り返し――彼の口角が少し動くのを、リーベラは見た。

(……わ、らった?)

――どうして、と思ったのも束の間。


「どうした? ……来られないなら、私が行こう」

 アレスが冷たい微笑みで、こちらへ歩み寄りながら手を伸ばす。

 心臓が嫌な鼓動を立て、頭にその音が伝わって鳴り響く。

(……もう、一時凌ぎでもいい、とにかく時間稼ぎを、そしてダメージを……!)

 もうこうなっては、やぶれかぶれだ。リーベラは自分の懐に手を入れ、目潰しの巾着を取り出して。

 それを開いて相手に放り投げようとして――手首を不意に、強い力で横から出てきた別の手に握られた。


「――師匠、そこまでで。もう、大丈夫です」

「……え?」

 一瞬、何が起こったのか理解できずに、リーベラは硬直した。

 慣れ親しんだ覚えのある、声が『師匠』と呼んでいた。


「全く、見えないところでネチネチと。尻尾を掴むのにほんと苦労しましたよ――ねえ、アレス陛下?」

 呆気に取られて上を見上げ、目を丸くするリーベラの横に。

 

 銀髪で()()()()の、弟子がそこに立っていた。

2日連続、テコ入れ改稿という暴挙に出て本当に申し訳ございませんでした…。

ブクマ、ご評価、いいね、本当に本当にありがとうございます!!!!すごくすごく励みになります…っ!


そして2話分投稿するつもりだったのですが、急遽所用ができてしまい、もしかしたらもう1話は明日更新に回すかもしれません…申し訳ございません…


どうかよろしければ、もうしばらくお付き合いいただけますと嬉しいです!

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