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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第四章.『最愛』のひと】
63/88

4ー15.オルクスと王の邂逅

急遽非公開の上にテコ入れ改稿という暴挙に出てしまい、本当に申し訳ございませんでした…。

ひとまず第一弾です。

どうか、よりお楽しみいただけますように祈っております。

――なんで、という呟きがリーベラの唇から漏れる。一瞬、身を貫く痛みを感じなくなるくらいの衝撃だった。

 息の仕方も忘れて、目の前の背中を見つめる。

 服装は、先ほど別れる最後に見た、ラフな服装のままだ。違っているのは黒い剣帯と手袋を帯び、剣を手にしているところだけ。

 アレスの姿が勢いよくその人物に蹴り倒され、こちらを振り返った碧色の瞳と、金の夕焼け色の瞳の視線が、交差する。


 少しだけ、時間が止まったような心地がした。

 彼を目の前にすると、いつもそう。時が止まり、どうかこのまま止まったままでと切に願う気持ちに、いつもなる。


「……オル、クス」

――彼だと、自分の心が叫んでいる。

 もう二度と、会えない。そう思って、覚悟をしたはずなのに。


――ああ。どうしよう、全然、駄目だ。会うと、もっと駄目だ。

 側にいたい。その思いが迸り出て。

 瞬きしたリーベラの瞳から、涙が一筋溢れた。


「……リラ、こっちに」

 鼓膜を切なく震わせる声が近づき、リーベラの胴に手が回る。

 術者自身がオルクスに蹴り倒されて(うずくま)っているせいか、アレスから与えられていた痛みは体から抜けていた。


「とにかく今は、離れないでくれ」

 右手に剣を握ったまま、左手で抱きかかえられるように引き寄せられ、海色の瞳がこちらを覗き込んで揺れているのが、月明かりの下に見える。

 このまま離れずに、縋りつきたい気持ちで一杯になるけれど。


「……悪かったね、突然侵入されたものだから、つい反射で剣を。ところでオルレリアン公爵は、どうしてここにいるのかな」

 向こう側でアレスがゆらりと立ち上がり、余裕のある笑みを浮かべながら剣を腰の鞘に収める。

 外面を被ったいつもの『優しい王』が、そこにいた。


「……これはこれは、陛下。突然の乱入、申し訳ございませんでした。僕の幼馴染の様子がどうも最近おかしかったので、つい心配になって追跡魔法を……まさか、その先に陛下がいらっしゃるとはついぞ知らず」

 リーベラの体から手を離さず、オルクスが玲瓏な声で言って一礼する。


(……追跡魔法? いつの間に、そんなものを)

 オルクスには魔力がない。しかもここは、アレスの手の内の結界魔法の中だ。どうやってここに来られたというのだろう。

――あり得るとすれば、誰かから魔法石を借りている線だ。

 それも、「青い瞳」で、かなり強力な魔力の持ち主が作った魔法石を。


「……それは、随分微笑ましい仲だね。まあいいさ、その仲に免じてこの乱入は不問に付そう」

 対するアレスの片眉が、微笑の中で少しぴくりと動いたのをリーベラは見た。

 混乱する頭のまま、この状況をどうにかしなければと必死に考えるリーベラの前で、アレスがこちらに手を伸ばす。


「話が途切れてしまったけれど、リーベラ。君との話を済ませようか」

 手を差し出されて、反射的にリーベラの体が強張る。積み重ねてきた彼への畏怖に、抑圧されてきた過去に、体が思わず竦むのだ。

 強張った肩を、オルクスの手がぎゅうと更に強く無言で掴んでくる。


「こっちにおいで、リーベラ。そのままじゃ遠いだろう。わざわざ私を呼び出したのだから、早めにした方がいい話なんじゃないのかい?」

 リーベラが王を呼び出したことにされている上に、王の近くへ行ったら最後、頭に触れられたら最後、オルクスに関する記憶を消される未来が待っている。

(……ああ、ここでも、王は嘘をつくのか)

 その、美しい聖者のような顔で。

 オルクスに蹴られたことなど造作もなかったように堂々と佇み、天使のような微笑みを浮かべるアレスの姿。

 甘い笑みだが、その姿はさながら地獄へ引き摺り込む悪魔に見えた。


「……先ほどの約束は、どうなりますか」

 震える声を抑えながら、リーベラは声を低くして尋ねた。

 もう、これしか方法がない。


『約束するよ、リーベラ。君が私の隣にずっと居てくれさえすれば、もう何も要らない。オルクスの身の安全も保障しよう』

――そう、魔女との約束は、絶対だ。

 この場合の契約を持ちかけた「依頼者」は王自身だが、少しでもリーベラに魔力が残る限り、その契約は効力を持って結ばれる。双方合意の、言葉と共に。


 魔女が依頼に答える代わりに、依頼者が誓いを破るとその者に罰が下る、「魔女の約束」。

 オルクスを守るためには、もうこの手段しかなかった。


「ああ、あの話か。もちろん約束するよ」

「……本当に、誓えますか」

 オルクスの前では、全容が言いづらい。彼には知らずにいてほしくて、リーベラは言葉少なにそう返した。


「……リラ、何の話をしてるんだ」

 いとしい人が、固い声で囁きかけ、肩を抱きしめてくれている目の前で。その人を地獄に突き落とすことができる悪魔が、そこにいる。


――こんなにも自分の無力さを、呪ったことはない。

『王の犬』。逃れられない紋章の印。

『変』になってしまった、欠陥品の自分。

 魔力がほとんどなくなり、取り柄もない。今持っているのは、身一つと目潰しの粉のみで。

 例え今、この場で目潰しの粉を撒いたとして、王に反抗して体術で攻撃を食らわせたとして、この場から立ち去って逃げたとして、それは全く対処にならない。むしろ、事態の悪化を招く。

 目の前のこの男の言葉一つで、いとも容易く人の人生が左右される。そういう力を、アレスは持っていた。


――本当に、この世は腐っている。歪んでいる。

 皮肉にも、目の前のこの男自身がそう口にしたように。

 生まれで、立場で、生まれながらに持っているモノで、既に決まっているものがあって。努力でそれを覆すことは、果てしなく難しい。


 この自分は、「持たざる者」の側だから。

 だけど、大切な人には、傷つかずに生きていてほしいから。

(……こうするしか、ない)

 その無力さが、こんなにもとてつもなく、悔しかった。


「ああ、誓うよ。どうしたんだい、そんなに改まって」

「……分かりました。では、やくそ……」

『約束は成立です』と言いかけた途端、リーベラの口を、後ろから回ったオルクスの手が塞いだ。

「――約束は、しません」

(……オルクス!? 何するんだ、やめろ……!)

 リーベラは口を塞がれたまま、ぎょっとして目を見開き彼を見上げる。

 表情は完璧な微笑みなのに、一切笑わぬ鋭く冷たい目で、彼は王を見据えていた。


「……お話中に僭越ですが、陛下。これは一体どういう状況ですか」

 チャキ、とオルクスの手元で彼の剣が動く音がした。慌ててリーベラが彼の腕から逃れるべく手をかけても、その強い力には敵わなくて。


「どうしてこんな真夜中に、護衛もつけず、2人きりでこのような場所にいらっしゃるのですか」

(……っ!)

 王が、素直に事情を話すとは思えない。とすればまた嘘をつくだろうと、リーベラの心は絶望に沈んだ。

 その心に呼応するかのように、アレスが美しい微笑みでリーベラを見て口を開く。


「――ああ、彼女から2人きりで話がしたいと言われて、邪魔されない場所を用意したんだ。……早い話が、実は彼女とはそういう仲でね」

――そういう仲って、なんだ。どんな仲でもないのに。

 しかも、相変わらずの嘘つきだ。

 王が何やらとんでもないことを言ったらしいと言うのは、オルクスから受ける視線の変化で分かった。


「……なるほど? では僕は、とんだお邪魔虫になりますね」

 侮蔑の視線が、オルクスから向けられているのが分かる。身体を強張らせ、視線を上げられないまま、リーベラはオルクスの腕の中で立ち竦んだ。


「……リラ、今の話は本当?」

 するりとオルクスの手が口から離れ、代わりに肩に手がまた回る。至近距離から覗き込まれようとしているのを感じて、リーベラの喉がふるりと震えた。

「……ほん、とう」

(早く、早くオルクスをここから逃がさなければ)

 その一心で、懸命に嘘を吐く。オルクスからの冷たい視線が、痛くて痛くてたまらない。

 頭上で息を呑む音が聞こえて、オルクスの指から与えられる圧が、さらに増した感覚がして。

 一拍置いたあと、彼はゆるゆると、リーベラの方に頭を寄せて囁いた。


「……じゃあ、僕に君が最後に言った言葉は、嘘?」

――彼へ最後に、言った言葉は。


『あなたのこと、大好きだった』

『本当は、あなたの側に、ずっとずっと、居たかった』


――ああ、あの、初めて素直になれた気持ちにも。いまここで、『嘘だ』と返さねばならないのか。

 眩暈のような絶望感が、身をつんざくような切なさが、全身を襲う。

(……また、会えたのに。あの時は素直に、言えたのに)

 目の前で美しく笑う王の顔は、まさに悪魔だ。


「リラ、お願いだ。答えてくれ」

 オルクスが耐えきれなくなったかのように、俯くリーベラの目を覗き込む。

(言いたくない。『嘘だ』なんて、言いたくない……!)

 けれど。今ここで、彼を守るためには、それしかなくて。


「……あ、れは」

 オルクスの瞳を捉えて、リーベラは唇を震わせながら、懸命に言葉を紡ごうとして。

 薄暗い中でも夜空のように光る、深い海色の目が揺れているのを、目の前にして。

「……うそ、だっ、た」

 目元にこみ上げる波を懸命に堪えて、息を詰めてそう答える。


――ああ、今でもこんなに、大好きなのに。それを隠して嘘だと言って、これが最後になるかもなんて。

 信じたくない。信じたくない。信じたくなんて、なかった。

――ああ、嘘だろう? これが、本当の最後だなんて。


 心にぽっかりと穴が空いたような空虚感を抱えながら俯くと、オルクスから手を離されるのを感じて。

 自分で嘘を吐いたくせに、その手が離れることがこんなにも寂しくて悲しい。


(……でも。行かなきゃ、アレスの所に。オルクスを、引き離さないと)

 そう思い、リーベラがふらりと足を踏み出そうとした時だった。


「――うん、嘘だね」

 後ろから柔らかい声が聞こえて、がしりとリーベラの肩に後ろから手が回り、ものすごい勢いで後ろに引き寄せられた。


「リラ。君は嘘をつく時、目尻が少し、下がるんだ」

「え……」

 頭上から声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはローブのフードがばさりと頭にかかった。

 少しくぐもった世界の中で、オルクスの声がすぐ近くで聞こえる。


「――アレス陛下、貴方が途轍もない嘘つきだということがよく理解できました。ということで、僕が取る行動は1つです」

「な……」

 王の驚愕の声が聞こえると同時に、リーベラの体が軽々と宙に浮き、誰かの小脇に抱えられる。


「リラ、少しじっとしてて」

 何が起こったのか理解するより前に、自分を持ち上げた腕の主が、ためらいもなく何かを放る仕草をして。

 夜の闇の中を、ガラスが砕け散る破壊音がつんざいた。

「な……っ、待て!」

 アレスの声の後に、金属が投げられ、突き刺さる音。

 その直後、リーベラは空中でぐんと加速する気配を体に感じた。


「オ、オルクス……!?」

「しっかり掴まれ!」

 呼びかけと共に彼に両腕で抱きかかえ直された感覚がした次の瞬間、リーベラの体を、浮遊感が襲った。

この度は、本当に本当に申し訳ございませんでした。

「いいね」を入れて応援してくださった方、本当にありがとうございました…!!

ものすごく励みになりました!!


キャラたちが「この状況で自分が動かないわけがないだろう、喋らせろ」的な感じで全然言うことを聞いてくれず(特にオルクス)、展開がだいぶ変わりました…。

皆様のお口に合うことを祈るのみです…大丈夫でしょうか…。


本日更新分の第二弾、頑張って書いているので今日の日付変わるまでに投稿できるよう頑張ります!

よろしければお付き合いいただけますと嬉しいです!

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