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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第四章.『最愛』のひと】
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4-14.筆頭魔女の存在は

今日もめちゃくちゃに遅くなってしまい、本当に申し訳ございません…!

色々書いていたら長くなり、悩んでいたら遅くなりました…。


どうか、お楽しみいただけますように祈っております。

――何かを、確実に見落としている。

 青い光が視界から引いていき、見知らぬ部屋が目に入った瞬間。何かがリーベラの思考の片隅に引っかかったけれど。


(……全身が、痛い)

 久しぶりの痛覚が急激に呼び覚まされ、体のあちこちが言葉にならない悲鳴を上げているのを感じる。

 痛みで思考が邪魔されて、うまく頭が働かない。朦朧とする中、体が何か柔らかいものの上に投げ出されるのを感じた。

「……ぐっ」

 柔らかい背もたれらしきものに、首元ごとアレスの大きな冷たい手で押さえつけられ、思わず口から呻き声が漏れる。

 体勢的に、どうやらソファーの上に座らされているらしい。

 痛みでぼやける視界の中で、バルーンシェードのレースカーテン越しに月明かりが差し込んでいること、今座っているソファーが白く大きなものであること、そして連れてこられた部屋がやたらと広いことだけは分かった。

 そして。

(……外からの侵入に対する結界魔法が、かかってる)

 肌でその魔法の気配を感じて、リーベラは痛みに悶えつつ内心舌打ちした。対応が、徹底している。


「――早速だけど、話をしようか。ああ、怖がらなくていいよ。今も昔も変わらず、君が私を選ぶまで、君には手を出さないと約束する」

(……言葉と、やっていることが明らかに合っていない)

 身をつんざく痛みと急所を押さえられている恐怖に晒されつつ、畏怖の対象であるアレスの美しい微笑みをぼんやりと眺めて、リーベラの頭にふと『死』の一文字が浮かんできた。


――このまま自分は、どうなるのだろうか。逃げて隠れた罪を咎められて、処刑でもされるのだろうか。

(……それは、嫌だな)

 ぼんやりと回らない頭の中で、リーベラは思う。


――一度目、アドニスの封印に踏み切った時、自分はどんな思いだったろうか。

 多分あの時、自分は灰色の世界の中で、長年もがいてもがいて叩きのめされて、それでもどうにもならなくて、追い詰められて。きっと思考が麻痺していて。

――自由になりたいと、思ったのかもしれない。

 きっとあの時、いやそれ以前から、自分の思考は正常でなかったと、今なら分かる。


――だって今はこんなにも、「死にたくない」と思うのだから。

 今なお身を焼いているとてつもなくすさまじい痛みは、体に苦痛を与えてくるけれど。

 会えない人を思い、叶わない思いに身を焦がし。時に絶望する心は、言葉で言い表せないほど辛いけれど。

 うまくいかないことばかりで、手探りで、躓いてばかりだけれど、それでも。

 ままならない状況に打ちのめされても、それでも。

 生きる方がきっと辛いけれど、それでも。

――こんなにも、この世に未練ができてしまった。

 

 一度知ってしまった、陽だまりの温かさ。あれが心に溜まって、またあそこに戻りたいと、いつかまたどこかで戻れるかもしれないと、否が応でも胸に希望の灯をともす。

 同じ世界に、自分の大切な人たちが、大切なひとが、生きている。

 それだけで、この世界を「生きてみたい」と思ってしまう。


(……ああ、私は今までなんて、勿体ないことをしてきたのだろう)

 感情が鈍くなっていた間、自分は自分の殻に閉じこもってしまっていたけれど。恐怖の視線や蔑みの視線、冷たい視線を向けられた時も、幾度となくあったけれど。

 会うたびに絡んできてくれたオルクスに、つまらない自分の側に居てくれたアドニス。自分にメッセージをくれていた、情報屋の存在。

 自分は全く一人では、なかったのに。

 勝手に感覚が変になった自分に絶望して周りから距離を取って、彷徨って、周りを見ようともしていなかった。

――求めていたものは、とっくに自分の手元にあったことにも気づかずに。


「……その目、私を見てないね。帰りたい場所を、見てるだろう」

 首元に添えられた手に力が込められ、リーベラは苦痛に耐えつつ無言で目の前の顔を睨みつける。

 睨みの意味に気づいたのか、アレスが「ああ、ごめん」と呟くと同時に体から痛みが消え去った。

 

「残念だけど、もう帰れないよ。この刻印がある以上、君は私の手からは逃れられないのだから」

 痛みの余韻に荒く息をつくリーベラの左手を、アレスがするりと撫でる。リーベラが「何のことだ」と無言で目を丸くすると、彼は薄く微笑んだ。

「ああ、誰も君に教えてくれなかったのか。まあ、当事者だから聞かされないのも無理はない――可哀想に」

 リーベラの左手を持ち上げ、アレスが青い王家の紋章をなぞる。


「筆頭魔女にだけ刻まれる紋章は、ある意味『王の犬』を意味しているからね。刻まれた者は王にだけは逆らえないし、その実力が王より上だとしても、王と一対一でやり合えば負けるし魔法にもかかる――そういう刻印だ」

 唐突な告白に、リーベラの思考は停止した。


「おかしいと思わなかったかい? 若干16歳で、なぜ筆頭魔女とやらに祭り上げられるのか。なぜそもそも、孤児だった君が王宮に迎え入れられ、身分もないのに教育を受けさせられたのか。――すべては君みたいな、実力はあるけれど身分のない魔女を、『誉ある王の命』と称して任務の前線に率先して送り込むためだ。いわば、生贄みたいなものだね」

「な……」

「王宮魔導士には、身分の高い者も多いからね。それに、率先して戦線に行きたがる者なんて居るわけがないだろう? 

 ましてや、ちょうど筆頭魔女が君に代替わりするとき、父上は病に伏せって王も代替わりの過渡期だった。不安定な時期には外国からの干渉や襲撃を受けやすいから、なおさら君にすべてを擦り付けて使い倒そうとする動きが起こったわけだ……『実力がある』やら、何やら言ってね」


「本当に歪んだ世界だろ」と顔を歪めながら、王がリーベラの左手を握る。その冷たい感触と、今語られた言葉への衝撃に、リーベラは呆然と彼を見返した。


「だから私は毎回、君に任務を与えなくてはならなくなる度に、選択肢を与えたのに。君はどこまでも、私を選ばなかった」

――『さあ、リーベラ。君が選ぶんだ。この手を取るか、「彼」が戦場へ赴くか。両方嫌だと言うのなら、君が代わりに行くといい』

――あの、3択のことを言っているのか。

 リーベラは呆然としながら、体の震えを懸命に抑えて口を開いた。


「……ではなぜ、いつもあの3択だったのですか。どうして関係のない彼を、」

「――関係なら大いにあるよ。私はもともと、オルクスが気に食わなかった。それこそ、戦場に送り出してやってもいいと思うくらいには。だから選択肢に入れたんだ」

 ぐ、とリーベラの首元に置かれた冷たい手に力が込もる。


「……3択にしたのは、君の意思で私の元に来てほしかったからだ。命令したり、2択にしてオルクスの安全と引き換えにしてこちらを選ばれても、それは真に私を選んだことにはならない。……だから3択にして、いつか戦場に疲れ果てた君が、私を選んでくれればいいと思っていた。――そうすれば、2択にするよりも、君自身の意思の介在が、私を選んだという意思が、ちゃんとあるだろう?」

――どういう思考回路なのか、リーベラには理解できなかった。

 もしそれが本当ならば、なぜそんな回りくどく分かりづらく、遠回りなことを何年も、と。


「……どうして、そんなに回りくどいことを」

「――それ以外に、どうやったら君からの心が手に入る?」

 斜め上の回答を返されて、リーベラは首を押さえられたまま彼を見上げた。

――今、彼は何と言ったのか。

「選択を誘導するのは、人心掌握術の基本だ。それ以外に、何ができる」

 いつの間にやら彼はいつもの完璧な笑みを潜め、こちらを翳りのある表情で見つめている。真剣な色をそこに感じて、リーベラはぼんやりと思った。


――ああ、この人は。人から気持ちを向けられたことが、与えられたことがないんだ。伝えられ方も伝え方も、分からないんだ。

 人は、自分にされたことを返す。

 優しくされたことがあるから、同じような時にそれを真似できる。

 伝えられたことが、人から心を与えてもらったから、自分もそれを伝えることができる。

 けれど、それがなければ。

 それがなければ、人との関わりがなければ、そのやり方も分からない。

 自分だって、ついこの前、それを学んだばかりで。


「……ああ、やっぱり駄目なのか」

「……え?」

 ポツリと上から声が聞こえてきて、リーベラは唖然として彼を見上げる。

「そうだ。今度こそ絶対に失敗しない。だから安心して」

 いつの間にか、切なく苦しげな表情を浮かべて、アレスがこちらを見下ろしていた。

「――王家は代々、精神魔法が得意でね。元々は、君の心が手に入らないなら、君の記憶からオルクスの記憶を消すつもりだったんだ。今なら、それが確実に出来る」

「……は……?」

(……記憶を、消す?)


――記憶を消すなんて、『禁じられた魔法』の、1つじゃないか。

 リーベラは彼の唐突な言葉に、さあと顔を青ざめさせた。

 記憶は、人の情動に関わるものだ。アドニスのように元々あった記憶を浮上させるならまだしも、消すなんてことを、したら。

「……っ!」

――オルクスのことを忘れさせられたら、私が私で、なくなってしまう。

 状況が全く読み込めていないながらも、リーベラは一瞬で彼の本気を察して身を捩る。


「少し、じっとしててくれ。頭に直に触らないとできない」

「……っ、そんなこと、できるわけが」

 首元を押さえる手から逃れようと身を捩り、目の前にいる王の体を意を決して蹴り上げようとすると、すかさず体にまたも苦痛の波が走り抜けた。

(しまった、痛みの主導権を握られたままだ……!)

 人の痛みを奪って蓄積しておいて、後から還元できる魔法など、聞いたことがない。

 なぜ彼がそれを出来るのか、混乱したままリーベラは痛みにのたうち回った。


 アレスの手が、だんだんと顔に迫ってくる。

――ああ、駄目だ。これを食らったら、私は、今度こそ。

 どくんどくんと、嫌に自分の心音が耳に響くのを感じる。

 時間が、遅く流れる感覚がする。

 後数秒後には、彼の手が自分に到達するだろう。


――オルクス。

 ああ、もっと彼の目を見ておけばよかった。

――オルクス。

 もっときちんと、自分の気持ちを伝えていればよかった。

――オルクス。

 こんな場所で、こんなに訳の分からないままで、貴方のことを忘れたくなんてない。

 気がつけば、リーベラは口を開いていた。

「……オルクス」

 その名前を響きだけでも耳に残して、忘れないように。

 

――呼んだ瞬間、視界を青い光が支配した。

 リーベラの視界から、アレスの手が消える。と同時に、硬いものが風を切る音と、金属音が鳴り響いた。

 誰かの足が、目の前にある。

 黙って剣を抜きつつ、リーベラを背にして攻撃を開始する、その剣さばき。

 リーベラの喉が、ヒュッと鳴った。


「――リラ、無事か!?」

 その声は、忘れたくなくて恋焦がれて、先程名前を呼んだ相手の、声だった。

今日も遅くなり、本当に申し訳ございませんでした。。

情報の出し順にこんなに悩むと思いませんでした…。

(納得いかなかったら改稿加える可能性あります…)


いいね、ブクマ、本当にありがとうございます!!!

最後まで書き抜けられるように頑張ります…!

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