4-12.自由は満喫したかい
遅くなって申し訳ございませんでした…!
今日もお楽しみいただけますよう、祈っております…!
――閉じた瞼の外で、青い閃光がふわりと消えて行く。
夕暮れ色の瞳を開き、魔女のローブのフードを深く被りつつ。真夜中の暗闇の中で、リーベラは王国の宮殿を見上げた。
金と黒の繊細な飾りのついたランタンと月明かりに照らされた、美しい白亜の宮殿だ。
宮殿は中庭を囲む口の字型の構造をしているが、今リーベラが移動魔法で転移してきた先はその裏口にあたる門だった。
リーベラがいつも通用門として指定されていた門だ。
「な……何者だ!?」
立ち並ぶランタンと同じ色合いの黒と金の門の前。突然現れたリーベラに、灰色の制服を着た衛兵がぎょっと目を剥いている。
(……衛兵任務部隊の騎士か)
オルクスのいる第二騎士団とは別の、城壁警護や夜間の警護を担当する部隊。
――オルクス。もう、会えない。
ふとしたことで、先ほど別れた幼馴染を思い出してしまう。
(……自分から、出てきたくせに)
リーベラは一度ぎゅっと唇を噛み、頬に残った雫をぐいとフードの布で乱暴にぬぐい取り、口を開いた。
「……国王陛下にお目通りを。元筆頭魔女の、リーベラと申します」
深く被ったローブの奥から、リーベラはそっと目の前の衛兵2人を見上げる。
彼らは強張った顔で互いの顔を見合わせ、腰の剣の柄を握って即座に構えの姿勢を取った。
「謁見可能時間はとうに過ぎているぞ。それに、お前のその身長はどう見ても筆頭魔女と違う。何者だ」
疑いと敵意の眼差し。過去、慣れ切った覚えのあるその視線を受けるのは、久しぶりだ。
「筆頭魔女ではなく、『元』筆頭魔女です。任務の都合により、体がこのような状況になりまして」
「……本当にそうだと言うなら、証拠を見せろ。でなければ帰れ」
チャキ、と2人分の剣が、目の前で鞘からその銀刃を覗かせる。
仕方がないとリーベラはため息をつき、王家の紋章の印が刻まれた左手の甲を見せるべく皮手袋を脱いで。
そうして、ぼんやりと左手の甲を見て眉根を寄せる。
(……王からのメッセージが、消えている)
先ほどまでじくじくと痛み、その存在を主張していた青く光る文字は、何事もなかったかのように姿を消していた。
――本当に、どこまでも、あの男は。
諦めに近い怒りの気持ちが胸にせり上がってきたリーベラの視界の片隅で、先ほどの衛兵2人が何かに驚いたように身を退くのが見えた。
「――ああ、来たのか。連絡通りだな」
聞き覚えのある、耳触りだけは良い涼やかな声が聞こえてくる。リーベラは目をすがめ、そちらに視線を向けた。
「アレス陛下……! なぜこのような時間に、ここへ」
「そこの『破滅の魔女』直々に、今日帰ってくると連絡を受けてね。彼女たっての希望だ、断れるわけないだろう?」
艶やかな金髪に、王家特有の宝石のような虹彩を持つ深い空色の瞳をした、年若い男。
アレス・シャーナ・デルフィーナが、戸惑う衛兵へ微笑みながら答えを返す。
しかもわざわざ、白と青を基調にした謁見用の正装姿で。
(……なるほど。私から無理を言って、謁見を申し込んだ形にしたいのか)
この男は、この綺麗な顔で微笑みながら、平気で嘘をつく。
苦々しく思いながら、リーベラは黙ってアレスを見上げた。
――人はいつも、権力と印象と見た目に弱い。
この状況で、一般的には『賢王』と言われているこの一見完璧な王の前でリーベラが反論を申し立てたところで、その声には力がない。現にさっきだって身元すら疑われていたし、「戯言だ」と言われるのがオチだ。
「……お帰り。随分、小さくなったものだね。それに随分、弱くなった」
リーベラの前に立ち、アレスが屈み込みながら話し掛けてくる。フードの中から彼を鋭い目で見つめてリーベラが口を開こうとすると、彼が手を前に突き出しながらそれを制した。
「――今後について話し合おうか。謁見室にいるから、後から来なさい。……君、悪いが彼女に案内を」
「……は。承知いたしました」
アレスに話しかけられた衛兵のうちの一人が、敬礼を返しながらリーベラをぎろりと見下ろした。
そのまま、リーベラが口を挟むより先にアレスが背を向けて去っていく。
「……では、正式な道から行きましょうか。『破滅の魔女』殿」
冷たい声で言い放ちながら、アレスに話しかけられた赤褐色の髪の青年衛兵がリーベラに背を向ける。
リーベラは重い胸を抱えながら、その後を追いかけた。
◇◇◇◇◇
煌々と灯りが付く王城の廊下を、2人分の沈黙が落ちる中でリーベラは歩く。
先導には黙々と歩く、先ほどアレスからリーベラの案内を言いつけられた赤褐色の髪の衛兵。
(……案内なんて、別に要らないのに)
記憶はおぼろげだけれど、こう何度も呼び出されていては流石に道順は覚える。何せ、自分は幼い頃から王宮に出入りはしていたのだから。
見慣れた深紅の毛足の長い絨毯に、白亜の飾り彫りの壁。そしてあちこちに施された金の装飾。
――そういえば、オルクスにもこの廊下で何度も遭遇していた。
会話は、ところどころしか覚えていないけれど。
記憶が途切れ途切れにしかない自分でも分かるくらいに、何度も何度も、話した記憶があった。
(……昔の私を知っている人間の中でオルクスだけが、変わらず私に話しかけてくれていた)
身体が小さくなってからも、いつも、そばにはオルクスが居て。
『リラ。よかったら、僕の屋敷に住まないか』
――「貸し借り」なんて言いながら、私に手を差し伸べてくれた。
『「またね」って言ってるんだけど』
――そう言いながら、頭を撫でてくれた。
『やあ、リラ。おはよう、元気?』
――1人になってから、初めての『おはよう』をくれたのも彼で。
『帰ってきた時、「た」から始まる挨拶は?』
――1人になってから、初めての『ただいま』のやりとりをしたのも彼で。
『いいからとにかく、ここに居て。……置いていったら、許さない』
――そう言って寝ぼけながら腕を掴んできた手は、とても温かくて。
『君だから、側に居たかったんだ。君だから、助けたいと思うんだ』
――そう言って、優しく抱きしめてくれた。
『いつまででも、ここに居て』
――できることなら、いつまでも、彼の側に、居たかった。
『リラ』
(……ああ、駄目だ)
一歩一歩、王の元へと道を進むにつれて、絶望の淵が見えてきて。
こんな時でも、オルクスのことを縋り付くように考えてしまう。
もう、彼には会えないのに。
「――聞いてらっしゃいますか、『破滅の魔女』殿」
思考の中にぼそりと低い声が割って入ってきて、リーベラははっと我に返る。目を上げてみれば、赤髪の衛兵がこちらを苦々し気な顔で見下ろしていた。
「先ほどから、呼びかけていたのですが」
「……それは、失礼を。申し訳ございません」
リーベラが詫びると、彼はますます苦い顔でため息をついた。
「……あなたは、自分がいかに失礼なことをしているか、ご自覚はおありですか?」
「……失礼?」
ぴくりと、リーベラは眉をすがめつつ彼を見上げる。黒い瞳に純朴そうな顔つきの、まだ若い青年だ。歳はデルトスと同じくらいか。
「当たり前のことですが、この時間に謁見を申し込むのは非常識です。王の優しさに甘えて我儘を言ってはいけませんよ。あのお方はただでさえ忙しい御身だ」
痛々し気に顔を歪めつつ、彼がリーベラに向けて冷たい目を向ける。
(……非常識なのは、分かっているが。そもそもこの時間を指定してきたのは王自身だ)
が、それを目の前の彼が知る由もない。彼の中ではアレスは忠誠を誓うべき素晴らしい相手で、目の前のこの自分は『非常識にも夜の王城に押しかけて、優しい王に無理を言っている魔女』なのだ。
「そもそも、王の前ではそのフードは取るべきでしょう。あまり言いたくありませんが、失礼ですよ」
フードとローブで顔かたちを常に隠すように要請してきたのも、王自身なのに。
――ああ、本当に、腹立たしい。この状況を作り出している、全てが。
そして、それに対して何もできなかった自分自身も。
悲しみと怒りと諦めとがないまぜになった感情に突き動かされ、リーベラはフードをばさりと下におろす。
「それは、失礼いたしました。これでよろしいでしょうか」
そう言いながら、リーベラは目の前の彼をまっすぐ見つめた。目の前で、彼が驚愕に目を見開くのを眺めながら。
フードを取れと言ったのは彼自身なのに、人の顔を見て幽霊に出会ったかのような反応はしないでほしい。リーベラは眉を顰めながら、彼に向かって口を開いた。
「お言葉ですが、私からも一つご忠告を」
完全に固まってしまった様子の彼を前に、リーベラはゆっくりと言葉を続ける。
「――人を権力や印象で、盲信しない方がいい。きっと碌なことに、なりませんよ」
それはかつての自分も同じだけれど、と心の中で呟きながら。リーベラはもう一度フードを被り直し、彼の前をすたすたと通り過ぎた。
「……ご案内、ありがとうございました。ここからは一人で、行けますから」
そう言って進み始めたリーベラの後を、彼は追ってこなかった。
◇◇◇◇◇
一人で謁見室の前に立ち、その重厚な飾り彫りのダークブラウンの扉を、リーベラは開く。
扉を開けば、そこは縦20メートルはあろうかというくらい広い、豪奢な謁見の間だ。
高い天井には大きなシャンデリア。床は毛足の長い深紅の絨毯に、白と深紅を組み合わせた飾り彫りの壁。そして部屋の奥に恭しく置かれた王の椅子には、正装姿のアレスが座っていて。
「――やあ、よく来てくれたね、リーベラ。思う存分、自由は満喫したかい?」
末恐ろしいほど完璧な笑みで、王がリーベラに微笑みかけた。
本日も遅くなり、本当に申し訳ございませんでした…。
昨日もブクマ・いいねいただき、本当にありがとうございます…っ!
大変恐縮ですが、今所用が立て込んでおりまして、明日も22時頃更新になりそうです…。
いつも遅い時間で申し訳ございません。。
よろしければ、お付き合いいただけますととても嬉しいです…!




