1-6.これからの君について
「待たせてすまん、代金を……って、デルトス?」
客間に戻ってデルトスを視界に入れ、「いつの間に」と目を丸くするリーベラに対し、「ご無沙汰してます」とデルトスは苦笑して答えた。
「リーベラ様、随分小さくなられましたね」
「ああ……何でかよく分からんが、目が覚めたらこうなってた」
札束の入った封筒をオルクスに手渡しながら、リーベラはデルトスに向かって答えた。
「任務で使った魔法の影響とかですか?」
「いや、私にもよく分からん。こんなことは初めてだ」
事実だった。リーベラ自身は、身に棲んだ強力な魔物が覚醒してしまったアドニスを封印する魔法を使い、その代償として死ぬはずだと思っていたのだけれど。
何故だか体が逆行してしまった状態で、ここにこうして生きている。
「そのことなんだけどね」
リーベラから受け取った代金の封筒を騎士服の内ポケットに仕舞い込んだオルクスが口を開く。
「リラ、君は体が縮んだの? それとも若返ったの?」
「多分、若返ったんだと思う」
肌質は改善しているし、何より顔立ちも幼くなっているし。
リーベラはそう思いながら自分の手の甲を見て、それから手の平をひっくり返した。そこに先程負った火傷の跡を見ていると、その拍子に左手首の裾が捲れ上がる。
ふと視線をずらし、そこにあるはずのものがないことに気づいた瞬間、彼女は思わず息を呑んだ。
「若返ったとしたら何歳くらいに?」
「……16歳だ」
断定するリーベラの口ぶりに、「何で分かるのさ」と訝しげにオルクスが首を傾げた。
「16歳の時、私はアドニスを弟子に迎えた。その際、左手首に、師弟の契約の印として魔法陣の印が刻まれたはずなんだ。それが消えてる」
「それだけじゃ分からないよね? 16歳以前だって線はないの?」
オルクスの指摘もごもっとも。しかし、リーベラには反論するだけの理由があった。
「同じく16歳の時、アドニスを迎える少し前に、私は王から王直轄の筆頭魔女として認定を受けた。その時の契約の印の、デルフィーナ王家の紋章は左手の甲に残ってる」
そう言いながら、リーベラは左手の甲を2人に見せる。そこには青色にうっすらと光る、デルフィーナ王家の盾をモチーフとした複雑な紋章が刻み込まれていた。
「なるほど。王様から貰った印はあるけど、お弟子さんと契約した印はない……つまり、その間の年齢イコール16歳ってことっすね」
ふむふむと頷いたデルトスは、「あれ?」と言って訝しげに宙を見上げた。
「お2人って同い年ですよね? 16歳って言えば、オルクス様が王直轄の騎士団に入られたのと同じ年で、確かオルクス様はその時にリーベラ様の警護をやめ……」
「デルトス」
オルクスが短く言って、にっこりと微笑む。デルトスは途端に目を瞬かせて黙りこくった。
「ま、それなら確実に16歳だね。何で若返ったのかは知らないけど」
そう言いながら、オルクスがソファーから立ち上がる。そして彼は、至極真面目な顔でリーベラに向き直った。
「――で? これから君は、どうするつもり?」
「……」
リーベラは答えに窮した。すっかり自分はこのタイミングで生を終えるものと思っていたので、この先のことを何も考えていなかったのだ。
考えていなかったというより、考えられなかったという方が正しいかもしれない。
「……と、とりあえずデルフィーナ王に事態の報告を」
言いかけてからリーベラは気づく。
先ほどオルクスに見せられた、自分が手配した手紙。あれが彼の元に届いていたということは、デルフィーナ王にも魔法が完了し、自分も死んだ旨を伝える手紙が届いているはずで。
(そういえば、私は今のところ死んだことに……)
「それはあんまりオススメしないかな」
ぐるぐる考えていたリーベラは、オルクスの言葉を受けて思わず「へ?」と顔を上げた。
「何の魔法を使ったかは知らないけど、君は若返った。これは一大事だよ、何せ若返りだもの」
「はあ」
彼が何を言いたいのかがとんと読めず、リーベラは首を傾げる。
「古代から、若返りの術や不老不死の術は誰しもが喉から手が飛び出るほど欲しがる代物だ。それを君は偶然か何なのか知らないけどやってのけてしまった――だけど、それって狙ってできるものなのかい?」
できるわけがなかった。リーベラにだって、どうしてこうなったかが分からないのだ。
と思うと同時に、彼女は彼のこの先の発言を察して、さっと顔色を変えた。
「君の今の姿を知られたとした上で、例えば王に『若返らせてくれ』って言われて、『できません』なんて答えたら、えらいことになると思わない?」
「再現性がない不確実な事象の存在を、王に知らせるなってことか」
「そういうこと。よく分かったね、偉い偉い」
馬鹿にされている気がひしひしとするけれど、オルクスの言っていることは正しい。リーベラは渋々頷いた。
「――で、これからなんだけど。今の君に、一体何ができるんだ?」