4-9.『好き』の感情
すみません、なかなか原稿に納得できず、ものすごく更新時間が遅くなりました……。
どうか、お楽しみいただけますように祈っております…!!
――オルクスの口から『好きだ』という発音を聞いた、その瞬間。
何かが、頭の中にかちりと嵌まった。
すべてが胸にすとんと落ちるように、収束していく。
(……ああ、私)
――1日の間に、その人のことを何度も思い出して。
見ていると、何だかとてもたまらない気持ちになって。
見ていると、息が、胸が、ずっと苦しくて。
『変』に思われるのが怖くて、嫌われるのが怖くて。
遠ざかっていってほしくなくて。
目が合わないと、すれ違いのたびに胸の奥が、沈んで行って。
目が合うと、答えを返してもらえると、その心が浮上して。
いつからかは分からないけれど、『何処が』なのかも分からないけれど。
たしかにその人だけに、反応する心がある。
この気持ちが、何というのか分からないまま。
迷子で、彷徨い続けてきたけれど。
思い出せない記憶の中でも、きっとその想いは続いていて。
だって、こんなにも自分自身の中心に、しっくりくる想いだから。
――私、きっと、ずっと前から。
オルクスの、ことが。
「……だから、淹れてくれてありがとう」
ややあって聞こえてきたオルクスの掠れた声に、リーベラは我に返る。
そう、これはカモミールティーの話だ。
「……うん、どういたしまして」
努めて何気なく聞こえるように答えを返しながら、リーベラの胸がゆっくりと軋んでいく。
彼は依然として、こちらを見ようとしないけれど。ずっとティーカップを見つめているその横顔ですら、眩しくてたまらない。
――ああ、だけど。
市井で腕を組んでいたオルクスと王女の姿と、この間の王女のロイヤルブルーのドレス。そして先ほどオルクスが左手薬指につけていた、王女の瞳と同じ色の宝石を冠した指輪が、脳裏によぎる。
――この想いは、届かない。
「……君は飲まないの?」
「……うん、飲む」
オルクスに促され、リーベラは自分の分のティーカップを手に取る。そして彼の向かい側のソファーに腰掛け、俯きながら茶を一口飲んだ。
今は顔が、上げられない。
――きっと私、いま酷い表情をしている。
聡いオルクスのことだ。きっと顔を見られたら、彼を困らせてしまうだろう。
そう、彼は優しいから。
(……別れの前日に、気づくなんて)
今口を開いたら、何かが決壊してしまいそうだった。
「……リラ」
少しの沈黙の後、オルクスが不意に口を開く。リーベラは少し肩を震わせ、ティーカップを口元に掲げたままちらりと彼を盗み見る。
オルクスも俯いたままティーカップを見つめている姿を見て、ほっとしたような切ないような気持ちで、また目を伏せて。
「――君に、もう一つ、頼みたいことがある」
静かで、けれどどこか硬い声で、彼が言葉を続けた。
「……う、うん。何?」
改まって、どうしたのだろう。ただならぬ雰囲気に思わず顔を上げると、オルクスがこちらを見つめていた。その顔には、どこか寂しく切なげな表情が浮かんでいて。
「……困ったときは、必ず僕を呼んで」
「……え」
唐突な言葉に戸惑うリーベラの前で、オルクスがゆっくりと寂しげな表情を目に浮かべたまま微笑んだ。
「――どこにいても、必ず駆け付けるから。それだけは、覚えててほしい」
謎の言葉を残し、ゆっくりティーカップを空にして、オルクスは立ち上がる。
「……お茶、ありがとう。もう遅いから、おやすみ」
分かりやすすぎる、嘘だった。
けれど、リーベラに彼を止める術はない。彼を引き留める口実も、勇気も出なかった。
「……うん、おやすみ」
そう答えるリーベラの前で、彼がゆっくり背を向けて。それきりこちらを振り返らず、オルクスは部屋を出て行った。
――いつもはこの部屋で話しながら、傍で寝落ちするのに。
いつもは、こちらに触れてくるのに。今日は手を掴んできて以降、こちらに一切触れてこなかった。
(……これまでが、恵まれすぎてたんだ)
さっきの言葉は、なんだったのだろう。彼なりの、励ましの言葉だろうか。
なんだか、別離を予感させるような言葉だった。
『駆け付ける』の時点で、もう離れていることが前提ではないか。
ああ、きっとそうだ。だって彼は、もうすぐ王女様と――
「……っ」
しいんとした部屋の中で、そうしたことを考えて。一人になると、もう駄目だった。
目元に、熱いものがこみ上げて。つうと一筋その熱さが頬を伝うと、もう本当に、駄目だった。
――『好きだよ』。
もし、オルクスのあの言葉が、カモミールティーではなく、自分に向けたものであったらいいのにと、思わずにはいられなくて。
そんなはずはないと、分かっていても。
(……ああ、私、ずっと前から、オルクスが『好き』だったんだ)
――分かってる。
『いいですか師匠、現実をよく見てください』
――分かってるんだ。
『心より、感謝を申し上げますわ。私の大切な殿方が、大変お世話になったそうで』
――分かってる、分かってる、分かってる。
「泣くな、泣くな、泣くな……」
――なんて、要らない機能なんだ。涙なんて。
泣いたって、何にもならないのに。何も解決なんてしやしないし、何も役に立たないのに。
(……泣くんじゃない。全部、自分のせいじゃないか。全部、自分の都合のせいだ)
明日には、明日の夜には、ここを発たねばならないのに。
こんなことでくじけていたら、きちんと彼に挨拶が言えなかったら、どうする。
絶対、一生後悔することになる。
「明日は、ちゃんと、しなきゃ……」
――この気持ちが、『好き』だと気づいたなら。もうその想いが叶わないのなら、せめて。
せめて、彼の中で自分の存在がひと欠片でも、『良い思い出』に入れてもらえるように、頑張らなければ。
そんなことを、思いながら。波でぼやける瞳で、リーベラは窓から見える月に、そう誓った。
◇◇◇◇◇
そして、翌日。事態はさらに悪化していた。
「どうしたリビ、今日なんか元気ねえな?」
リーベラの部屋ですっかりソファーに座ってくつろぎながら、エルメスが眉を顰める。「ほれ、食うか?」と彼が手渡してくれるクッキーを礼を言いつつ受け取り、リーベラはふるふると首を振った。
「いえ、何でも」
「何でもって顔じゃないでしょうよ。ほれ、白状しちゃいなさい」
エルメスの隣に座ったフローラが、とんとリーベラの頬をつつく。
――そう、昨日リーベラがお願いした通り、オルクスはエルメスとフローラを呼んでくれた。
呼んでくれたの、だけれど。
(……朝から、オルクスに避けられている気がする)
チョコチップクッキーをサクリと噛むと、口の中にほろ苦さが広がった。
朝、目が覚めて、シャロンが湯浴みを手伝ってくれるところまではいつも通りで。
けれど、いつも朝食を一緒のタイミングで取っていたオルクスは、もう朝食を済ませていた後で。テーブルの上には、リーベラの分だけの朝食が用意されていた。
それだけなら、「今日は朝食を早く済ませたんだな」で済んだのだけれど。
エルメスとフローラを部屋に連れてきてくれたのはオルクスだったのだが、徹底的に目が合わなかった。
それはもう、徹底的に。こちらを見ようともしなかった。
交わした会話も、最小限のものだけだ。
(……昨日、なにかやらかしたかな)
自分では気づかないうちに、彼の気に障ることでもしたのかもしれない。とても有り得る話ではある。
ここのところ、自分は挙動不審なのだから。
――どうしよう、最後の日なのに。
「リビお前、人に頼るの苦手そうだもんな。もうちょい頼っていいんだぞ、兄を」
「最初に色々妨害してこようとしてた奴のセリフとは思えないわね。誰が兄よ」
「お前に言ったんじゃねえよ」
そんないつも通りの2人のやりとりが交わされていて、その微笑ましさに何とか胸の痛みを紛らわせている――そんな時だった。
左手の甲が、ずくりと疼いた。何かを刻まれたかのような、鈍い痛みが手に走る。
「……!?」
――長年感じなかった、痛みが、ある。
先ほどまで、なかったはずの感覚が。皮手袋の下に、ある。
――左手の甲に、あるのものはと、考えて。
「……っ!」
リーベラの顔から、ざあと血の気が引いた。ひとりでに、体が勝手に震え出す。
「あの、すみません、ちょっと御不浄に」
唇を震わせながら言った自分に、2人は何を思っただろうか。それを確認する心の余裕はなかった。
部屋にある手洗いの個室に小走りに駆け込み、鍵をかけ。
震える手で、皮手袋を外して。
「……なに、これ」
震える声で、思わず言葉を発する。目に映る情報を、頭が拒否していた。
――『大体、居場所は分かってる。今日の夜の12時に、一人で私の元に戻っておいで』
皮手袋の下に隠していた、王家から刻まれた、左手の甲の筆頭魔女の紋章。
その上に、青く光る字で、今までになかった文字が刻まれていた。
主人公の心情シーンはちゃんと書きたいのですが、悩みすぎているとストーリーが…進まない…!
塩梅が難しいですね…精進します…
ブクマ、ご評価、いいね、昨日も本当に本当にありがとうございます!!
嬉しいです……っ!!!
いつも更新時間ブレブレで本当に申し訳ございません…
これからも頑張りますので、どうかお付き合いいただけますと嬉しいです!




