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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第四章.『最愛』のひと】
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4ー8.カモミールティー

今日も遅くなりすみません……!

どうかお楽しみいただけますように、祈っております。

――オルクスの顔色が、真っ青だ。

 ソファーに騎士服姿のままどさりと座るなり、彼は肩を上下させながら右手で顔を覆った。

「オ、オルクス、大丈夫?」

「……」

 一向に返事が返ってこない。無言で俯き続けるオルクスを見て、リーベラは恐る恐る、下ろしていた手を上げる。

 この大量の汗と青白い顔に、震える背中。もしや具合が悪いのではと、彼の額に向かって右手を伸ばし。


「……!」

 伸ばしかけた手を、ぱしりとオルクスの左手に掴まれ、リーベラは息を呑んだ。

 素手で手を握られた暖かい感触に切なさと甘さが広がり、そしてそれと同時に襲って来たのは――『絶望』だった。


(……オルクスの左手の薬指に、指輪がある)

 さすがのリーベラでも、左手の薬指に指輪を嵌める意味くらいは知っている。

 婚約指輪か、結婚指輪だ。

 しかも特筆すべきは、その指輪に嵌った石の色。

 蒼く煌めく、虹色の光を中に湛えた、特徴のある宝石。


(……王女様の瞳と、同じ色)

――神なんて、信じていないけれど。信じたくもないけれど。

 もし、そんな存在が仮にいたとしたら。どこまで追い討ちをかけてくれば、気が済むのだろうか。

 そんなことを思ってしまうほどの、混乱と絶望が胸中に渦巻いた。


 真っ白な頭で、リーベラは反射的に手を引こうとする。が、オルクスの手がそれを許してくれなかった。

「……リラ、お願いだから、ここに居てくれ」

 掠れ声でオルクスが呟く。ひどく久しぶりに思える、オルクスの声だった。

 聞くだけで甘く、くらくらとする声が、今はひたすら切ない。


 リーベラはふらりとオルクスに手を握られたままソファーに座り、口を開いた。

「……うん、横に居るから。具合でも悪いの? 大丈夫?」

(……大丈夫、私は大丈夫。今はオルクスの様子がおかしい方が、先だ)

 そう自分に言い聞かせながらリーベラが声をかけると、オルクスがゆるゆると顔を上げた。黒髪の間から、揺れた海色の瞳がリーベラを見る。


 彼と目が合った瞬間、首筋に雷が通ったような心地になり、リーベラは身を竦ませた。

――ああ、どうしよう。やっぱりアドニスと話す時と、全然違う。

 先ほどまでは自然に人と話せていたのに、オルクスの前だとどうして上手くいかないのだろう。


(……でも、そんなこと言ってられない。あと1日と少ししか、この目は見られないのだから)

 怖いけれど、少しでも長く、彼の瞳を記憶に焼き付けておきたかった。リーベラは勇気を振り絞って、彼の目を見て。

「……」

 しばし視線が絡まった沈黙の後、先にふいとオルクスが目を逸らす。

 後に残ったのは、一抹の寂しさ。

 オルクスの手だけが、リーベラを繋ぎ止めていて。


「オルクス、仕事は?」

「……今日はもう切り上げてきた。確かめたいことが、あって」

 大きなため息をつきながら、オルクスが答える。答えが返ってきたことに、リーベラはそっと安堵した。

(うん、会話はできる。大丈夫だ)


「確かめたいこと?」

「……ん。もう、大丈夫。取り乱してごめ……」

 のろのろと答えたオルクスの言葉が、宙に浮く。彼の目が自分の左手を見て、そしてリーベラの顔を見て。

(……あ、いま、思いっきり「しまった」って顔した)

 ぼんやりとそう思うリーベラの手から、オルクスの手が離れる。彼は手を拳に握り込み、そのまま大きく息を吐いた。

「……ごめん、落ち着いた」

「う、うん、それなら良かった」

 上手く笑えているだろうかと思いながら、リーベラは頷く。どうにかこうにか、普通に話せる関係で終わりを迎えたかった。

 できるだけ、自然に。


「……リラ」

「うん?」

 首を傾げてオルクスの呼びかけに答えると、彼が少し目を見開いた。そしてやや目を伏せながら、彼はのろのろと言葉を続ける。


「僕に聞きたいこととか、言いたいこととか、ない?」

――朝してきたのと、同じ質問だ。

 既視感を感じつつ、リーベラはふと眉根を寄せる。

 何か意図があるのだろうか。だとすれば、何の試しなのだろうか。


 とは思いつつも、下手に聞いて王女様との幸せな婚約話を積極的に聞きたくはないし、まだ別れの話をするには早すぎる。別れを告げるのは、せめて最後の最後にしたい。

 結果。

「ないよ、何も」

 リーベラも、朝と同じ答えをする羽目になった。

「……」

 オルクスの瞳に、不可思議な波が揺れる。リーベラが記憶に焼き付けるべくじっとそれを見守っていると、またもや彼が先に目を逸らした。


「……夕食、一緒に食べられる?」

 目は逸らされたけれど、優しいことに夕食の提案はしてくれるらしい。リーベラは「うん」と言いながら、こくこくと頷いた。

 

「あー……ええと、シャワーだけ浴びてから行くから、君は先に行ってて」

 先ほどからオルクスの歯切れが悪いし、目も合わない。妙なよそよそしさに寂しさを感じつつ、リーベラは「あの」と口を開いた。

「よ、良かったら、待っててもいいかな」

「……え」

 心底驚いたという顔で目を丸くされ、リーベラは頭を抱えたくなって俯いた。


――もう、何が正解なのかが分からない。

 いっそ変なら笑い飛ばしてくれと念じていると、オルクスの「分かった、すぐ戻る」という声が聞こえてきて。

 顔を上げると、彼は背を向けて部屋を出るところだった。

「……こんなんで、大丈夫なのかな」

 何かが妙に、噛み合っていない。けれどその原因が、分からない。


――ああ、それに、あの指輪。

 そんなに突きつけてこなくても、分かっているのにと。

 信じてもいない神に向かって呟き、リーベラは胸の痛みを抱えながらソファーに沈み込んだ。


◇◇◇◇◇

――どうしよう、ものすごく気まずい。


 オルクスは言葉通り、シャワーから本当にすぐ戻ってきた。それも、まだ濡れた状態の髪をタオルで拭きつつ。

 温かいシャワーで少し上気した滑らかな肌に、水が滴る髪の間から覗く海色の瞳。色気が増した絶世の美丈夫は完全に目の毒で、リーベラはすっかり挙動不審になってしまい。


 オルクスもオルクスで上の空で、夕食の途中、勇気を振り絞ったリーベラが日常会話を振っても言葉少なに返すのみで。

 しかもなぜか、リーベラが見るときは視線を逸らすくせに、視線を外すとオルクスのもの問いたげな視線がこちらに突き刺さるのだ。どう対処すればよいのかも分からないリーベラは、混乱したまま夕食を終えた。


 唯一の救いは、オルクスが指輪を付けてこなかったことだろうか。

 あの指輪を見ると、胸の奥がたまらなく苦しくなる。見ないで済むのなら、出来るだけ視界に入れたくなかった。


 そして、今。

 あんなに気まずかったというのに、予告通り、夕食後すぐにオルクスはリーベラの部屋に来た。

(……オルクスが何を考えているのかが、全然分からない)


 ベッドのすぐそばの一人がけソファーに座って何かを考え込むオルクスを横目に、リーベラはベッドの上に座り込んで枕を抱えていた。何かを抱えていないとそわそわと落ち着かない気分だったのだ。

「……あの、オルクス」

「ん?」

 沈黙に耐えかねたリーベラが口火を切ると、オルクスはまた上の空で返事を返してきた。

 折れそうになる心を叱咤しつつ、リーベラはのろのろとまた口を開く。


「ええと、あの……明日って、エルメスとフローラに会ってよかったり、しないかな」

 世話になったのだし、去る前にあの二人にも最後に会いたくて。

 何も反応がないのでちらりと様子を見れば、無言でオルクスが右手で自分の目を覆っていた。

 また何かを失敗したらしいと、リーベラは慌てて再度口を開く。

「あ、あの、無理だったら大丈夫。突然ごめんね」

「……いや、全部君の希望通りに。でも悪いけど、会うのはこの屋敷内にして」

「わ、分かった。ごめん、ありがとう」

 オルクスの言葉に反論して気まずくなるのも嫌だしと、言われるがままリーベラが頷くと、オルクスが口をきゅっと一文字に結ぶのが見えた。

(……ああ、もう何なんだ)


 また落ちた沈黙に、リーベラは場を繋ぐべく勇気を振り絞る。

「オ、オルクス。何かしてほしいこと、ある?」

 オルクスがゆっくりと顔を上げ、無言で目を丸くする。やっと合った視線だけれど、彼が相変わらず何を考えているのかは読めなくて。

 リーベラは「あの」と気まずさを振り払うように言い募った。

「その……お世話になってるし、何かできることがあれば」


 ふと考え込むようなそぶりを見せた後、オルクスは「じゃあ」とやっと重い口を開いた。

「……君のカモミールティー、淹れてほしい」

「……いいけど、あれは私の家に」

「持ってきてるよ。この屋敷に」

 言葉少なに言い、オルクスはやおらに立ち上がってポケットから鍵を取り出す。例の使用用途謎の扉の元まで歩いてガチャリと開け、その奥に消えて行ったかと思うと、ものの数分で、彼はリーベラ手製の乾燥させたカモミール入りの瓶を持って戻って来た。


「……お茶、お願いできる?」

「う、うん。そんなんでよければ」

 というか、いつの間に持ってきていたのか。目を白黒させながらリーベラは部屋備え付けの設備を使って、お茶を淹れ。

 オルクスの前にカモミールティーの入ったティーカップを差し出すと、彼は「ありがとう」と言いながら早速それに口を付けた。


――でも、なんでここでカモミールティーなんだろう。

「……オルクス、カモミールティー好きだったっけ? いつも紅茶か珈琲じゃ」

「――うん、好きだよ」

 いつもは別の物を好んで淹れているのにと言おうとした矢先、オルクスから不意に静かな声が聞こえてきて。


「……ずっと前から、大好きだった」

 目を伏せ、ティーカップに揺蕩う陽の光色の水面を見つめながら、彼はそう言った。

丁寧に書こうとしたら字数が…字数が…!(次回に続きます)


昨日もご反応をくださり、本当にありがとうございました!!!

温かいお言葉やご反応をいただき、本当に本当に嬉しいです……っ!

これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、お付き合いいただけますと幸いです!

どうぞよろしくお願いいたします。

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