4ー7.独りにしないで
今日も夜遅くですみません…!
お訪ねいただき、ありがとうございます!
どうか、お楽しみいただけますように。
「……さっきから何度か言ってるけど、邪魔って何が」
そういえば、この前も言っていたような。リーベラが眉を顰めると、アドニスは無言で目を細めた。
「……何」
「いえ、相変わらずポンコツだなと思いまして」
「ぽんこ……!」
いかにも残念なモノを見る目での一瞥をアドニスから食らい、オルクスのことを考えて胸が痛んでいたリーベラの心は、更にへこんだ。
「いやほんとポンコツですよ、まず頭が足りない。ドカスカ破壊しまくるわ人も物もぶっ飛ばしまくるわ、とにかく頭脳よりパワー任せでめちゃくちゃでした。だから『破滅の魔女』なんて呼ばれるんですよ、せめて『破壊の魔女』じゃなくて良かったですね」
「……」
返す言葉もなかった。記憶が朧げだが、思考回路が上手く回らない中でとにかく任務遂行すべく、全部魔力で押し切っていた気はする。
「挙句の果てに家の物もすぐ壊すし失くすし、夜中にデカい音がして様子を見に行けば頭からベッドの下に落ちてるなんて日常茶飯事だし、魔法の開発に失敗しては爆発起こすし、とんでもない魔女に拾われたなと思いました」
「ごめん、もうやめていただいても……?」
自分で覚えていない日常の失敗談を並べ立てられるのは、なかなかに心に来る。リーベラが羞恥心に呻いて目に手を当てていると、傍らからその手をぐいと引き剥がされた。
「――っていうのを知っているのも含めて、俺が1番の理解者だと思うんですけど。まだ躊躇う理由、ありますか?」
吸い込まれそうなほど綺麗な金の目に覗き込まれ、リーベラはぐっと言葉に詰まった。
――そう、これは身に余る申し出だ。
この不安定で訳ありの自分の状況を分かっていて、自分の情けない姿も知っていて、拒絶しないでいてくれる相手。それが、ここまで手を差し伸べてくれているのだから。
「俺、これでもあんたのこと結構気に入ってるんですよ。一生同居してもまあまあ楽しいだろうな、くらいには」
「それはどうも……?」
一体どういう尺度なのか測りかね、リーベラは言葉に迷う。
これは、何と返すのが正解なのか。
「……仕方ないな」
ぽつりと頭上で小さな呟きが聞こえたかと思うと、次の瞬間、アドニスが向かい合った体勢でだらりと右腕をリーベラの左肩にかけてきた。
「……アドニス?」
「――師匠、俺たちは独りぼっちの仲間でしょう?」
俯き加減に、掠れ声で。揺れる切れ長の瞳が、艶やかな銀髪の間からリーベラを、まるで縋るように見つめる。
「『独り』の感覚を、あんたは嫌ってほど知ってるはずだ」
そう言いながら、アドニスの右手がゆっくりと動き、リーベラの髪にそっと触れた。
――瞬間、リーベラの脳裏に記憶がよぎる。
『だれか、だれか。――だれかお願い、ここから出して』
見捨てないで、遠ざからないで、そんな目で見ないで。
独りにしないで。だれか、側に居て――
かつての自分は、そう思って。
「ただ、傍にいるだけで救われることもあるんです。俺はそれが、あんたからほしい。……俺を、独りにしないでください」
自分と同じ、『独り』だったこの青年を、自分の人生に巻き込んでしまった。
――ああ、これは私の、責任だ。
一度引き込んでしまったなら、その責任を、取らなければならない。
「……分かった。明日の夜まで、待ってくれる?」
――君に話さなきゃいけないこともあるし、夕食が終わったらすぐ部屋に行くよ。
(オルクスの『話』って、なんだろう。王女様とのことだろうか)
胸がひどく、軋むけれど。いつかは行かなければ、ならないのだから。
いつまでもずるずると引き伸ばしていては、多方面に迷惑がかかる。
自分はそもそも、ここに居るべき存在ではないのだから。
(……オルクスと、せめて明日の夜までに後味の良い別れができるように、出来るといいな)
そう思ったリーベラの肩に、アドニスの右腕がいつの間にか回っていて。
「分かりました、あんたの言うとおりに」
ゆるゆると彼の顔が上がり、金色の瞳がリーベラに向かって弧を描く。
そして彼は騎士服のポケットをごそごそと探り、紺色のビロードの巾着をリーベラに握らせた。
「これ、魔法石です。移動魔法使う時のやり方は分かりますよね」
「あ、ありがとう。分かる」
随分用意がいいなと、リーベラは目を白黒させながら頷いた。
「明日の夜、来られるときになったら俺のところに」
「……分かった。何から何までごめんね」
移動魔法は確かに負荷が大きい魔法だけれど、前の自分なら問題なくできていた。
なのに、それすらも出来なくなっている自分が、心許なくてたまらない。
リーベラが謝ると、アドニスは一瞬ぐっと唇を引き結び、ややあっていつもの笑顔を浮かべた。
「……では、また明日。待ってます」
「……うん。ありがとう」
リーベラが言うが早いが、ふわりと風が頬を撫でて。
瞬きをする間に、彼の姿は部屋の中から消えていた。
「……すごいな、魔力の残滓すら残らないなんて」
未熟な魔力の持ち主なら、魔法を使った後の光が残るものなのだけれど。
いつの間にか成長していた弟子の力に驚きつつ、溜息をついて、リーベラは椅子に崩れるように座り込んだ。
◇◇◇◇◇
――オルクスと別れるまで、あと約一日半。
切なさ、焦り、寂しさ、そして自分でもよく分からない胸の痛み。そうしたものが心の中にぐるぐると渦巻いて、溢れそうになってはそれを飲み込んで。
何を言おうかまとまらないまま、シャロンが運んでくれた昼食を一人で食べ、ソファーにうずくまり、またぐるぐると考えているうちに、いつの間にか時間は飛ぶように過ぎてしまった。
――期限があると、時間が途端に短く感じられるのはなぜなのか。
オルクスにどんな顔をして会えばいいのか、何を言えばいいのかもまとまらず。もっと時間を有効活用するべきだったのではと今更ながら頭を悩ませ、夕暮れの光を窓から眺めていた時だった。
廊下で慌ただしく走る音がしたかと思うと、ものすごい勢いで部屋の扉が開いた。
「……!?」
荒々しく開いた扉と、息を切らしながら入ってきた人物に、リーベラは目を見開く。
とてつもない早さと振れ幅で扉が開いたけれど、あの扉は結構な重量があったはずだ。
「オルクス……? まだ18時じゃないでしょ、どうしたの」
窓の外の太陽の位置的には、まだ夕方だ。予告よりも早く帰って来た幼馴染の姿に目を丸くしていると、彼は無言でこちらに向かって歩いてきた。
ただならぬ気配にリーベラは戸惑いながら席を立ち、息を切らしながら肩を上下させて目の前で立ち尽くす幼馴染を見上げた。走って来たのか、彼の額には汗が流れている。
「……っ」
苦しそうに顔を歪めながら、オルクスがそのまま、ソファーに座り込んだ。
定期的に『この話面白いんか…? 需要あるんか…?』病に罹るの何とかしたいですね…。
ブクマ、いいね、ご評価、本っ当にありがとうございます…皆様のお陰で原稿を書き進められます…!
明日も21時ごろ更新目指します。
どうかお付き合いいただけますと嬉しいです!




