4-6.アドニスの目論見
すみません、設定の説明塩梅と会話の組み立てが難しく、めちゃくちゃ更新が遅くなりました…
アドニス回です。どうかお楽しみいただけますように…!
絶句するリーベラの前で、アドニスの金色の瞳が緩やかに弧を描く。
「あんたはあの日の数ヶ月前、暴走した俺を殺すように王に追い詰められた。だけどそれは、そもそも俺がそうなるように仕組んだんです」
「……どういうこと?」
リーベラの疑問に、アドニスが腕を組みつつ微笑んだ。
「俺は数ヶ月前、王城でわざと暴れました。王の耳にそれが入ったら、確実に師匠へ俺を殺すように依頼が行くと見込んで。そこまでは思惑通りだった。……なのに、あんたは」
「ちょ、ちょっと待って」
苦々しく顔を歪め始めた弟子の前で、リーベラは思わず待ったをかけた。混乱で頭がぐちゃぐちゃだ。
「なんで私に、そんな依頼がくると」
「あんた以外に、俺を消せる人間がいなかったからですよ。――あの男、相当俺が邪魔だったようで」
リーベラの質問を見越してか、食い気味に返答が返ってくる。リーベラが言葉を継ごうとすると、「ちょっと黙っててくれますか」と低い声で静止され。
その迫力に、リーベラは口をつぐんだ。
「そもそも俺、とっくのとうに師匠より強いし魔力量も多いんですよ。師弟の契約が、いい隠れ蓑になってくれた。これがある限り、俺は師匠に勝てませんでしたし、誰の脅威にもならなくて済んだ」
――彼は、何を言っているのだろう。
呆然とするリーベラの前で、怪しく金色の瞳が煌めいた。
「俺はあんたに、俺に魔物を封印する魔法をどうにか使って欲しかった。……でもですよ、師匠。そもそもあの封印魔法には、何が代償として必要だと思ってました?」
低く絞り出すような声で、アドニスがリーベラを睨め付ける。彼の視線の鋭さを感じながら、リーベラはのろのろと口を開いた。
「……私の魔力と、命」
「だから、それが間違いだって言ってるんです」
冷たく硬く、氷のような声色。リーベラは戸惑いつつ、「そんなことない」と反論を試みる。
「私だって、ちゃんと調べて魔法を構築したよ。あの時は、あれが最善の――」
「……だから、それが間違いだって言ってるでしょうが!」
今まで冷静に言葉を継いでいた弟子が、声を荒げて吼える。さしものリーベラも、びくりと体を震わせた。
「いいですか、師匠。魔物の封印の代償には、確かにあんたの魔力だけじゃ到底足りなかった。だから命と合わせてぎりぎりだとあんたは踏んだ――だけど、道はもう1つあったんです」
「……道?」
「『命』ってのは、その人間の存在そのものでもあります。それまで経験してきた日々、人生の時間と経験――つまりは、その人間の存在を構築するものを、代わりにすれば良かった。
つまり、あなたの『いままで得てきた成長と人生の時間』を代償にするんです。その結果、あんたは16歳の姿に逆行してここに居る」
リーベラはじわりと一瞬じわりと目を見開き、自分の小さくなった身体を見下ろした。そして、信じられない気持ちでアドニスを見上げる。
「そんな体よく、事が運ぶわけない。そもそも私は身体が最後消えるまで逆行してない、代償が足りないのに何で……!」
「――俺が、あんたの最後の魔法を書き換えたんです。あんたの呪いを解くと同時に、俺から魔物も切り離して封印できるように」
低く、冷たい声でアドニスが唸る。
「封印魔法の途中で師匠の魔力が代償として使われ、同時にあんたの身体が『呪い』をかけられる前の状態まで逆行するまで待って、それから俺の魔力を足りない分、代償として補えるように。……言ったでしょう、今の俺は昔のあんたより強いんですよ」
――まさか、アドニスの魔力量が前より減っていたのは。
「……なんてことを。そんなことしたら、お前だってただじゃ済まない。現に魔力だって減って」
「そんなこと、どうだっていいんです」
「良くない。私は、代償にお前を巻き込む気はなかっ」
突然がしりと強く肩を掴まれ、リーベラの言葉が宙に浮く。のろのろと顔を上げた彼の目の奥には、炎が燻って見えた。
「だから、馬鹿だって言ってるんです」
リーベラの肩を掴みながら、アドニスが唸る。
「100年後、あんたが死んだ世界で目を覚まして、俺1人、あんたのいない人生を生きろっていうんですか」
もう、師弟の契約の印は消えているけれど。
見慣れない金の瞳だけれど、それは紛れもなく、色が違っていてもかつての弟子の瞳で。
「……そんなこと、できるわけない」
その昔の弟子が、リーベラの前で肩を震わせて俯いた。
飄々とした、はぐらかした物言いの、皮肉な笑みしか見せない弟子が。
「……どうして、何も相談してくれなかったんですか」
ゆるゆると、アドニスが頭を傾け。リーベラが息を詰めて見守る中、彼の額がこつんとリーベラの肩の上に乗った。
「ア、アドニス……?」
頬にアドニスの髪が触れるのを感じながら、リーベラはひっそりと息をする。
なぜか、言葉が出てこなかった。
「……まあ、いいや。あんたが生きてる。ただそれだけで、今はいいです」
――もう、勝手に消えようとしないでくださいねと言われて。
その声が、あまりに真剣で。
リーベラは恐る恐る、弟子の圧に押されて、ゆっくり頷いた。
◇◇◇◇◇
「――で、あんたは何で第二騎士団に今いるの。普段はどこに?」
「師匠の淹れてくれるお茶、久しぶりですね。やっぱ美味い」
「質問に答えてくれないかな……」
テーブルの上には、先ほどリーベラが淹れたアールグレイティーの入ったティーポッドと、二人分のティーカップ。優雅に紅茶を飲みながら質問に答えない弟子を、リーベラはジトリとした目で見遣った。
「おお、怖。無表情も迫力あるけど、表情があるとさらに迫力が増しますね」
「……」
「分かりました分かりました、答えますから」
からからと笑いながら、アドニスがティーカップを置く。やたらと静かで流麗なその動作に「そんな動きもできたっけか」と目を引かれていると、アドニスから「そんな見つめないでください」との皮肉な笑いが飛んできた。
「普段は第二騎士団の王城宿舎を拠点に動いてます。……第二騎士団に入りこむ方が、色々とやりやすかったんですよ。あの男の動向も把握しやすいですし」
「……あの男?」
「決まってるでしょう、オルクス様のことです」
どうあっても話はオルクスのことに戻って来るらしい。リーベラは苦い顔で紅茶を飲んだ。
「……どうやって入り込んだの。騎士ったって、そうそう一朝一夕でなれるもんじゃ」
「そこはまあ、色々と。……師匠は俺に色々と詮索も監視もしてきませんでしたし、本当にいい同居人でした。実にやりやすかったですよ」
「……!」
まさか、自分の目の及ばない範囲で何かをしていたというのだろうか。リーベラは思わず言葉を失ってガタリと立ち上がった。
「そんな怖い顔しないでください、大層なことはしてません。俺だって師匠に嫌われるのは嫌ですし」
「……詳細を話してくれる気は?」
「師匠が俺と来る気になった時に話します」
あっさりと言い切り、アドニスがまたも優雅に紅茶を飲む。
「……オルクスには」
「だから、手は出してません。あいつ、俺が師匠の弟子だってことも知りませんし――そもそもあいつとは最初のあの一回しか会ってませんし、俺の目は魔法でも変えられない赤の目でしたしね。完全に別人として、今の俺は第二騎士団に居ます」
先ほど説明を受けたけれど、どうやら彼の今までの『赤い目』は、魔物が体内に居たせいだったらしい。
それが完全に抜け出て、瞳の色が変わったのだとか。
アドニスの金の目を見ながら、リーベラはひっそりと思った。
――そうか、オルクスは知らないのか。
やはり、彼にアドニスのことに聞かなかったのは賢明な判断だったと、リーベラはほっと息を吐く。
――オルクスは、今どうしてるだろうか。
ふと、目の前の紅茶を飲んでいるアドニスを眺めながら、リーベラは思う。
ここしばらく、小さくなった姿をオルクスに見られてからというもの、一緒に珈琲や茶を飲んで、寝落ちするまで話していたりするけれど。
そんな日も、もうすぐで終わる。
胸に例えようのない寂寥感が迫ってきて、リーベラは一人、紅茶の水面に視線を泳がせた。
「……ああ、さっき言いたいことを先に言いすぎて、一番肝心なことを忘れてました」
不意にアドニスが言葉を発し、リーベラは慌ててオルクスのことを頭から追い出すように、頭をぶんぶんと振る。
「ん、な、なに?」
「別に俺は一週間以内と言っただけで、今日師匠を連れて行ってもいいんですよ。――あの幼馴染の男と別れる準備は、できました?」
足を組み、テーブルの上に頬杖をつきながら、アドニスがにっこりとこちらを見上げてきて。
「……っ」
リーベラは思わず、息を呑んだ。
まだ、準備が、出来ていないのに。
「俺としても今の状況は気に入らないんです。……まさかあの日、あいつがすぐ来るなんて計算外でして」
ゆらりと銀髪の青年は立ち上がり、リーベラと目を合わせるようにテーブルの上に腰を掛けた。
そうしていつもの口角を片方上げる笑みで、どこか呟くように言う。
「あの時、あいつさえ来なければ、俺の狙い通りだったのに――本当にどこまでも、邪魔をしてくれる」
アドニス回続いててすみません、明日からまたオルクス出てきます。
ご評価、ブクマ、いいね、昨日も本当にありがとうございました……っ!
更新の活力にさせていたただき、頑張ります!!!
明日も更新頑張ります(できれば21時…)
どうか、お付き合いいただけますと幸甚です!




