4-5.あの日、魔女が死ぬつもりだった日
いつも本当に申し訳ございません、またも遅くなりました…。
再びアドニスのターンです。
どうかお楽しみいただけますように、祈っております…!
「にしても、どうやって」
「移動魔法で王城から直接来ました」
アドニスが、出窓のソファーから立ち上がったリーベラの元まで歩き、ソファーへ腰を下ろす。
第二騎士団の制服の詰襟部分をしどけなく着崩し、髪もこの前見た時より無造作だ。それがなおさら、気怠げな美しさを醸し出していて。
朝日の柔らかい光に照らされて、彼の艶やかな銀髪が淡く光る。
「それにしても。部屋にいろと言われて、よく大人しくあんたが収まってますね」
――それは。オルクスから離れたくなかったからだと、今なら分かる。
オルクスに言われたから、頼まれたから、嫌われたくないから。なんだかんだと理由をつけて、でもそれは結局自分のためで。
彼が他の女性と婚約するのを見たくないと、離れたがっていたはずなのに。本当は心の底では、離れたくなかったのだ。
自分の身勝手さと未練がましさが、情けない。
「普段の任務時なら、とっくのとうに容赦なく窓ぶち破って出てますよね」
「……この前しようと思ってた時に、お前が」
その時にアドニスと王女が来たのだと言いかけて、言葉が喉に詰まる。そんなリーベラの表情を見て、「ああ」とアドニスは軽く頷いた。
「あの日ですか。師匠、俺見たとき相当焦ってたでしょ」
からからと屈託なく笑いながら、アドニスが金色の目を細める。
かつての瞳の赤色とは違う、琥珀色の瞳だ。
(……そうだ、腑抜けてる場合じゃない。この状況を早く理解しないと)
リーベラは無理矢理、王女のロイヤルブルーのドレスの後ろ姿を頭の中から追い出した。
少しでも彼女について、考える時間を減らしたかった。
「アドニス。私、お前に謝らないと」
「その前に1つ、お願いをしても? あと座ってください、落ち着かないんで」
弟子にちらりと見上げられ、リーベラはソファーに浅く座り直した。
「今の私にできることなら。……申し訳ないけど、今の私にほぼ魔力はないぞ」
「ああ、知ってます」
アドニスがあっさりと頷く。リーベラはそうだよなと遠い目をした。
ある程度の訓練と実力を積んだ者なら、相手の魔力がどれくらいか――自分より格上か格下かは、肌感覚で大体分かる。
だから、リーベラもアドニスを見て首を捻った。
(アドニスの魔力量が、減っている)
そもそも彼のポテンシャルはとんでもなく高かったはずだ。それこそ、成長するにつれてリーベラを追い抜いてしまうのではというくらいの力があって。
――師弟の契約がなければ、彼の暴走はリーベラにも止められなかっただろう。
「俺の願いは簡単です。俺相手には、その話し方をやめてください」
「へ?」
予想していなかった『お願い』に、リーベラは目を瞬く。
「なんで」
「あんたのその話し方って、『相手に舐められて利用されないための防護壁』なんですよ。俺は味方です。俺相手には緊張しないでほしいし、威嚇する必要もない」
――そう、だったっけ。
リーベラはじわりと目を見開く。そういえば、なぜこの話し方をし出したのか、いつ話し出したのか、その記憶が曖昧だ。
「今まで何度も言ってるのに、毎回師匠は忘れるから」
「それは……ごめん」
返す言葉もなく、リーベラは謝った。今まで弟子からされた『お願い』ですらも、覚えていないなんて。
「だから、これからはお願いしますよ。『昔の話し方』が思い出せないなら、俺が思い出させてあげますから」
「……?」
彼は、何を言っているのだろう。思い出させると言ったって、どうやって――
「俺が見せた過去夢は、どうでした?」
「え?」
「あんたは見たはずですよ、やたらと鮮明な過去の夢。……俺のこと、少しは思い出してくれました?」
リーベラは絶句して固まった。思い当たることが、あったからだ。
アドニスとの出会いの場面。アドニスを引き取って王城へ向かった時の記憶。
やたらと最近、鮮明な夢を見るなとは思っていたけれど。
「実は師匠に怒られると思って黙ってたんですけど。俺の得意な分野は、精神魔法なんです。血筋的に」
「アドニス、お前」
「お前じゃなくて、『あんた』って言ってください、昔みたいに」
「そんなこと言ってる場合じゃない」
リーベラは思わず立ち上がった。思わず声が震える。
「……まさか、『禁じられた魔法』に手を出してないだろうな」
魔法にはいくつか、古くに『禁じられた魔法』がある。
人を操る魔法、人の記憶を改竄する魔法、人を呪い殺す魔法――そうした魔法が蔓延れば、国そのものが立ち行かなくなってしまう。だから遠い昔に禁じられ、その魔法の習得や教示自体も禁止された。
『人の情動に大きな影響を与える可能性がある』魔法は精神魔法の一種に数えられ、その『禁じられた魔法』にとても近いぎりぎりの分野でもある。
賢明な魔法師ならば、王国から危険視されることを恐れてまず極めようとしないし、一歩間違えると大事故になる難しい魔法分野でもあった。
「俺のはそういうのじゃありません。いいですか、師匠」
リーベラの方に体を向け、アドニスがこれまでと変わらぬ飄々とした様子で微笑んだ。
「感情を伴わない記憶は、確かに忘れやすい。それは事実です。――でも、記憶は消える訳じゃないんですよ。思い出せないだけで、その人間の中の心の奥深くには残ってる。それを、俺は目に見える形で浮上させることができるってだけです」
「そんな、こと」
――そんな魔法があるだなんて、聞いたことがない。
「できるんです。ま、魔法師がそんなことをできたとこであまり利益もないので、誰も深掘りしようとしなかっただけですね。こんなことを極めるより、攻撃魔法や守備魔法を極めた方が重宝されるし稼げます」
「それに、これは向き不向きもあるので誰でもはできません」とアドニスは狐のような笑みを浮かべた。
「……」
自分はこの弟子の、一体何を知っていたというのだろう。リーベラは呆然と、毎日見ていたはずの弟子の笑顔を見つめる。
「だから、俺は元々こうして少しずつあんたの記憶を戻していって、ゆっくりあんたの感情が戻るのを手伝おうと思ってたんですよ。――なのに、邪魔が入った」
アドニスの眉間に深く皺が刻まれる。苦々しく、低く硬い声が彼の喉から絞り出された。
かつての弟子は、かつてとは違う金色の目を細めてこちらを見ていて。
「……邪魔?」彼は一体、何を言っているのだろう。
「あんたがあの男に何も言わなかったから、大丈夫だと思っていたのに――師匠、あんたあの幼馴染の男に最後、何か言いましたね? いくらなんでも、駆けつけるのが早すぎた」
あの幼馴染の男とは、オルクスのことだろう。そう考えつつ、リーベラは眉をしかめた。
「……何も、言ってない」
本当に、何か特別なことを言った記憶はないのだ。ただオルクスの婚約予定話を聞かされて、形式上だけ祝いの言葉を口にして、それから「じゃあな」と言って。
婚約予定話を聞かされたもやもやを思い出したせいだろうか、何かが胸につかえる感覚はするけれど。
リーベラはゆるゆると首を振り。そして気づいたことに思い至り、アドニスに向かって堅い声で言葉を発した。
「あの日、私が小さくなった日――あの日からもお前、近くに居たんだな。前に言ってた『仕組んだ』って、何? それからその目はどうし」
アドニスがため息をついて立ち上がり、リーベラの唇に一本、自分の人差し指をあてる。
「だから師匠、言葉遣い」
「……分かったから、答えて」
リーベラの鋭い視線と、アドニスの観察するような視線が交差する。一瞬の沈黙の後、アドニスはゆっくりと微笑んだ。
「――そうです。全部俺があの状況を仕組みました。全部あんたを助けて、あの腹黒王から隠すためです」
情報の出す順番が難しく、組み直ししてたら遅くなりました…申し訳ございません…。
ブクマ、ご評価、いいね、昨日も本当にありがとうございました!!
とてもとても励みになります…ラストスパートに向けて頑張ります…!
どうか明日もお付き合いいただけますと嬉しいです!!




