表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第四章.『最愛』のひと】
50/88

4-2.オルクスの手

遅くなってしまって本当に申し訳ございませんでした…!

久しぶり(?)のオルクスです。どうかお楽しみいただけますように…!

「……今、なんで」

 オルクスの小さな声が、すぐ後ろで聞こえる。リーベラはその場に棒立ちになったまま、一瞬思考停止した。


(……うん、呼び止められたんだから、振り向かないと)

 振り向くのにすら、一大決心だ。ギギギと振り向こうとすると、オルクスが「シャロン、そのタオル貸して」と言うのが聞こえた。


「……髪、まだ濡れてる。ちゃんと乾かさないと風邪ひくよ」

 彼の声と共に、ふわりとしたものが頭にかかる。白くふわふわの、大きめのタオルだ。

 タオルが被せられるや否や、その上から髪をそっと撫でるように拭く感触が伝わってきて、リーベラはカチコチに固まった。

 そんなリーベラの隣を、シャロンが平然と一礼をした後、きびきびと歩き去っていく。


「シャ、シャロンさん……!」

 このどうしたら良いか分からない状況で、置いていかないでほしい。そう勝手すぎることを思いながらリーベラが一歩踏み出すと、シャロンは一度立ち止まって珍しくにこりと微笑みを浮かべ、一礼を残して去って行ってしまった。

 

「リラ、髪が傷むからじっとしてて」

 さわさわと細やかに、柔らかく髪を拭かれる感触がこそばゆい。半ば混乱しながら、「あの」とリーベラは口を開いた。

「じ、自分でやるから。大丈夫、ありがとう」

「……」

 頭の上で、手が止まる。一拍置いた後、リーベラの肩にぱさりとタオルがかかった。


「――分かった」

 そう言いながら、オルクスの手が離れていく。

 同時に彼の手が持つ熱が頭からすうと引いていき、一抹の寂しさをも感じてしまう、この矛盾。

(……自分から断っておいて、いざ離れられると寂しいなんて)


 つくづく自分の身勝手さが、嫌になる。

 胸を締め付けられるような感覚を誤魔化すように、リーベラは肩にかけられたタオルの端を、ぎゅうと握った。

 

「……リラ」

「ん?」

 隣に来たオルクスに再び呼びかけられ、少し目を上げる。視界の隅に差し出された右手のひらを捉えて、リーベラはゆっくりと首を傾げた。

 これは何の、手だろう。


「……」

 恐る恐るオルクスを見上げると、彼は神妙な顔つきでこちらに手を差し出していて。じりじりと、何かを値踏みするような、試すような、熱心な視線が突き刺さるのを感じながら、リーベラはその手に目を戻した。

(これは、何の試しだろう)


「……手を、くれないか」

 数秒間の沈黙の後、オルクスが低い声で囁いた。リーベラはそろそろと、おっかなびっくり口を開く。

「……? 手を落とせと?」

 痛みは感じないが、それはちょっと流石に嫌だ。

 何の要求なんだと考え込んでいると、「ふ」とオルクスの笑みを含んだ声が聞こえてきて、リーベラは思わず顔を上げた。


「そんな物騒な要求、しないよ」

 先ほどの囁くような笑い声は幻だったのか、少し掠れ気味の声を落としながら、オルクスがぎゅっと眉根を寄せていた。

 どうやら答えを間違えたらしい。また失敗してしまったと、リーベラは俯いた。『正しい』反応の仕方が、分からない。

「……ごめん」

「……何で謝るの。ごめんはこっちだ」

 彼は何を、謝っているのだろう。まさか、「王女との婚約が近いから、けじめのために君と距離を置くことにした」とか、「君との人付き合いをやめる」とか、そんなことでは――


「――手を」

「へ?」

「……手を乗せて、ほしい」

 絞り出すような掠れ声で言われ、リーベラはそっと彼の様子を窺おうとする。彼が何を考えているのか、分からなくて。

 そうして意を決して、目を上げて。

 息を、呑んだ。


――彼がじっと、真剣な目でこちらを見つめている。

 熱がこもった、何かを切々と訴えかけるような、眼差しで。


「……っ」

 その目を見た瞬間、何も考えられなくなってしまった。

 まるで熱に浮かされたかのように、全身がとぷんと温かい湯の中に包まれたような心地がした。

(……手を、乗せる?)

 視線で促されるがままにふらふらと、リーベラは彼の方へ歩み寄る。


――目の前に、あれほど昨日切なく焦がれた、オルクスの温かい手がある。

 いつも、彼しか呼ばない愛称を呼んでくれながら、優しく自分にそっと触れてくれていた手が。

 

――触れて、いいのだろうか。

 そろそろと少し震える手を、彼の手に向かって伸ばす。ぼうっとした心地のまま。

 そして、彼の手にもうすぐ近づくというところで我に返る。


(……いや、これは絶対、よくない)

 昨日会った、王女のことを思い出す。自分のところまで訪ねてきて、「オルクスの元に戻らなくては」と言っていた、あの美しい王女を。


――駄目だ。自分は、身の程を知るべきだ。

 触れるべきではない相手に、手を伸ばしてしまうなんて。

 完全に、先ほどまでの自分は正気を失っていたとしか思えない。まるで自分が、自分でなくなってしまったかのようだった。


――そう、自分はこの手に触れるべきじゃない。この手は、近い将来、他の誰かに優しくそっと触れる手だ。

 自分を叱咤し、張り裂けそうな胸の痛みを抱え、ぴたりと空中で止めた手を、ゆっくりと下げ――


 瞬間、何にも触れずに終わるはずだった手を、オルクスの手がそっと受け止めた。

 慌てて身じろぎし、手を引こうとすると、オルクスの指が少し動いてリーベラの手を引き留める。


――そのまま彼の指がぎこちなく動いて、リーベラが置いた手を包み込むように握って。

 じんとした甘い痺れが、手を起点に腕へと駆け抜け、体全体に伝わった。


「……行こうか。朝食にしよう」

 そのまま彼は何も言わずに、ゆっくり歩き出した。


――私、なにやってるんだろう。昨日、さよならの練習をしないとなんて、思ってたのに。

 なのに、一度握られてしまった手が離せない。リーベラは彼に引き寄せられながら、のろのろと歩き出した。


「……リラ。昨日は、ごめん」 

 しばらく無言で歩いていると、オルクスがぽつりと呟いて。

 瞬間、リーベラの手はぴくりと震えた。

――昨日。昨日、あった、ことは。

(どうしよう、聞きたくない)

 美しいロイヤルブルーのドレスを身にまとったたおやかな王女を思い出して、リーベラの背筋が強張った。


――言わないで、言わないで、言わないで。あの王女様とのことを、言わないで。

 叫びたくなるような気持ちを堪えながら、リーベラは彼の手が与えてくれる温もりに集中しようとして。


「昨日、僕があまりに動転してて。……リラ、夜ご飯食べてないだろ」

「へ、あの」

 予想外のことを言われて、リーベラはじわりと目を丸くした。あまりに色んな事がありすぎて、夕食のことなど、頭からすっかり抜けていた。というか食べていないことすら忘れていた。

「なんだ、そんなこと。忘れてた」

「……『そんなこと』じゃ、ないんだよ」

 リーベラの手をぎゅっと握り、オルクスが立ち止まる。その瞬間に走る、手を握られた瞬間の甘い痺れ。リーベラはくらくらとしながら、ぼんやりと彼の顔を見上げて立ち止まった。


「食事は、生きてく上で必要なことだ」

「いや、でも別にそんな」過去、食事を取れないことなんて幾らでもあった。一食ぐらいどうってことないし、むしろ何もしていないのに食事まで世話になっているのだ、過ぎた待遇と言えよう。

「――リラ、頼むから」

 悩まし気な顔をしながら、オルクスが掠れ声でリーベラを見下ろした。

「僕が言うのもなんだけど、ちゃんと食べて。……でないと、不安だ」

「不安? 何が」

「――君が、ちゃんと生きてるかどうか」

 

 一足飛びに、生死の心配になっている。リーベラは戸惑いながら口を開いた。

「そんな大げさな。大丈夫だよ、私はしぶといから」

「……どの口が、言ってるんだ」

 語尾を少し震わせながら、オルクスが呟く。俯いていてその表情は読めず、リーベラはすっかり立ち竦んだ。


「オ、オルクス……?」

「――それから」

 俯いて立ち止まったまま、オルクスがリーベラの左手を更に下から強く握った。

「……お願いだから、地下室には行かないで」

「地下室……ああ」

 リーベラははっと思い出す。

――そうだ、地下室。それで昨日オルクスと揉めたけれど、もうその懸念点は解消されたのだった。

「ごめん、あれは私の勘違いだった。もう行きたいとか、言わないから」

「……本当に?」

「うん」

「……そう。なら、良かった」

 大きくため息を吐き、オルクスは再び歩き出す。


――なんだか今日は、オルクスが変だ。随分と元気がない。

(……でも、優しさは変わらない)

 

 完全な厄介者の自分の心配をしてくれて、こうして手を引いてくれて。

 リーベラの歩調に合わせてゆっくり歩き、時折様子を窺うようにそっと向けてくれる視線が、彼の優しさが嬉しくて。

 そっと優しく、でもしっかりと手を握ってくれる彼の手のぬくもりが、切なくて嬉しくて。


――全然、こんなんじゃ覚悟が出来ない。さよならが言えない。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

「さよなら」を言う瞬間を思い浮かべるだけでも、ひくりと喉が震えて。


――近いうちに別れの期限が来てしまうのに。少し手を触れ合わせて歩くだけでも、こんなにも離れがたい。

 いつからこんなに自分は、弱くなってしまったのだろう。

 いけないことだと分かっていながら、オルクスの手の温もりを感じて。リーベラはそっと、唇を噛み締めた。

ご評価、ブクマ、「いいね」、本っ当にありがとうございます…!

嬉しい…嬉しい…!(嬉しさを噛み締める)

これからも楽しんでいただけるように精一杯頑張ります!

どうかお付き合いいただけますと嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ