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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第三章.オルクスの屋敷と、弟子と同じ顔の男】
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3ー14.「俺と一緒に、来ませんか」

アドニスのターンです。どうか本日もお楽しみいただけますように祈っております……!

――考えたくない、もう何も。

 王女とアドニスを見送ったあと、静かに閉じた扉の内側で。

 扉に背を預けながらずるずるとしゃがみ込み、リーベラは床にへたりと座り込んだ。

 深い夜月の冷たい光だけが、灯りの落ちた部屋の中をぼんやりと照らす。


 オルクスと王女との婚約話。それは前々から、噂で聞いていて。

 分かっていた、はずだった。

 それまででいいから、彼と一緒にいようと、思ったこともある。


『オルクスを待たせているから』

『オルクスの元に戻らなくては』

 婚約話もそうだけれど、王女が何気なく当たり前のように、口にした言葉も胸を抉って。

 彼女がオルクスのところに戻るのは当たり前の事象だ、と言っているようにも聞こえて。


 今頃、王女はオルクスと、一緒なのだ。

 あの腕を組んでいた、距離感の近かった似合いの2人が、2人きりで。


――そうか、今日は、オルクスが王女と会っているから。

『今日はちょっと、眠っててほしい』と、だからオルクスは言ったのだ。

 それは多分、王女との逢瀬を邪魔されたくなかったからで――。


 オルクスは、王女と、本当に婚約する予定なのだ。

 そもそも最初から、リーベラはオルクスに『そろそろ身を固める』と聞いていた。その相手が、今となっては王女だったのだと分かる。

「……分かっていた、はずなのに」

――どうしてこんなに、胸が熱くて、痛くて切なくて苦しいのだろう。


(……こんなに自分が、弱かったなんて)

 魔力を失って無力になったから弱くなったとか、そういうことではなく。

 こんなにも、話を聞かされただけで、今まで感じなかった「痛み」を、思い出すほどに胸の奥が痛くなるなんて。

 まるで、煮えたぎるマグマと冷たい氷を一度に、押し込められたかのような、焼け付くような痛み。


 また、目元に熱いものが込み上げてくる。ぐいと強く目元を押さえて、リーベラは震える吐息で深呼吸をした。

 

 こんなことで、呆然としている暇はないのに。

 アドニスのことだって、解決していないのに。

――どうしてこんな、こんな……。


「師匠、戻ってきました。……俺です、アドニスです」

 背をもたせかけた扉に、コンコンとノックの音が響いて聞こえる。

 リーベラは目元をぎゅっと押さえて目を瞑る。そして一度深呼吸をしてから立ち上がり、ふらふらと扉を開けた。


「……はい」

 リーベラと同じ髪色に、琥珀色の瞳。見慣れた涼しい顔の、青年騎士がそこに立っている。彼はリーベラの顔を見るなり、くいと片眉を上げた。


「……なんて顔、してんですか」

「あ、ああ、ごめん」

 どうやら表情をうまくコントロールできていなかったらしい。リーベラはぐっと唇を引き結び、自分の頬をぐにぐにと引っ張って誤魔化した。

 きっと酷い表情をしていたに、違いない。


「……師匠が短期間で、ここまで腑抜けになっているとは」

 リーベラが何かを言うより早く、大きなため息をつきながら、アドニスが長い足で扉を乱雑に閉めた。そして彼はずいとリーベラの方に屈み込み、その切長の目を細めて口を開く。


「俺、前に言いましたよね。――あんたがそんなに腑抜けなら、あの幼馴染の寝首を掻きに行きますよって」

「……!」

 ひゅっと、リーベラの喉が鳴る。垂直落下した時のような、肝が冷える思いが体を一気に冷却させる。


――これは間違いなく、確かに、アドニス本人だ。他の誰も知り得ない、彼がリーベラに封印される前に言った言葉を知っているのだから。

 気がつけば、リーベラはアドニスの騎士服の胸ぐらを掴んでいた。


「……いいか、オルクスには手を出すな」

 自分でも驚くほど、低い声と力が出た。手も、ぶるぶると震えている。

 そんなリーベラを全くたじろぐ様子もなく見返し、アドニスは胸ぐらを掴まれたまま、口角を片方上げて笑った。


「冗談ですよ、冗談。俺はあの腹黒陛下とは違います。あの時それを言ったのは、そう言わなければいつまで経ってもあんたが、俺の封印に踏み切らないと思ったからです」

「……え?」

「――それから、俺からも一言いいですか」

 低い声で言うや否や、アドニスもリーベラの胸ぐらを掴んだ。細められた金の目が、リーベラの目を間近でじりじりと射抜く。


「あんたは本当に、大バカ野郎だ」

 弟子に(なじ)られ、リーベラは言葉に詰まった。

 そう言われても、仕方がない。自分はこの弟子に、何もしてやれなかったのだから。


 魔物の地に捨てられていた彼を、引き取った。そして保護するために、一緒に暮らした。

 なのに、当時感情が鈍くなっていた自分には、彼との些細な日常すら、ぼんやりとしか思い出せない。

 家にいた時は、平和で波風の立たない、同居生活だったと思う。

 一つ一つは思い出せないけれど、魔法の使い方を教え、諭し、魔物が暴走しないように見守った。


 なのに、最後は彼の暴走を食い止めるのに精一杯で。

「……ごめん、アドニス。私は酷い師匠だった」

「そういうことじゃ、ないんですよ」

 語尾を少し震えさせながら、アドニスが唸るように口を開く。


「確かにあの状況になるように仕向けたのは、俺ですけど。それにしてもあんたの最後の選択は、最悪中の最悪だった」

「アドニス……? お前、何言って」


「――あんたがいなくなった世界で、のうのうと俺が生きていけるわけが、ないでしょう」

 絞り出すような声と、涼しく余裕そうな顔が崩れて歪む表情。その迫力に、思わずリーベラは声を失った。


「……ああ、その顔は全然分かってないですね。まあいいや、詳しい説明はまた今度します。今日は時間もあまりないですし」

「アド……」

「だから、時間が限られてるんです。いいですか、俺の方が現状をちゃんと分かっています。あんたは俺の説明を聞くしかない」

 アドニスがリーベラから手を離しつつ、言葉を遮って小狡い狐のような狡猾な笑みを浮かべる。リーベラはぐっと言葉を飲み込み、黙り込んだ。

 確かに、自分には情報が乏しすぎる。今は謎の動きをしている弟子の動向を把握するしかなかった。


「まず、師匠の現状ですね。いいですか、いまのあんたは16歳――感情が鈍くなる『呪い』をかけられる前の状態に、戻ってます。というか、そうなるように戻しました。俺が」

「……は?」

 リーベラは絶句した。今この弟子は、何と言った?


「それから、地下室の件。師匠ご懸念の、俺の中に居た魔物の件ですが、ちゃんと封印はされてますので安心してください。……あんたの目論見通り、俺の中から抜け出た状態で」

「ええと、ちょっと待って、あの」

 情報過多すぎて、リーベラは思わず口調を取り繕うのも忘れてアドニスに待ったをかける。


「私の想定では、それに100年かかるはずだったんだけど」

「だから、それに関しては色々と物申したいんですけど、また今度。――次は遮らないでくださいね、ここからが本題なんですから」

 ひやりと冷たい笑みを浮かべられて、リーベラは口をつぐむ。今聞いたことだけでもいっぱいいっぱいなのに、これからが本題だなんて、一体何があると言うのだろうか。


「そもそも俺が今日、王女とここに来たのは、俺たちが協力関係にあるからです。利害が一致したんですよ。王女はオルクス様のことを気に入っていて、彼の手元にいる少女を何とかしたい。俺は、そんなあんたを助けたい。ーーそれで、協力してるんです」

――まさかここで、その話題がくるとは。リーベラは息を止めて、信じられない気持ちで目の前の弟子を見る。


「今頃は、王女がオルクス様と2人きりで、彼を足止めしてますよ。あっちはあっちでよろしくやってるはずですが、いつまでもつかは分からないので時間がないんです」

ーー「やめて」と、リーベラの心が悲鳴を上げる。

 喉の奥が乾いて、言葉が出てこない。


「……その顔、現状がよく分かってないですね。いいですか師匠、現実をよく見てください。王女からの申し出を、オルクス様が断ることはできません。もう婚約は、決定事項です。……いいじゃないですか、これであの男の安全は保障されますよ」

ーーやめてくれ、聞きたくない。

 リーベラの喉と息が、ふるりと震え出す。


「本当に健気で、泣けてきますね。どうあっても自分のことを選ぶはずのない相手のために、裏で献身的に尽くして、しかも相手はそれを知らずに呑気に婚約予定ときた。――あんたは本当に、愚かです」

「……アドニス、やめて」

――ああ、もう駄目だ。

 じわりと目元に、また波が押し寄せてくる。リーベラはぎゅっと目を瞑って、その波を耐えようとしたけれど。


「やめませんよ。あんたが本気で傷つく前に、こっちはあんたを助け出すために来たんです。――そもそも師匠、あんたは感情が鈍くなったことと記憶が途切れ途切れなこと、あの幼馴染の男に言ってませんね?」

「……!」

 畳みかけられた言葉に、リーベラの息が詰まる。図星だったからだ。

――そう、自分はオルクスに、そのことを話していない。誤魔化し誤魔化し、ここまで来て。


「教えてあげましょうか。――あんたは『普通の感覚がなくなった』自分を恥じていて、あの男に嫌われるのが、拒絶されるのが、失望されるのが、見放されるのが『怖い』んですよ。全ての行動原理はそれです。そんな自分をさらけ出すのも怖い相手に、これ以上固執する必要はありますか?」

 いつもは皮肉な笑みを浮かべてばかりの弟子が、真剣な表情でリーベラの目を見つめている。


「……俺なら、あんたの事情もこれまでのことも全部分かっていて、あんたのことも誰よりも理解しています。俺は絶対に、どんなあんたも拒絶しない。――だから」


 ――俺と一緒に、来ませんか。

 かつてリーベラが彼自身に言った言葉と同じ言葉を、弟子である青年は口にした。

「いいね」・ブクマ、本当にありがとうございます…っ!

ドキドキしながらテコ入れしていたので、本当に嬉しいです!!!!

色々入れたい展開はあるのですが、情報の出す順番やら会話やら展開やらの調整って難しいですね。。


明日も21時更新目指しますので、またお付き合いいただけますと、とてもとても嬉しいです!

どうぞよろしくお願いいたします…!

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