3-12.脱走の企てと妨害、そして王女の訪問
昨日分をテコ入れしたお話です。すでに読んでくださった方、本当に申し訳ございませんでした……!!
展開を少し変えました。こちらもどうか、お楽しみいただけますように祈っております。
「早く、確認しに行かないと」
陽が落ち、エルメスとフローラが帰った直後。リーベラは戻された部屋の中で唸っていた。彼らの手をすり抜けて逃げるのでは2人に迷惑がかかってしまうし、ここまでは我慢したものの。
正直、すぐにでも屋敷に戻って地下室を確認したい。
――でなければ、オルクスも危なくなる可能性がある。なりふり構っている場合ではない。
「よし、ごめんオルクス」
出来るだけ走りやすい靴に履き替え、リーベラは部屋の扉を開ける。幸い廊下はしんと静まっていて、シャロンの姿も見えず。なんだか拍子抜けするレベルに警備は手薄だった。
(……もしかして、普通に出られる?)
一体自分は、今まで何をのんびりと躊躇っていたのか。リーベラは体を低くしながら走り、豪奢な廊下を抜けて中央階段を駆け下りた。
「……っ、お嬢様!?」
オルクスの配下らしい騎士が、階段下に2人いた。ぎょっとした様子ながら流れるように行く手を阻まれ、リーベラは内心唸った。さすがはオルクスの部下だ。
「失礼します」
「えっ」
断りを入れつつ、リーベラは素早く二人の騎士の肩に手をかけ、そこを土台に前転跳びをする。すぐさま腕を掴まれそうになったので内心謝罪を入れつつ容赦なく蹴りを入れ、玄関ホールへとひた走り。
そのまま玄関ホールを突っ切り、ダークブラウンの立派な玄関扉が見え――
「ぐっ……」
後ろから腕が首に回され、ぎりぎりと引き戻される。容赦のない、大人の男の力で。
その上後ろ足で蹴りを入れようとすると、ものすごい速さで逆にその足を掴まれた。自分相手にこんな芸当が出来るのは、一人しか知らない。
「……何、してるの」
オルクスの絶対零度の凍った声が、頭の上から落ちてきた。騎士服姿のまま走ってきたのか、肩を激しく上下させながら、彼はリーベラの首に回した腕へ力をこめる。
が。リーベラとて、ここで引くわけにはいかなった。
――もし、アドニスの封印が何かしらの不具合で解かれてしまっていたとするのなら。「王との約束」の、前提が崩れてしまうのだ。
アドニスの封印に関する一環が、リーベラにとっての最後の任務で。
オルクスの身の安全一切を保障させた、あの「王との約束」が、根底から揺らいでしまう恐れがあった。
――魔女との約束は、絶対だ。魔女は依頼には応えるが、その代わり、依頼者が約束を破ればその者自身へ罰が下る。
その「罰」が抑制力となって、今まではオルクスの安全を保てていたけれど。
このままでは、オルクスが危ないかもしれない。
「どこに行くつもり?」
「……確認しないといけないことが、あるの。少しでいいから、外に出たい」
リーベラが歯を食いしばって言うと、背後でオルクスが息を呑み、一瞬彼の腕に緩みができた。
――思った通りだ。
段々と最近掴めてきたけれど、リーベラが「昔の話し方」をすると、オルクスはひるんだり、比較的態度が軟化したりするのだ。
この際、使えるものは、使わねばならない。
一瞬の隙をつき、リーベラはオルクスの腕の中から抜け出す。
すかさずまた走ろうとすると、今度は首根っこを掴まれ、衝撃で息が一瞬詰まった。
「確認しないといけないことって?」
肩を抱かれて顎を掴まれ、体の向きを変えさせられる。冷たい氷の炎を宿した瞳が、リーベラの目を覗き込んだ。
オルクスが本気で、怒っている。
でも、もうそれどころではなかった。
「私の家。一回戻って確認しないと」
「何を」
「地下室に、確認しなきゃいけないことがあるの。……これ以上は、言えない」
最後の「任務」のことは、誰にも言えない制約がかかっている。オルクスに対しても言える内容ではなかった。
――王がリーベラに課したのは、「あの危険な弟子を殺せ」という任務で。
アドニスはあの時期、身に棲む魔物のせいで暴走しかけていた。王城で一般人を巻き込み、魔力の暴発と殺傷を引き起こしそうになったところで、リーベラが間一髪止めたものの。
それが王の耳に入ったらしく、その任務を言い渡された。
『あの弟子を殺せ。さもなくば、オルレリアン公爵の安全は保証しない』と言う言葉つきで。
――どのみち、アドニスは手遅れになりかけていた。その運命は不可避で、けれど殺すなんて出来るはずがなくて。
そして、リーベラはアドニスを魔物から解放する方法をずっと探していた。その、アドニスをただの人間に戻す方法は、ただ一つ。
――この国で一番多い魔力量を持つ、リーベラの全魔力と命を持って、魔物を封印する呪文をかけること。
その間、アドニスはその身の時を止めたまま眠り続け、100年後、魔物から解放されて目覚めることができる。
――もう、この方法しかないと思った。
だから任務拝命時に、リーベラは王の文言を少し言い換えて契約を交わした。
『アレス王の御世から、アドニスの姿を消す』と。
実質は同じことだ。アレス陛下が生きている間はもう100年もない。その間、アドニスは表に出て来られないのだから。
だから。万が一封印に失敗したとすると、約束そのものも揺らいでしまうのだ。王がもしアドニスの姿に気づいたら、リーベラが生きていることに気づいたら。目の敵にされているオルクスも、危なくなる。
(それに、アドニスは。アドニスはオルクスを……)
リーベラは唇を噛み締めて、改めてオルクスを見上げた。
「お願いオルクス、少しで良いの。私の屋敷に帰らせて」
「……絶対、駄目だ」
絞り出すような声で言いながら、オルクスの腕がリーベラを引き寄せた。ぎゅうと抱きしめられて、息が詰まる。
「申し訳ないけど、今夜は僕も用事があるんだ。行かせられないよ」
唸るような声と共に、リーベラの首裏に彼の手が回った。
手つきは優しいが、その力は強い。リーベラはその力に抗おうと、彼の胸に手をついて抵抗したけれど。
(力が強すぎる。全然敵わない……!)
リーベラが歯噛みしていると、オルクスが頭上で大きなため息をついた。
「……君は本当に、大人しくしてくれないね」
ぼそりと低い声が聞こえたかと思うと、今度はリーベラの目が彼の手で塞がれた。
「リラ、ごめんね。……今日はちょっと、眠っててほしい」
魔力を持った青い光が、リーベラが言葉を継ぐより早く、オルクスが塞ぐ手の隙間から見えた。リーベラは驚愕で、彼の手の中で目を見開く。
(オルクスに魔力はない。なのにどうして、魔法が使える……!?)
これは睡眠魔法だ、と感じ取った時にはもう遅かった。魔力をほぼ失った自分には、かけられた魔法に対抗する力はなく。
自分の非力さに歯噛みしながら、リーベラの意識はまた、闇の中に堕ちていった。
◇◇◇◇◇
リーベラが目を覚ますと、充てがわれた部屋に戻されていて。部屋の中には、すっかり月夜の光が窓から差し込んでいた。
「……っ!」
がばりと起き上がり、リーベラはかけられていた毛布を引っ剥がしてベッドから飛び降りる。
窓に駆け寄り、月の昇り具合を見る。この部屋には時計がないから、時間は推測するしかないけれど。
今は恐らく、夜の10時くらいだ。随分と眠らされてしまったらしい。
「いや、まずは地下室に、確認しに行かないと」
背に腹は変えられぬ。オルクスには大変申し訳ないが、最短ルートで窓を蹴破ろうと画策していた時だった。
「――姫、本当に行かれるのですか」
「だって話が全く進まないのですもの。それに、一度きちんとご挨拶もさせていただかなくては」
しんとした部屋の中に、扉のすぐそばで交わされる声が微かに響く。
その声両方ともに聞き覚えのあったリーベラは、ぱっと扉の方向を向いた。
リーベラが固唾を飲み込む前で、扉を礼儀正しくノックする音が聞こえる。
「――リビティーナさん、起きてらして? ここにいらっしゃるのは存じ上げておりますの。……申し訳ないのだけれど、少しお話できないかしら」
丁寧に尋ねつつも、決して拒否されることなど予想していなさそうな、意志の強い女性の声がそう言った。
心が、鉛のように重い。
けれど、リーベラに選択肢は残されていなかった。
「……はい」
リーベラは静かに扉を開ける。
目を上げた先には――先日、オルクスの腕にしがみついていた王女と、アドニスと同じ顔をした騎士服姿の青年が立っていた。
次話は本日21時頃に更新します!
テコ入れで読者の皆様を振り回してしまい、本当に申し訳ございませんでした。。
どうか次話もお付き合いいただけますと幸いです!




