3-11.弟子と同じ顔の青年
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オルクスが、息を呑む音がした。
「……」
「オルクス?」
目を見開いて固まる幼馴染へ、リーベラは戸惑いながら声をかける。何かあったのかと聞こうとすると、がばりと両頬を彼の両手で包まれた。
「リラ。今の表情、もう一回して」
「表情?」
そもそもどんな表情をしたのかすら、自分ではよく分からない。そんなに特徴的な表情をしていただろうか。
「……何か変だった?」
リーベラは恐る恐る、そう聞いてみる。まだ表情がどう出ているか、自分では分からない不安に駆られて。
――変な顔してたら、どうしよう。
そんな気持ちが、心に襲来する。
「いいや、全然」
リーベラの目を覗き込んだオルクスが、静かに首を振る。真っ直ぐ見つめられるのを回避すべく、リーベラが目線を逸らす瞬間。
視界の片隅に映ったオルクスの目が、どことなく寂しげに見えて。
――いま、オルクスは何を考えているのだろう。
無性に気になりつつ、なぜか聞けない自分がいる。
なぜだか、オルクスの前だと体と気持ちが萎縮するのだ。
「……お腹空いてるだろ。夕食にしよう」
頬から手が離れ、オルクスが立ち上がる。代わりにぐいと腕を引かれながら、リーベラはオルクスに連れられ部屋を出た。
「あの、オルクス。何もしてないのに食事まで世話になるわけには」
今日リーベラがしたことといえば、寝ていただけである。
完全に外界との接触もなく、することもなく。ただただのんびりと過ごして寝ているだけで食事まで出てくるなんて、もう釣り合いどころの話ではない。
大体釣り合わないことをすると、そのしっぺ返しがいつかくる。この状況は、リーベラにとっては空恐ろしいものだった。
「あの、せめてやっぱり、何か働かせ」
「だから、何もしなくていいって言ってるだろ」
思ったよりも強い口調で言われて、リーベラは立ちすくんだ。
「――いいか、リラ。よく聞いて」
オルクスがこちらを振り向く。その威圧感に息を呑んでいると、オルクスがその美しい顔に苦悶の表情を浮かべた。
「普通の人間は、任務に命をかけたりしない。血と傷だらけでボロボロになって帰ってきたりなんてしない。――君はもう十分、働いたんだ。この状況が身に余ると言うのなら、そのお返しと思ってよ」
「……」
オルクスの剣幕に押されたリーベラが思考停止して止まっていると、彼はため息をつきながらのろのろと口を開いた。
「……それとも、もう僕の側にいることにうんざりした?」
――なんだか、論点がズレている。何をどうしたら一足飛びにその結論になるのか分からない。
けれど、オルクスの口調はどこか切実で。リーベラは慌てて大きく頭を横に振った。
「そんなわけ、ない」
むしろ。
「むしろ、ここにいていいのかなって不安になるよ。ありがたすぎて」
そう、ありがたくて――そして、彼の側に居られることがとてつもなく嬉しい。
例え一緒に居られるのが、彼が王女と婚約する、その日までだとしても。
「……そんなこと、不安に思わなくていいよ。いつまででも、ここに居て」
するりとリーベラの銀の髪を指に絡めながら、オルクスが頬をなぞってくる。その優しい手つきに、リーベラは思わず泣きそうになった。
「……うん。ありがとう」
――ありがとう、そう言ってくれて。
心がぼわりと暖かくなり、ほんのりと灯がともる。これは、「嬉しい」のだ。そう、自分はオルクスの言葉が、嬉しい。
――例え、現実的に無理なことだったとしても。
◇◇◇◇◇
青空の下、午後の暖かな空気を、銀色の剣たちが鋭く切り裂いて舞い踊る。
オルクスの屋敷裏手にある第二騎士団の練習場は、屋敷に劣らず広かった。第二騎士団の騎士や騎士見習いたちが大勢いても、全くそれをものともしない広さだ。
オルクスの屋敷の窓から、下の練習場の風景を見下ろしつつ。隣のエルメスが首を振りながらため息をついた。
「しっかしあの兄さんもあれだな、自分が屋敷にいる時だけしか、リビを外に出さねえとは」
「そうねえ。しかも2階限定だしね……」
左にエルメス、右にフローラ。2人に挟まれながら、リーベラは自分の頭上越しに交わされる会話を聞いた。
そう、今日は屋敷にオルクスがいる。彼が王城に出勤するのは1日置きで、第一騎士団と交代制なのだ。
王城に出勤しない日は、こうしてオルクスの屋敷が拠点となり、練習や王都の警護などに出向くらしい。
「黙って立ってれば、ただのイケメンで優秀な騎士なんだけどね。ほら見てあそこ」
フローラが指差す先を、リーベラは辿って見る。
そこに居るのはオルクスだ。騎士団の制服をまとい、どうやら部下たちの稽古の相手をしているらしい。その場からほとんど動かずに相手の剣をいなし、一撃で一本を取りに行く。
無駄のない体使いと剣捌きに、リーベラは妙な感慨を受ける。
――ああ、成長したんだな。
あそこにいるのは、リーベラの知らないオルクスだ。
いつの間にか大人になって、いつの間にか強くなっていて。
そしていつの間にか、リーベラを置いていく。自分とは、別の世界の人間の彼。
だって彼は貴族で地位もあって。人当たりも良く引く手数多で、王女との婚姻の話まである。
一方、自分は力のない元魔女で、本来ここにいるべきではない、隠された立場の人間だ。
「……あの兄さん、剣気まで放てんのか。敵なしじゃねえか」
リーベラがぼんやりとオルクスを見ているうちに、彼が時折剣に青い光を纏わせるのを目にして、エルメスが「うげ」と頭を仰け反らせた。
「そうよ、剣気を放てる人間なんて、何十年かに一度の逸材なんだから。それがオルクス様にあるっていうのが、もう怖さに拍車かけてるけど。ただでさえ高い攻撃力がさらにマシマシなのよ……」
「――ったく、なんて不公平な世の中だ。そりゃ誰も逆らえねえな」
どこかで聞いたワードを口にしながら、エルメスがリーベラの方を向いた。
「リビ、お前大丈夫か? この状況、お前は納得してんのか?」
「……? 納得?」
何に対してなのだろう、目的語が分からない。リーベラが疑問符を浮かべると、エルメスはよろりとよろめいた。
「お前さ……この状況に、あまりにも平然としすぎじゃねえ?」
「?」
「俺はもう、お前の行く末が心配だよ……いいか、辛くなったらいつでも逃げ出してこい。匿ってやるから」
リーベラが追いつけぬ間に一人で何やら完結しながら、エルメスが顔に手を当てて嘆く。その頭を、フローラがスパンと叩いた。
「黙りなさい。オルクス様に殺されるわよ」
「だってこの様子じゃ、絶対合意取れてねえだろ!」
「あんたね、だからそれ黙ってろって言われたでしょ、黙らっしゃい!」
何を黙ってろと言われたのか、何が合意なのか。それを聞こうとした時、不意に突き刺すような視線を感じて、リーベラは窓の外を振り返った。
――そして、じわりと目を見張る。
(……なんであいつが、ここにいる?)
ここに、いるはずはない。だって、だって、彼は。
騎士団服を身に纏った『彼』が顔を上げ、リーベラのいる窓の方を真っ直ぐ見て――二人の視線が、確かに交差した。
艶やかな銀色の髪に、切長の瞳の、涼しげな顔立ちの青年。
かつて赤かった目の色は、違う色になっているけれど。
「アド、ニス……?」
微かに口を震わせながら呟くと同時に、到底聞こえないはずの場所にいる『彼』は、口角を片方上げてニヤリと笑った。
明らかに、こちらに向けて。
「……っ!?」
「どうした、リビ!」
思わず窓の下にしゃがみ込んだリーベラの元に、エルメスとフローラが屈み込む。
「リビ、震えてるわよ、大丈夫? 何があったの?」
「なんでも、ないです。大丈夫」
――なんでもなくは、全くないけれど。
とにかく、現状で分かる限りの情報を取得せねばと、リーベラはもう一度窓の外を見る。
かつて封印したはずの弟子と同じ顔の男は、もはやこちらを見てはいない。練習風景に溶け込んで、剣術の稽古をしているけれど。
(……いや、あの魔力の気配と、あの笑い方にあの体捌き。どう考えても、アドニス本人でしかない)
――でも、彼には確かに、あの地下室で封印魔法をかけたはずなのに。
何が、どうなっているのだろう。
(とにかく、屋敷の地下室に行かなければ。それから、なんであいつがいるのか、オルクスに聞かなくては……!)
悶々とするリーベラを前に、エルメスとフローラは顔を見合わせるのだった。
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明日からオルクスが暴走します。
土日は恐らく20時ごろ更新になるかと…!
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