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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第三章.オルクスの屋敷と、弟子と同じ顔の男】
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3-9.フローラの懸念と、銀髪の騎士

すみません、所用がありまして30分ほど前倒しでの投稿となりました…。

新キャラ(?)登場です。どうかお楽しみいただけますように…!

――先日、普段は冷静沈着な麗しの公爵騎士と謳われる上官が、暴走しかけた。それもかなり危ない方向に。

「フローラ、この間は助かったよ。報告書、お疲れ様」

「は。勿体ないお言葉、ありがとうございます」


――今日は落ち着いているわね、オルクス様。

 フローラは王城内の第二騎士団の団長執務室で敬礼をしつつ、部屋奥の書斎机前に座った、騎士服姿の上官を観察する。

 積み上がった書類を次々に片付けている彼の表情は、心なしか晴れ晴れとしていて穏やかだ。この前の闇落ちバーサーカー寸前時の表情とは天と地の差。


「あのう、ちなみに今日、リビは」

 恐る恐る、フローラはずっと気になっていたことについて口を開く。先日の古書店で会った彼女がオルクスに連れられて行った以来、フローラは通常業務に戻され、あの少女にはまだ会えていない。


「ああ、うちの屋敷の部屋に居るよう言ってある。1日中」

 書類をパラパラとめくり、何かを書きつけながらオルクスが言う。話しながらものすごい速度で仕事を処理できるその技は、いつもながらに舌を巻くものだけれど。

 その話す内容が内容で、フローラはゆっくりと首を傾げた。

「ええと……1日中、ですか? 外出は?」

「一人で外出なんて、させるわけないだろう?」


「何を当たり前のことを」とでも言うような爽やかかつ美しい笑顔で顔を上げてさらりと返され、フローラは頭を抱えた。

 つまり、オルクスの膝元に連れて来られた銀髪のあの少女は、実質この上官の屋敷から出してもらえないというわけで。


(闇堕ちバーサーカー化する以前に、すでに重症だわ……愛が重いタイプすぎる。「公爵騎士様の初恋」よりもさらに斜め上だわ、だってこれは現実ですもの)

 オルクスに憧れている御令嬢たちの顔を思い浮かべて、フローラは静かに内心で合掌する。

 よもや憧れの相手が、爽やかな笑顔で女性を軟禁する男だとは思うまい。


「フローラ、この兄さんもう手遅れだ。人として」

 青と白を基調とした落ち着いた執務室の中で、ダークブラウンの革製ソファーに座ったエルメスがだらけきった姿勢で紅茶を飲んでいる。フローラは彼をじろりと睨み、その組んだ足を手でパンと叩いた。


「ってえな!」

「ちゃんとした姿勢で座りなさい! ていうか何であんたがここにいるのよ、エルメス」

「そこの団長様に呼ばれたんだよ、わざわざ」

 むすりとした顔でオルクスを指し示してから、エルメスはゆらりと立ち上がった。


「筆頭騎士様よ、俺はリビの兄貴分として、絶対お前を認めねえからな。あいつの手首の痣も首の痣も、両方あんただろ」

「……手首の痣は僕の不本意のミスだ、首はわざとだけど。――見せつける必要があると思ってたんでね」


「……なあおい、まさか既に手え出したんじゃないだろうな。あいつは全然分かってなかったけど」

「好かれている確信もないのに、出すわけないだろう」

「げ。好かれてる確信もなかったのかよ、なのに色々やりすぎじゃねえか……?」


 仮にも王城内の騎士団長の執務室でするには、似つかわしくない会話が飛び交っている。フローラは収集不可能だと判断して、壁になることを決めた。


「――失礼致します。先ほど召集をかけてきましたので、後から来るかと」

「ああ、デルトス。ありがとう」

 執務室の扉を開け、フローラの兄のデルトスが敬礼しつつ入ってくる。フローラはてくてくと歩き、副団長でもある自分の兄へ敬礼した。


「お兄様、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。そういや、お前も呼ばれたんだったな」

「……『も』とは?」

「俺とお前と、それからそこの情報屋のエルメス殿と、もう一人後から来る奴が呼ばれてる」

 言及され、エルメスが「どうも」とデルトスに会釈する。どうやら2人は元々面識があるらしい。


「ええと、お兄様はエルメスをご存知で」

「そりゃ、俺は一応副団長だからな。むしろ騎士見習いのお前が知ってることの方が本来驚くべきことだ」


 肩をすくめるデルトスと話すフローラの肩を、後ろからエルメスがポンと叩く。

「だから最初に言ったろ? 『第二騎士団の若手のあんたにゃまだ王城で会う機会はないだろうが、お偉方とは、よく連携取ってるよ』って。俺の仕事舐めんなよ」

「舐めてないわよ。最初にリビの進路の妨害工作に加担した人間が、偉そうにしないでよね……?」

「顔が怖い、指を鳴らすのもやめろ!」

 フローラが笑顔をキープしつつ指をぱきぱき鳴らして見せると、エルメスが引き攣った顔で仰け反った。


「おい、フローラ。エルメス殿に失礼のないようにな」

「ああいや、いつもこうなんで大丈夫です、慣れてます」

「エルメス、それこれっぽっちもフォローになってないわよ? ――それからお兄様?」

 エルメスをじろりと睨め付けたフローラは、笑顔をたたえてぐるりとデルトスを振り返った。同じ色の瞳が、少しばかり狼狽えたように宙を見上げたのを見て、フローラはさらに彼に向かって詰め寄った。


「フローラは、とても怒っております」

「……なぜかな、妹よ」

 デルトスは頑なに妹の方向を見ようとしない。恐らく後ろめたさからだろう。

「お兄様まで私に黙って、リビを騙そうとしてたなんて」

「……だってお前、良くも悪くも素直だから、最初に言ってたら顔に出そうだし」

「お兄様に言われたくはないですわ!」

「俺はまだマシなの! お前は本当にすぐ顔に出るから駄目!」


「――シュナイダー卿。2人とも落ち着け」

 手元の作業がひと段落したらしい上官から、目の笑わない美麗な笑みを向けられ、デルトスとフローラは口をつぐんだ。――2人とも、「誰のせいだ」という言葉は飲み込みつつ。

 そう、全てはこの美丈夫の鬼上官のせいである。


「……あの、オルクス様」

 フローラの隣で、デルトスが少し深呼吸をして口を開いた。

「……大丈夫ですか? あの方を怖がらせたりしてませんよね? 俺たちは慣れてるからまだいいですけど、貴方の笑顔と迫り方、怖いんですよ」


(お兄様、それは言っちゃ駄目でしょうが!)

 フローラはあわあわと口を震わせた。自分も自分だが、兄も兄だ。本音をそのまま言い過ぎている。

「……ああ、この前もそう伝言もらったっけ。あの時はありがとう、我に返ったよ」

「そんなに怖いかな」と静かに苦笑しながらオルクスが立ち上がる。


(……あら、怒らないのね)

 フローラは目を瞬かせる。いつもであれば、無言で冷たい笑みが飛んでくるか、物騒な剣気を纏った空気を出されるかなのだけれど。

――むしろ。

「……うん。少しは改善したし『嫌いになるわけない』って言って貰えたけど、どうもまだ怯えられてるみたいだ。何でだろうね」

 あの美貌の鬼上官が、憂いを含んだ寂しげな笑みを浮かべている。フローラはごくりと唾を飲み込んだ。


「……もうまどろっこしいことはやめて、素直にご本人へお気持ちをお伝えされては?」

「そもそも、そういう段階以前の問題なんだよ。だから最短で外堀を埋めないと」

 デルトスの言葉に、オルクスがにこりと微笑む。目は笑っていないが、その佇まいを包む雰囲気は穏やかで。

――逆に、寒気を覚えるほどの穏やかさだった。


「……なんかあれだな、とりあえず兄さんが静かになってよかったな? この前とえらい違いだ」

 隣のエルメスにひそひそと囁かれ、フローラはゆっくりと首を振る。これが分からないとは、まだ彼に対しての読みが甘い。

「……これは、静かなんじゃないわ。揺らいだらすぐ爆発する爆薬よ」

「あ? 何言ってんだお前」

 そんなやりとりをしていると、執務室の扉の外からノックが聞こえた。オルクスが扉に目を向け、ここ1番の大きなため息をつく。


「――入れ」

 なんだか苛立ちを抑えているような声だ。フローラとエルメスは顔を見合わせ、デルトスは手で目を覆って肩を落とす。

「失礼致します」

 若い男の声と共にノックの主が姿を現し、フローラは「あら」と目を見張る。つい数ヶ月前、騎士見習いから卒業して第二騎士団の騎士になったと聞いている、若い青年がそこにいた。

 髪は銀髪、目は太陽の光の様な金の色。ただ、その暖かな色の瞳を宿した目は切長で、どこか冷たい印象も与える端正な顔つきの青年だった。歳はデルトスとそう変わらないくらいか。


――どことなく、髪と目の色合いや雰囲気が、リビに似ている。

 フローラはふとそう思い、その青年をまじまじと見た。


「……団長様、人の顔見て毎回ため息つかないでくれませんかね」

 青年が冷たい表情のまま、片眉を上げる。微かにその口端がへの字に曲がると、オルクスもそれに呼応するように冷たい目の微笑みを浮かべて口を開いた。

「これは失礼。どうもその手の顔は苦手でね」

「奇遇ですね。俺もです」

 部屋の空気が、一気に凍りつく。

(……何、この2人)

 フローラが同じく凍りついたままのデルトスとエルメスと並んで2人を見守っていると、オルクスがため息をつきながら再び口を開いた。


「……アムレンシス、君に任務だ。明後日の夜、僕の屋敷にイシュタル王女が来ることになってね。その護衛を君に頼みたい。――王女からのご指名だ、くれぐれも失礼のないように」

「は。承知いたしました」

「それから、くれぐれも屋敷の2階へは上がらないように」

 貴族の邸宅は、1階に客人をもてなす部屋があり、2階は完全なプライベート空間となっている。常識なのでわざわざ言うことでもないのだけれど、それを強調するオルクスにフローラは遠い目をした。

(……ああ、どうあっても部外者と会わせたくないのね、リビを)

 そして、彼女は首を傾げる。


――王女様は、どうして夜にオルクス様の屋敷へ来るのかしら。まさか……。


 悶々と考え込むフローラは、「承知しました」とオルクスに応える青年の口角が人知れずひっそり上がったことに、気が付かなかった。

これで全部の予定していたキャラが出揃いました。

(そして今回登場人物が多く、長くなってすみませんでした…お読みいただき、ありがとうございます!)


ブクマ・ご評価、本当に本当にありがとうございます! 皆様のおかげで頑張れます。

明日も21時ごろ更新目指しますので、ぜひお付き合いいただけますと嬉しいです!

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