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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第三章.オルクスの屋敷と、弟子と同じ顔の男】
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3ー8.オルクスの腕の中

本日も遅くなってしまい、申し訳ございません…!

リーベラの屋敷での二人回です。

どうかお楽しみいただけますように。

「そうだ、リラ。言い忘れてたんだけど」

 エルメスの古本屋を出て、リーベラの屋敷についた後。屋敷内に入り、玄関の鍵を閉めながらオルクスが口を開いた。

「ここに来るのは、今日が最後だからね」

「え」

 笑顔であっさりと言い放たれた言葉に、リーベラは絶句する。


(オルクスの機嫌が良くなったから、これから毎日少しでも戻っていいか、交渉しようと思ってたのに……)

 その相手から、先手を打たれてしまった。


「……リラ。この家、一応『破滅の魔女の家』として知られてるだろ。今は僕に管理権があるとは言え、世間的にはそう何度も人が来ちゃおかしい場所なんだ」

「……うん、確かに」

 オルクスの言うことは尤もだった。

『破滅の魔女』時代は人に会うのを避けるため、任務のために外に出るのは、人々の寝静まった早朝と深夜のみという生活を徹底していたけれど。日中、姿が見えないので「引きこもり」と誤解されていたものの、人々の噂とは侮れないもので、ここがリーベラの家だということは一般市民にも知られている。

――リーベラの請け負っていた任務については、誰も知らないけれど。


「……分かった。世話になってるのに、我儘言ってごめん」

 リーベラは少し考えたのち、そう言ってぺこりと頭を下げる。

 どのみち、オルクスが王女と婚約すれば、リーベラは彼から離れることになるし、オルクスもリーベラに構うことはなくなるはずだ。

 確か婚約は近々と聞いているから、そんなに遠くない日のことのはず。すぐ、ここには戻って来られる。

 オルクスもきっと、もう来ない。


 そうしたらひっそり、また一人きりの生活に戻ればいい。そしてエルメスにもう一度、薬を仲介してくれないか交渉しに行って、細々とアドニスの眠る地下を見守りながら、暮らせるようにしよう。


――そう、そんなに遠くない日のことだ。

 そう改めて思うと、心が静かに重くなってゆく。

 重く、冷たく、ざわざわと心が粟立って――


「……オルクス、何か用?」

 物理的に、肌がざわざわと落ち着かない。深い思考の波からその感触に引き戻され、リーベラは恐る恐るオルクスに向かって口を開いた。

 先ほどからオルクスの指が、緩やかにリーベラの頬を撫でてきているのだ。道理でなんだか、顔がどうにも落ち着かなくて困る。


「ん? 何もないよ。なんとなく」

 頬を撫でていた指がぴたりと止まり、今度は首筋に向かって下へゆっくりと撫でられた。ぞわりとした感触に、リーベラは慌てて首を引っ込める。

「お、反応早いね。亀みたい」

「……っ、いい加減に」

 しろ、と言いかけて彼を見上げると、彼はくつくつと笑ってリーベラの首に触れていた指を離した。完全に揶揄(からか)われている。

――思考に浸る間もない。リーベラが無言ですたすたと歩き始めると、オルクスは余裕そうに忍び笑いをしながらついてきた。


 そして。

「……本当に、薬がごっそりなくなってる」

 台所、作業部屋、書斎へと移動し、棚を全部見回り。薬だけ見事に跡形もなく無くなっていて、リーベラは書斎の床に座り込んでため息をついた。

 書斎の地下室へつながる本棚の隠し扉への施錠も、しっかりしているのは確認した。いじられたのは薬の棚だけだ。


 ちなみにオルクスは、なぜだかちゃっかり全部屋についてきた。少しだけ顔をしかめつつ、今もリーベラの隣に座っている。

「だから、全部持ってったってば。安心して、ちゃんと保管してあるから」

「それはどうも……」

 保管してあっても、売ったり使ったりしなければ意味がないのだけど。


「それから、君の大事にしてた植物は全部うちの庭に植え替えてあげるよ。ただし、薬を作るのはなしね」

「……」

 懸念事項を全部並べ立てられた上に、逃げ道を完全に塞がれている。

 せっかく育てた植物を枯らしたくはないけれど、オルクスの目が光っているし近所の目もある以上、この屋敷に世話に来ることも出来なくなる。彼の申し出は、この上なくありがたいものだ。

――そう、身に余りすぎるほどに。


「……リラ? 大丈夫?」

「ああうん、ごめん、ありがとう色々と、本当に」

 リーベラは慌てて頷き、頭を下げる。オルクスがどこか訝しげな顔つきでこちらを伺っているのを感じつつ、リーベラは「客間に行って座ってて」と彼に申し出た。

「……なんで?」

「いや、疲れるだろうし。私に付き合わせてごめん、あと少し見たらすぐ行く」

 少し、一人で頭を冷やしたかったのもあって、リーベラはそう言ったのだけれど。


「……リラ、怒った?」

「え、何で?」

 予想の斜め上の質問が来て、リーベラは本気でクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた。

「いや、僕が勝手に自分の都合で色々振り回してるから」

「じ、自分の都合……? いやむしろ、私にばかり利益がありすぎて申し訳ないくらいだ。その……ごめん、私には現時点で何も返せるものがない」

 そう。オルクスが提供してくれるものは、すべてリーベラの得になるものばかり。

 なのに、魔女の力もほぼなくなった16歳の自分に返せるものは、何もない。


「――君が返さなきゃいけないものなんて、何もないんだよ」

 隣から、どこか硬いオルクスの声が聞こえてくる。鋭い視線が突き刺さっているのを感じ、リーベラはびくりと肩を震わせた。

「僕の目的は、君が側に居るだけで達成されるから。むしろ君に差し出してるモノすべてが、君と引き換えとして考えると足りないくらいだ」

「……? 申し訳ないけど、私にはもうほとんど、魔女の力はないんだぞ」

「リラ、ちょっと黙って聞いてくれ」

 リーベラの声に被せるように、オルクスの怒りを押し殺したような声が聞こえてくる。その迫力に気圧されて口をつぐむと、ふわりと両腕で抱きしめられて、リーベラは硬直した。


「――君は俺が、『君が強い魔女だから』、側に居たと思ってたのか?」

 オルクスの、いつもと違う一人称と、いつもと少し違う口調。なんだかどこか懐かしい感覚と、自分を包み込む彼の腕の暖かさに、リーベラはすっかりその場で身を竦めた。


「そんなこと、あるわけないだろ。――たとえ魔女の力がなくても、体術が得意じゃなくっても、君は君で、それ以外の何者でもない。魔女だからとか、そういう利益を求めて俺は側に居たわけじゃない。……君だから、側に居たかったんだ。君だから、助けたいと思うんだ」


「君だってそうじゃないのか」と小声で肩越しに聞かれ、リーベラは恐る恐る、小さく頷いた。

――利益を求めて、側に居たわけじゃない。自分も確かに、オルクスに対して利益を考えたことはなかった。

 オルクスの言葉が、じんわりと、心にぽつぽつと暖かく染み出し、広がっていく。


 けれど。

――違うんだよ、オルクス。貴方は私と居ることで、手放すものが多すぎる。危険に晒されてしまう。

 だから、釣り合いが取れないんだ。

 そう言いたかったのだけれど、言う勇気のない自分が恨めしい。

 オルクスに警告をするべきなのに、彼の言葉がとてつもなく嬉しくて。

 この嬉しさを壊したくないのは、自分の我儘だと分かっていても。


「……リラ、突然変なことを言ってごめん。すぐに意味を分かってくれなんて、言えないけど。それだけは言いたかった」

 強張ったままのリーベラの肩に、オルクスの頭がこつんと載る感触がした。

 リーベラは静かに頭を振って、口を開く。

「ううん。――ありがとう、嬉しかった」

「……そう。なら良かった」

 軽く声を上げてオルクスが笑う気配がした。その暖かさを感じつつ、少しずつ心が軋みだしていく。


――ああ、彼は優しい。婚約予定の人がいるのに、ただの幼馴染にこんなことを言って、手を差し伸べて助けてくれるのだから。

 そしてそれに縋ってしまう私も、ずるい人間だ。

 そう思う気持ちを隠して、リーベラは静かにオルクスの腕の中に顔を埋めた。


「でも、やっぱり貰うものが多すぎるから、そのうち返すね」

「だからいいって言ってるのに……君って本当に、頑固だよね」

 すっかり口調の戻ったオルクスの腕の中で、リーベラは静かに、余韻に浸るように目を閉じた。

ここの心情はちゃんと書きたかったので、長くなってしまってすみません。。

お読みいただき、ありがとうございます!!

そしてブクマもご評価も、本っ当にありがとうございます……!


明日から物語がまた新展開していきますので、ぜひお付き合いいただけたら嬉しいです。

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